第155話 夏の会議

「これは、ホウ家を除いて、ここにいる全ての将家からの要望である。ユーリ殿、君のことだ」


 シモネイ女王がそう言った。


 なんだろう。

 たぶんコレが俺がここに呼ばれた理由なのだろうが、思い当たるフシがない。


「三将家から合同で、ホウ家が有する発火瓶の技術について提供してもらいたいという申し入れがあった」


 あー。


 あー、そういうことね。

 はいはい。納得しました。


「さきほどルーク殿に打診したが、あれは自分の管轄ではないと言われたので、急遽君を呼んだのだ」


 親父……。

 確かに、式典のあとにルークに使者が来てどっか行ったんだよな。

 あの時間にルークに議題の説明があって、ルークのほうは「いや俺はわからないから。息子の管轄だから」と正直に述べたのだろう。


 そのあと、俺に「女王を含めた将家が全員来る会議があって、君も呼ばれているので来るように」という使者が来たのは、そのせいだったわけだ。

 俺も予定があったのだが、女王と将家が集まる会議となれば断るわけにもいかない。


 断ったら「これ以上に重要な用事ってなんだ」と問い詰められただろう。

 両親は式典に出席していたので「親が危篤です」とは言えない。


「お断りします。あれはホウ社の技術です」


 と、俺は端的に述べた。


「ユーリ殿、この国は今、国家火急の時にある。協力し合うときではないかね」


 そう言ったのは、ボラフラ・ノザであった。

 文官っぽくはあるが、威厳があった。

 威圧感はいまのところないが、どこぞの大臣に説得されているような、大物を相手にしている圧を感じる。


「確かに、その通り。では、ホウ社のほうから各騎士団に瓶を販売いたしましょう」

「あれは強力な兵器だ。各々の将家において生産することを提案いたします」


 太っている者特有の声帯のこもったような声で言ったのは、オローン・ボフであった。


「いえ、製造法を教えるのはお断りします」


 と俺は言った。


 案の定、お二人方どころか、キエンまでもが若干の睨みを効かせてきた。

 なんだかんだ言って、やはりキエンも欲しいのだろう。


 どう説明したものかな。


「私は、女王陛下に提案しておるのだ」

 とオローンが言った。


 お前には言っていない、女王陛下に決断を乞うているのだ。という意味だろう。

 確かに、先程の発言は女王のほうを向いて言っており、俺の方は見ていなかった。


 ここで女王陛下が「そういうことなので、公開しなさいよ」と言うなら、これは命令となる。


「まずは彼の意見を聞く。なにか断る理由があるのか?」


 幸いなことに、女王陛下は味方のようだった。


 それにしても、女王陛下のこの口調はなんだか違和感があるな。

 立場上、臣下……というより、現状では臣下ですらない学生相手に敬語のたぐいを使うと、上意下達が乱れるというのがあるんだろうが。


「理由としましては、まず、情報には流出の危険があるということです。製法がクラ人側に漏れれば、同じものを作られます。これが製造法をお教えできかねる理由の一つ」

「我らが敵側にそれを売るとでもいいたいのか?」


 オローンが突っかかってきた。


「我らは節操のない魔女どもとは違う。そのような心配は侮辱だ」

「まあ、最後まで聞いてください。二つ目は、ホウ家領以外では作れないということです。これは原料を産しないからです。製造法をお教えしても、作ることができないのです」

「むっ……」


 オローンが黙った。


「ならば、製造法だけを諸侯に拡散するのは、国家戦略上、悪い影響しか生まない、というのが、さきほど僕がお断りした理由です。単純明快、ご納得いただけるかと」


「なぜ、原料が産しないとわかるのかね。我らも聞かぬことには納得できかねる」


 そう言ったのはボラフラ・ノザだった。

 やはり知恵が回るらしく、正論を吐いてきた。


「調べたからですね。ホウ家領の他には存在しませんでした」

「我が領内を勝手に調べたというのか」


 ボラフラは眉をひそめて言った。

 そりゃ、不愉快な話ではあるわな。


 防衛に関する戦略資源を知らぬ間に調査されていたわけだし。


「勝手に、ではありませんよ。我が社の調査員の滞在申請には、新規資源の調査と書いてあったはずです。それは現地で許可を頂いたということでは?」

「そういった重要な調査である場合は、末端ではなく中央に申請をするべきだ」


 それはその通りで、例えば末端の場合は、役人が首を傾げるような申請でも、賄賂を渡せば事が済んでしまうことがある。

 滞在申請などは重要な申請書ではなく、毎日の業務で何十とハンコを押すものなのだから、その中の一つのチェックの可か否かなど、役人にとっては小事でしかない。

 賄賂を渡すまでもなく、見た目に不信感がなければ流れ作業で許可されるような書類だ。


「重要と判明したのはごく最近の話ですね。僕も火付けに便利な液体として売れるくらいにしか思っていなかったもので、調査当時は重要な資源という認識は持っていませんでした」

「口ではなんとでも言えるな」

「ボラフラ殿、その点で争っても意味はないのでは? 滞在の合法性について議論したいのですか?」

「……はぁ、まあいい」


 というか、どの家でも隣の家の庭先を調べるくらいのことはやっているのだ。

 いくら喧嘩の火種のない平和な状態といっても、国境付近の軍の動静なんかは流石に重要な情報だから、国境の村に人を置いて探らせる程度のことはやっている。

 当然ながら、その際に「私は○○家の係累に連なる××という者で、軍の動静を探るために滞在している」などという申請は出さない。


 それ以上の、例えば組織内にスパイを潜り込ませるような潜入工作などは、常に必要があってやっている王の剣には勝てないし、頑張ってもどこぞの領主の浮気みたいな醜聞が集まるくらいだから、費用対効果が悪くてやってない。

 と大昔に伯母のサツキが言っていた。


「その調査とやらも、本格的にやったものではあるまい。まだ探索の余地はあるはずだ」

 デブのオローンが、やはり不機嫌そうに言った。

「いいえ、かなり本格的にやりました。理由をお話しましょうか」

「話してみろ」

「我が領で産している素材が粗悪かもしれないからです。木材や鉄鉱石でもそうですが、試料が一つだけでは比較のしようがありません」


 原油には多種多様な油分が混ざっているが、現在の用途からいえば、軽油質が多いほうがいい。

 逆に重油質が多ければ、いくら分留しても容易に燃焼する軽油質のものは取れず、アスファルトのようなものばかり残ってしまう。


 また、産出量の面からいっても、油井がたくさんあるに越したことはない。


 だから探したが、なかった。


「どうせ工夫を凝らしたり研究したりするなら、クズより良品のほうがよろしいでしょう」

「だから勝手に探ったということか」

「ええ。簡単に探せる範囲は探しました。敵の手に墜ちている地域は探しても徒労なので、探しませんでしたがね」

「こちらとしては、気分の良い話ではない」


「……問題なのは、クラ人の領域にもないとは限らない、ということなのです」

 俺はオローンの言葉を半ば無視して話を進めた。

「というより、あれだけ広いのですから、どこかにはあります。ご納得いただけないのは分かりますが、製法をお伝えしたところで、国家に害しかないという確信があるのです」


「ふむ……なるほどな」


 そこで口を挟んだのは、この話題を静観していたキエン・ルベであった。


「ごもっともな説だ。我々に作りようがないのであれば、製法を話すことは敵方に漏れる危険を呼ぶだけ……と」

「まあ、そうです」

「一理あるな。そういうことであれば、我らも引かざるをえない。……だが」


 まだなにかあるのだろうか。


「こちらとしては、原料も明かされない以上、君が嘘を言っていても確かめるすべがない。知らぬのを良いことに、実は存在している原料が続々と採取され、ホウ家に輸出されておるかもしれぬ」


 そういう話に持ってくか。


 確かにキエンの言う通りなのだが、そこは騙されるほうが悪いのではないだろうか。

 知りたかったら自分でスパイを送り、諜報活動で知ればよいことだ。


 それは悪いことだとは思わないし、例えば魔女の連中だったら当たり前にそうしてくるだろう。

 なんらかの手管を使って無料ただでよこせと恫喝してくることはあっても、教えてくれないのはズルいみたいな論法で学級会の晒し者みたいな真似をすることはない。


 文化の違いなんだろうな。

 いや、俺が魔女の連中に毒されすぎてるのか。


「我々にとってみれば、原料がなにかなど見当がつかぬ。山から取れるものか、畑から取れるものなのか、はたまた海獣の油のたぐいなのかも知れぬ。秘密裏に輸出されていてもわからぬのだ」

「キエン殿、ご心配はわかります。ですが、製法が万一流出した場合、貴殿が強力だと言っている兵器は、敵が使ってくるのですよ? 私はそのことを危惧しているのですが、ご理解いただけませんか?」

「そこは理解している。だが」


 キエンは一度言葉を区切り、険しい眼差しで視線を動かした。


「万一先に述べたようなことが実際に行われていたら、分かっているのだろうな、ルーク殿」


 あー、


 そこに持って行きたかったわけか。

 ルークのほうを見ると、歴戦の勇士の目線にたじろぐ様子もなく、普通に椅子に座っていた。


 チョイと頭を動かし、目線で俺に意見を求める。

 なんだか堂に入った所作だ。


「後ろめたいことはありません」


 俺は意図的に声を抑えず、会話するような調子で言った。


「もしそういうことがあれば、ホウ家として全責任を負わせていただく」


 とルークは言った。


「その宣誓、女王の名において確かに預かった。キエン殿、それでいいな」

「はい。陛下」


 そう言って、キエンは険しい相貌を崩して椅子に座り直した。

 あー。


「では、この話は終わりだ。皆疲れただろう。一時解散とする」


 なんだ。


 ノザとボフの二人を収めるために一芝居……ってわけでもないだろうが、収拾をつけてくれたわけか。

 示し合わせたように女王が動いて、全体の合意を取り付けた風にして、あっという間に終わらせてしまった。


 先程まで文句をつけていた二人は、キエンが鉾を収めた途端、議論が終わってしまった格好になったので、むっつりとしているが話を蒸し返す感じはない。

 キエンの話が終わったら自分のターンが来ると思っていたら、ゲームは終了してしまった。という感じだ。


 助かったが、なんつーか……立つ瀬がない感じだな。

 自分がガキになったような……。



 *****



 その後、ボラフラ・ノザとオローン・ボフは、席を立つと女王に軽く一礼をし、部屋を去った。

 部下に何か指示しに行くのだろう。足早だった。

 こっちも精製所の警備を固める必要があるだろうが、その指示は今すぐでなくてもいい。


「キエン殿、こののち重要な議題はないと思う。北に戻りたいのであれば、次の会議は代理人を立てると良かろう」

「そのようにさせていただきます」

 キエンが座ったまま女王に一礼した。

「それではな」


 女王が席を立ち、こちらを見た。

 わずかに口端を上げ、笑みを作る。

 密通者の合図のようなものだろう。


 こちらも軽く頷き返すと、女王はそれ以上なにも言わず、ドアを開けて部屋を去って行った。

 女王陛下もちゃんと女王陛下やってるんだな。

 そりゃ、のほほんとしてたら王の威厳みたいなのがないしな。


 とはいえ、これで一段落したか。


「ふう……。面倒をかけてしまったようで、すみませんでした」

 小声でルークに言う。

「まったく、肝が座っているというか……」

 こぼすように言われた。

「でも、違法なことはしていませんから」


 そもそも一から十までこちらの発見であって、教える義務はないんだが。

 教えてくれて当然という態度がなにかおかしい。


「怒ってはいない。輸出することになるのだとすれば、うちの財政も潤うしな」

「まあ……そうですね」


 この世界にはライセンス料などという概念はないので、勝手に作られてしまえばホウ家領には一銭も入らない。

 特許料という概念はできたが、秘密特許という概念はないので、石油精製に関しては申請自体していない。


 ホウ社が売って儲けてホウ家領に税金を収めるという形ができるのであれば、それが一番単純でわかりやすい。


 ライセンス料という概念がないのは残念なことだが、俺にとっては幸運なことに、この世界には独占禁止法というものも存在しない。

 独占している状態ならば金額はこちらで自由に決められるわけで、コストの何十倍の値段をつけて、何十年熟成させた高級酒のような値段で売ることも出来る。

 せいぜい儲けさせてもらおう。


 さて、俺も帰るか。と思ったところで、キエンと目が合ってしまった。

 彼は俺の方をじっと見ていたので、顔を回したら目が合ったのだ。


「キエン殿、助け舟を出していただけたようで」

 椅子から浮かしかけた腰を再び降ろし、俺が言うと、

「ユーリ殿には借りがあったのでな」

 と言った。


 借り?

 なんだろう。息子のことかな。


 戦果を稼がせてもらった、ということなら借りといえば借りだ。


「リャオ殿のことですか?」

「いや、国境でのことだ」


 あー……。

 ていうか、あれって貸しになるのか?

 むしろこっちの借りな気がするけど。


「もしキャロル殿下を失うことになれば、儂は首をうたれねばならぬところであった」


 まあ、それはそうだけど。

 撤退するのに夢中でキャロルの方に向かってる軍勢をスルーし、死を看過したというのは、行動として単純に情けないし、武人としては恥だろう。

 死ぬほどではないと思うが。


「お気になさらないでください。追撃はしていただけたわけですし」

「ああ、彼らか。わしが指揮したわけではないが、骨のある連中だったようだ」

「まあ、そんな感じでしたね」


 そもそも雑兵には耐えられない性質の任務なので、あそこまでやってきた時点でそれなりの精兵と言える。


「追ったときは、隊を少しづつ分けては捨て駒にしてきたらしい。そのせいで、大将には逃げられてしまった」


 へー。


 なんか捨てがまりみたいだな。

 そのたぐいの戦法は誰しもが考えつくが、そうそう実行できるものではない。

 兵がロボットだったらいいのだが、実際の兵はそこまで能無しではないので、自分たちが敗走していることくらいは分かっている。


 そこで本隊を離れて殿しんがりを務めろと言われれば、度を越したアホでなければ自分たちが捨て駒であると気づく。

 矛盾するようだが、普通の兵は死ぬために戦うわけではなく、生きるために戦っているので、死に向かって嬉々として飛び込むような戦働いくさばたらきはしてくれない。

 その状況で逃げずに戦えるのは、愛国心や信条で身命しんみょうを縛った本物の兵だけだ。


 そこまで凄い奴らだったのか。


「そういった戦法は、並の兵ではできん。君たちはありあわせの兵で良く戦えたものだ」

「連中、鎧がなかったですしね。坂を強行して登ったものだから疲れてもいました。どんな精強な兵であっても、それでは満足には戦えません」

 兵糧を焼いて腹が減っていたこともあるだろうけど。

「それもあろうな。だが、初陣にしては立派だ。ルーク殿も嬉しかろう」


 ルークに話が振られた。


「ええ、自慢の息子です」

 如才なく答えた。

 この手の質問はあらゆるところで受けているので慣れているのだろう。


「互いの息子が争うことにならねばよいな」


 キエンが重い揺さぶりをかけると、ルークは疑問符のついた顔をした。

 ハテナ? どういう意味だろう? という感じだ。


 現在の政治情勢では、将家同士が相争あいあらそうという状況はその萌芽すらないわけで、なぜそんな話をするのか、ルークの立場からしてみれば、リャオと俺で一悶着あったのか? 殴り合いの喧嘩でもしたとか? くらいの推理しかできないだろう。


 どうにも返答できかねるようで、結果ルークはなんだか意味ありげに黙ることにしたようだ。

 これも一つの処世術だろう。

 狼狽した状態で妙なことを口走るよりは、重い沈黙を演じてその場を仕切り直したほうが良いということもある。


「女というのは面倒なものだな、ユーリ君。時に手を組むべき二人の男を割ることもある」


 やっぱりそれか。

 ルークはこちらを見て「おいおい」という顔をした。


「そういうこともあるでしょうね。女性に関してはリャオ殿のほうがよほど熱心のようですが」


 牽制しとかないとな。


「ふっ」


 キエンは半ば楽しげに一息つくと、席を立った。

 話は終わりか。

 堂々とした足取りでルークの背中を横切ったあと、キエンは俺の肩に手をおいた。

 グッ、と大きな手で力強く握られる。


「活躍を期待している。彼らは誤解していたようだが、君の利益はの将家の損ではない」


 彼ら、というのは先刻出ていったノザとボフのことだろう。


「そうですね。キエン殿もご武運を」


 あなたの勝利もこちらの損ではない。という言葉は飲み込んだ。

 若者は生意気すぎないほうがいい。


「それではな」


 キエンが部屋から去ると、部屋には親子だけが残された。

 キエンのせいで、なんとも微妙な空気の親子水入らずになってしまった。

 どうしてくれる。


「よく分からんが、お母さんにはバレないようにしろよ」


 ルークが困った顔をして言った。


「バレませんし、浮気もしてないですから」


 あっ、と思ったときには、もう手遅れだった。

 ルークはこちらを見てニヤニヤしていた。

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