第234話 条約と酒


 船に戻ると、大評議会にて会議が一段落したという知らせが来ており、俺は再びプァルーネ宮殿に赴いた。

 同じようにホウ家の兵を並べ、同じように席に座る。


 前と違うのは、窓から覗く外の景色が夜になっていることと、シャンデリアに明かりが灯されていること。

 そして大評議会議長の横にもうひとり、最初に船に来たオヴェリン・オクタルという男が席に座っていることであった。


「ブルーノ様の代わりに、私がお話をさせていただきます。よろしいでしょうか」


 見ると、ブルーノ議長は疲労困憊の様子であった。

 午前中の会議から、日が暮れてしまった今まで、ずっと審議をしていたのだろうから、そりゃ疲れるだろう。


「そのお歳では、これほどの長時間会議を統べるのは体に堪えよう。我々も急ぐ故、明日にしてもよいとは言えぬが、もしそちらに問題がなければ、体をいたわって退席をしていただいても構わぬ。特に失礼などとは思わない」

「……お気遣い痛み入りまする」ブルーノ議長が言った。「しかし会議の方針はすでに決定いたしましたゆえ、ここに居させていただきます」

「そうか……もちろん、それでもこちらとしてはなんの問題もない」


 俺はそう言って、オヴェリン・オクタルに目を戻した。

 若いだけあって、こちらはハキハキとしている。


「条約の内容に関して、一つ疑義が生じました。シャン人の奴隷についてのことです」

「うむ」

「第十四条 アルビオ共和国はシャン人の奴隷の売買及び所有を禁止すること、とありますが、現状ではシャン人の奴隷を所有している人々がこの国には多くいます」

「そうであろうな。しかし、長期的かつ友好的な国交を目指すのであれば、そうしておいたほうが良かろう」


 午前中にも話した内容であった。


「しかし、シヤルタ王国にはこちらの人種……クラ人の奴隷はいないのでしょうか? 報告では、本日一人、黒人の少女がそちらが貸し切っている宿場に入られたとか」


 ああ、そういう流れに持っていきたいのか。

 それにしても、耳が早い。


「これのことか?」


 俺は、懐から二枚に切り裂かれた紙を取り出した。

 はー、破っておいてよかった。


「彼女を購入したのは私だ。だが、奴隷として所有しているわけではない。彼女を奴隷身分から解放したのだ。彼女は自由意志でシヤルタ王国に来て、有償の労働をするであろう」

「……なるほど」


 あらかじめ破かれていたとは思わなかったのだろう。

 オヴェリン・オクタルはバツの悪い顔をしていた。


「もちろん、彼女の国の言葉の分かる通訳者を連れてきて、意志を確認してもらっても構わない。もし、あなた達が好条件、たとえば自分たちで世話をして故郷に帰してやる、というような条件を出したなら、彼女は翻意してそちらの人生を選ぶかもしれない。私はそれでも一向にかまわない」

「なるほど、閣下のご思想は理解しました」


 思想というか。


「ですが、我々が貴種を含む五万三千の捕虜の換金の手引きをするとして、捕虜の全てが身代金を支払えるわけではありますまい。また、全ての国が包括的な賠償金を支払って捕虜を取り戻すとも限らない。残った捕虜は結局、奴隷労働に服するのでは?」


 そこをほじってくるか。


「それも違う。彼らは身代金を労役によって支払うことになる。つまりは身代金がそのまま借金となり、労役でその借金を支払うという仕組みだ。もちろん、身代金が払い終われば解放をする。なんの身分もない平民以下の一般兵の場合は、もっとも簡単な単純労働に服した場合でも、25年働けば解放されることになっている。身代金が払われて解放された場合でも、働いた分の賃金はきちんと与えた上で解放するつもりだ。そうでないと無賃労働になってしまうからな」

「ふむ……ご回答ありがとうございます。シヤルタ王国は、あくまで奴隷を持たないということですね」

「その通り。まあ、今言った労働の内容を奴隷労働だと決めつけることは出来ようがな」


 俺は予防線を張った。


「しかし我々は、我が国で現在シャン人奴隷を保有している者については、補償が必要であると考えています」

「それは理解できる。彼らはなにも国法を犯して奴隷を得たわけではないから、補償なしには奪えぬ。ということであろう」

「ご理解いただき光栄です」

「ならば、補償についての費用は貴国と我が国で半々で負担する、ということでどうか」


 俺がそう言うと、オヴェリン・オクタルは眉をひそめた。


「半々とは、これは異なこと」

「では、補償の金額はどう決めるのだ? 所有者が購入したときの代金をそのまま支払えと? 50年も奴隷労働をした老人を、買った時の値段で買い戻せというのか」

「そうは申しておりません」


 奴隷は個人個人で価値が違うのだから、個別に交渉するしかないはずだ。

 全額こっちだと、法外な値段をふっかけてくるだろう。

 こっちには、増えたといってもテロル語話者は希少なので、所有者と個別に交渉するなど不可能だ。


「その価格交渉はそちらが行うのだろう。我が国が全額支払うということになれば、まともな値切り交渉など行うまい。そちらが半分負担するのであれば、貴国の損失の減少にも繋がる。正当な交渉を期待できる」

「そのあたりは、こちらの負担がなくとも行います。信頼していただくしかないと考えております」

「対話を申し込んだ我が国に、船を差し向けて拿捕しようとしてきた国をか? それこそ異なことであろうよ」


 信用できるわけがない。

 俺は、ホウ家の兵を入れているので若干強気だった。


「それは申し訳なかった。しかし、我が国に非があるわけでもないのに、半額出せというのはおかしいでしょう」

「では、こうしよう」


 そう言って、俺は一拍置いた。


「我が国が八割まで出費する。その代わり、購入から三十年以上経過した奴隷は、補償なしで解放してもらおう」

「はっ……?」


 その条件は考えていなかったのか、オヴェリン・オクタルは顔をしかめた。


「それは、どのような根拠で?」

「三十年も奴隷労働をしたのだ。買い主は十分、元を取れているはずであろう。それに、五十を超えればいかなシャン人とはいえ見た目は衰える。価値換算をすれば大幅に価値は落ちるはず」


 少し無理やりな理論だったが、通じないことはないだろう。

 実際、奴隷労働というのは一切解放の望みがないのでは、奴隷の方もやる気が無くなってしまう。

 なので、二十年から三十年働けば解放される仕組みになっていることが多いと聞く。


 シャン人の場合は、解放されたところで行く宛がないので解放がないという風習になっているだけだ。


「昨日買った二十歳かそこらの奴隷を、今日奪うというわけではない。持ち主は十分に利益を得た上で手放すのだ。これは理不尽とは言えぬであろう」

「……譲歩案、ということですか」

「これ以上の譲歩を求めるのは、貴国にとってもためにはならない」


 そろそろ妥協せーよ。

 王様っぽい口調も疲れてきたんだが。


「……実のところ、ここに居る大評議会議員の中にもシャン人の奴隷を持っている者がおります」


 まあ、そうだろうな。


「その方々の意見によれば、奴隷の中には長期間の務めで重職を担うことになった者もいる。例えば、家のことを隅々まで知り尽くした召使いだとか」

「だからなんだ? 解放して、自由にしてやればよいではないか。魅力ある職場であれば、残るであろう。虐待をしているのであれば、去るであろう。それはその者の自由だ」

「残ることは可能ということでよろしいのですね?」


 それが聞きたかったのか?


「私は奴隷が欲しいわけではない。奴隷を買うのではなく、解放したいのだ。正直なところ、貴国にいる千人かそこらの奴隷に、国益を期待してはいない。ただ、貴国にシャン人の奴隷が残っていれば、我が国には貴国との友好が我慢ならないという層が出てこよう。これは可能性の話ではない。必ず、確実に出てくるのだ。その者たちは貴国を恨み、貴国と国交を続けようとする私を攻撃するだろう。私はその後顧の憂いを見越し、今、奴隷の解放に拘っているのだ。政治に聡い諸兄には、その重要性を理解してもらえるものと信ずる」


 頼むから理解してくんねーかな。


 共和制といっても、貴族共和制だから無理かな。


「先ほど言った二割は、友好への障害を共に除くための負担金と考えてもらいたい。先ほどの質問の答えだが、解放した奴隷に自由市民と同様の権利が与えられるのであれば、もちろんここに残ることになんら異存はない」

「なるほど……それと、最後にもう一つ」


 まだあるのか。


「禁止令ですが、罰則を含めた禁止令を今すぐに施行する、というわけには参りません。布告して周知するまでに一年、十分に解放するまでに一年。罰則を適用するのは二年後から、とさせていただきます」

「それは、実務的に致し方ないことのように思う。異存はない」


 それはしょうがないだろう。

 明日やれっつっても無理な話だ。


「では、規定通り三十分の議論のあと、決を取ります。投票と開票が終わるまで一時間ほどかかりますので、ご容赦ください」


 三十分で決を採るのか。

 まあ、国会ってのはどこもそうだが、無駄に時間をかけても意味がないからな。


「では。私は席を外すとしよう。我らの翼が、アルビオンを握る助けとなることを期待している」


 俺はもう一度念押ししてから、席を立った。



 *****



 一時間後、大審議場に戻ると、


「提案は可決されました。条約の締結、おめでとうございます。そして、ありがとう」


 オヴェリン・オクタルがそう言って、ブルーノ議長が手をゆるく開いて差し伸べてきた。

 握手だろう。


 老人と握手を交わすと、どこからともなく拍手が巻き起こる。

 370名近くの拍手は、部屋を響かせるほど大きかった。


 手を離すと、しばらくして拍手は止んだ。


「では、こちらを」


 羊皮紙の条約批准書が机の上に置いてある。

 数頁ほどしかないが、薄い本に仕立てられていた。


 ぺらりとめくって確かめてみると、二頁分の羊皮紙を重ねて、真ん中のページで縫って綴じてあるようだ。

 小冊子だな。


「内容を確認させてもらう」


 そう言ってから、ぺらぺらとページをめくって間違いがないか確認した。

 二冊とも、同一の内容であった。


「私のサインでもよかろうが。もし貴国が正式なものをお望みなら、我が幼帝が即位して後に、国璽を捺して返そう」


 ここには国璽はないし、今の俺の立場は微妙なので、サインに国家主権の代表としての効力があるかは微妙だった。


「そうしていただくつもりです。私が同道し、即位式に参加し、批准書の片方を持ち帰るという形では?」


 え、こいつ来んのか。


 まぁ、別にいいけど。

 航海士がいる船とは別にしないといかんな。

 クロノメーターとか見られたくない。


「構わない。栄誉ある大評議会議員を戴冠式に招くとなれば。我が国にとっても誉れであろう。そうするとしよう」


 俺は立ち上がって、オヴェリン・オクタルと改めて握手をした。


「出港は明日にする。急ぎとなってしまい申し訳ないが」

「はい。暫くの間、ご厄介になります。よろしく」



 *****



 オヴェリンとの別れのあと、俺はエンターク竜王国の大使館に入っていた。


「ユーリ・ホウ陛下! ようこそおいでくださいました!」


 大使のハキム・ハルサウィークが大げさに出迎える。


「陛下というのはよしていただきたい。実のところ、私は一辺境の領主にしか過ぎないので」


 現状の俺の立場で間違いないのは、ホウ家の当主であるという部分だけだ。

 国王として贈り物でも送られた日には、ちょっと面倒なことになりそうだった。


「おや? では、閣下と申したほうがよろしいのかな?」

「近頃は、皆そう呼ぶようだ」

「では、閣下! どうかこちらにお越しいただきたい! 護衛の者たちも、どうか!」


 陛下だろうが閣下だろうが関係ないらしい。

 実質的支配者であることは確実だという確たる認識があるのだろうか。


 ハキムのあとをついて、大使館に入っていく。


 アルビオ共和国の一般的な形式とはまた違った、異国情緒溢れる内装の廊下を通り抜けると、火のついた暖炉に、葦かなにかを編んだ椅子という、若干ミスマッチな組み合わせの部屋があった。

 そういう文化なのだろうか。


 ソファが二脚あって、間にテーブルが置いてあるという形ではなく、半分寝そべっていてもテーブルに手が届きやすいように、二脚の隣にそれぞれサイドテーブルが置いてある。


「どうぞ、お掛けください」

「ありがとう」


 ゆったりとした背もたれに背中を預けると、ツルの網が弾力をもって体を受け止めた。

 案外、寝心地がいい。


 無視して帰っては外交的に問題があるかと思って来てみたが、あんまり長居はしたくない。


「食事はいかがですか?」

「いや、済ませてきた」

「では、お酒は?」


 俺は、懐中時計を取り出して時間を確認した。

 午後七時は過ぎている。


「少しなら頂こう」


 ココルル教では飲酒を禁じてはいないが、午後七時以降にしか飲酒をしてはいけないという教義になっている。

 昼間っから酒を飲むな。ということであるらしい。


 ハキムが軽く手を挙げると、控えていた執事のような人が近寄ってきた。


「酒はどのようなものを?」

「貴国の産で、なにかこの国では手に入りにくいものがいいな」

「あぁ、それなら……クルルアーンの珍酒があるのですが。いかがでしょう? 火酒は大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。それを頂こう」


 言葉的に、蒸留酒ということだろうか。


「かなり癖のある味なのですが……」

「癖のある酒を飲んでみるのも一興だ。せっかくの機会に、ぶどう酒など飲んでもつまらない」

「承りました」


 ハキムは、執事になにごとかを耳打ちした。

 執事は軽く頭を下げて、飲み物を取りに行った。


「……ところで、閣下が撃退した竜の乗り手なのですが」

「うん」

「彼はメハラム・クルイークと申しまして、我が国の政争にて破れ、命惜しさに教皇領に逃げのびた者でした。貴国にはご迷惑をおかけしたようで、申し訳ない」


 やっぱりハグレ者だったのか。


「迷惑などとは思っていない。貴国ほどの大国であれば、そのような者の一人や二人は出よう。仕方のないことだ」

「そう言っていただけると助かります」

「しかし、あのような生き物が生息している国があるとは、興味深いことだ」

「クルルアーンにも、もはや野生の竜はそう多く生息しておりません。鉄砲の普及で、狩るのがとても簡単になりましたから」


 そうなのか。


 アナンタ一世が書いた龍王記という本には、野生の竜はよく人を襲うと書いてあった。

 竜は成長とともに際限なく大きくなり、百歳を越える竜はバケモンのような大きさになるので、そいつらの気まぐれで村が一つ滅びるなど日常茶飯事だったという。


 まあ、アナンタ一世は千年以上昔の人なので、時代が変わったということなのだろう。


「なるほど。しかし、美しい動物ではあった。人を襲うとはいえ、野生から姿を消してしまうのは、少し惜しいような気もするな」

「そうでありましょう」


 やはり、竜を褒められると誇らしいのか、ハキムは嬉しそうに微笑んでいた。


「我が国には、”竜狩りこそ勇者たるの名誉”という言葉があります。荒野に跳梁跋扈し民を襲う悪竜を屠ることこそ、支配者たる我々貴族の誇りだったのです。それが今や、街が依頼をすれば業者が来て、大きな銃で寝込みを襲って討ち取るなどという商売が広がる始末。民にとっては良いことづくめなのは確かですが、我々貴族からしてみると、いささか寂しい時代になってしまったのは事実です」


 なんか色々あるんだな。

 国としては、竜が街を襲って人死にが出る以上、伝統だからと禁止するわけにもいかないだろうし。


「だからこそ、この時代に槍一本でもって屠竜を成しとげた閣下は偉大なのです」


 俺を上げてきた。

 なんともこそばゆい。


「偉大などと言われるのは腑に落ちないが……」

「人並み外れた勇気がなければ、出来ぬことなのは事実でございましょう」


 まあ、誉めてくれるものを、あえて卑下するというのも、外交の場ではおかしいだろう。

 ここは尊敬を受け入れておこう。


 と、そこで先ほどの執事が、酒の乗ったお盆を持ってきた。

 ハキムをスルーして、俺の方に持ってくる。


「どちらかの杯をお選びください。私は残った方の杯を使いますので」


 ハキムが言った。


 どこの国にも似たような風習はあるものだな。

 俺は左の杯を手にとった。


 執事がサイドテーブルを手で指し示したので、そこに杯を置くと、酒の瓶から液体を注がれた。

 酒瓶は濃い色をしたガラスだったが、そこから出てきた液体は透き通った緑色をしていた。


「竜酒と呼ばれています。強い酒ですよ」

「これは、ニガヨモギの酒か」

「ほう! 博識でおられる」


 アブサンかこれ。

 緑色の酒ってアブサンしか知らなかったから言ってみただけだが、やはりニガヨモギが原料らしい。


 俺から常に見えるようにしながら、ハキムの手元のサイドテーブルにも酒が用意される。


 ハキムが酒を口に運び、一口飲んだ。


「竜酒とは言い得て妙だな。あのみどりに輝く鱗に色合いが似ている」

「そうでありましょう。いささか色は薄く、あの色には及びませんが……」


 そうだろう。

 あの滑らかな緑色の鱗肌は、今でも思い出せる。


 南方では名産品にでもなっているんだろうかと、リーリカに調べさせて小物を輸入したことはあったが、届いた時にはまるで違う色になっていた。

 どうも、艶のある緑色は革にするとすぐに消えてしまうらしく、がっかりしたものだった。


「では、頂こう」


 グラスを傾けて、酒を少し喉に通してみる。


 とんでもない味がした。

 咳き込むほどではないが、鼻の粘膜までツンと痛くなる。


 強すぎる。

 アルコール度数七〇%くらいはあるんじゃないか。


「水で割って飲んでみるとよろしいかと」


 そう言って、ハキムは自身のサイドテーブルの上で、小さな水差しから水を足した。

 俺の机の上にも水差しがある。

 専用の道具なのだろう。


 それに習って、グラスに水を足してみると、緑の液体が白く濁った。


 加水をすると濁るようだ。

 ウイスキーなどは普通、銘水でもって加水をして40%くらいまでアルコール度数を落とすものだが、それをすると濁ってしまうので度数が高いまま販売しているのだろう。


 飲んでみると、少し味がまろやかになっているようだった。


「気に入りましたか?」

「……まぁ、飲んでいるうちに良さが分かってくる感じの酒だな」


 そもそもヨモギの酒など美味いはずもなかった。


「味というより、酔い方に特色があるとされているのですよ」


 やっぱりそうなのか。

 アブサンといえば、あんまり飲むと幻覚が出るとか出ないとかで販売が禁止された酒だと記憶している。


「よろしければ、一箱お土産に差し上げましょう」


 うーん。

 まあ、希少な酒だろうし、頂いておくか。

 断るのもな。


「ありがとう。代わりと言ってはなんだが、こちらにも用意しておいた贈り物がある」


 俺は護衛に合図して、一つの箱を持ってこさせた。


「大したものではないが、確認してほしい」

「それでは……」


 ハキムは箱を開けた。


「おお、これは……あの大きな鷲の羽ですね」

「我が国では、矢羽として最高のものとされている。武を重んじる貴国に対しては、このような贈り物が良いかと思ってな」

「これはこれは――! ありがたく、我らが王の下に送らせていただきます! きっとお喜びになることでしょう!」


 大層感激しているようだ。

 連れてきた鷲の羽を引き抜いて、立派な箱に綺麗に納めただけなんだけどな。


 まあ、十二本の尾羽根に関しては、シヤルタでも結構価値の高い品物だ。


「それでは、そろそろ失礼させていただくとするよ」


 俺は椅子から立ち上がった。

 これで外交上失礼にもなるまい。


「おや、お帰りですか……? 折角なので、お泊まりいただければと思うのですが」

「いや、それは遠慮させていただきたい。明日出港するのでね」

「……それでは、無理に引き止めるのも失礼になりますね。せめて玄関までお見送りさせて頂きます」


 ハキムも椅子を立ち、先導して歩きはじめた。

 来た道を戻り、大使館の入り口の門に辿り着く。


「それでは、こちらをお納めください」


 瓶の入った箱が護衛の兵士に渡された。

 アブサンだろう。


「ありがとう。楽しき時間であった」

「こちらこそ。閣下をお招きできて光栄でした」


 手を差し出し、ハキムと握手をする。


「それでは」


 俺はハキムと別れ、埠頭に向かって歩いていった。

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