第156話 叙勲式

 騎士院の運動場は、いつもとは違う様相になっていた。


 芝生はこの日のために丁寧に刈り入れられ、広い範囲でキッチリと同じ長さに揃えられている。

 その上に柱がうたれ、見た目が格好つくよう豪奢な幕が貼られ、学院中から集められた状態の良いテーブルや台が並べられ、表彰式台のようなものができあがっていた。


 そうして作られた即席の表彰台の前に、31名と288名の兵が並んでいる。

 また、少し離れて十名程度の人が立っていた。


 31名はここの生徒であり、リフォルムからついてきた288名もまた、リフォルムにおいて騎士院にあたる組織の生徒だ。

 少し離れているのは、途中で離脱した者たちである。

 彼らはリフォルム以降の実戦には参加していないので、与えられる勲章は自然と別になる。


 俺はといえば、リャオやミャロと一緒に代表者として立っていた。


 それを取り囲むようにして、騎士院の在校生と教養院の魔女の卵たちが立ち見している。

 学院関係者ではない一般の人々も立ち見に混ざっていた。

 これらの人々もいれると、どう考えても騎士院のホールでは入り切らないので、屋外での開催となったわけだ。


 幕に飾られた一番の上段には、テルル殿下が着飾って座っていた。

 その横にはキャロルがいる。


 若干おかしな絵面だが、キャロルがテルルより下座にいると政治的によくないので、こうなった。


「それでは、勲章の授与の前に、この場にいない十四名の勇士について讃えたい。彼らはリフォルムから逃れたる無辜の民を守るため、我らに倍する敵と戦い、そして散った。この十四名には数ヶ月前、この学院から出征した者らも二名、含まれている」


 キャロルがよく通る大声で滔々と述べた。


「ファルドレ・レーラー、そしてマキシム・ラルレ。ここにいる者たちの中には、彼ら二人の知人、友人、あるいは親兄妹もいるはずだ。私にできることは、せめて君たちに、彼らの死が騎士としての栄誉に浴した誇り高いものであったことを伝えることだ。つまり――彼らは数千の民草を守り、我軍に倍する敵軍と戦い、勝利を支えた。それは騎士として最も正しく、尊い行いであり、もし彼らが身命を惜しみ槍をそらしていたらば、敵の凶刃は無辜の民を引き裂いていただろう。それは疑いようがない」


 この台本は予めミャロあたりと話し合って作ったもののはずだが、キャロルは暗記しているようで、スラスラと口から出ていた。


「私は彼らの献身を忘れぬ。そして、彼らに哀悼の意を表すと共に、栄誉をたたえ、追って勲章を授与する。一族の者たちは誉れとするように」


 この叙勲式では、与えられる勲章が三種類ある。

 一つは隊の企画が始まったとき、参加者に授与される予定で作られていたシヤルタの勲章だ。

 もう一つは、キルヒナで急遽考えられた勲章で、31名と亡くなった2名、そして幹部4名に授与される。こちらには約束通り高額の報奨金がついている。


 最後の一つは、リフォルムからの行程についてきた人員全員に授与されるもので、288名のほうに何のハクもないのでは可哀想ということで急遽作られた。

 これは参加賞のようなもので、報奨金などはない。


 キャロルが座ると、今度は交代にテルルが立ち上がった。


「あ……う……このたびは、わが臣民の命を救っていただき感謝いたします……」


 テルルのほうは、緊張で口からセリフが出てこないようだ。

 そう言えば最初はこんなんだったような。

 人前に出るのは苦手なタチらしい。人見知りか。


「……う……」


 口ごもったあと、テルルはポケットに入れていたカンペを取り出した。


「き、キルヒナの王族を代表して、ここに居並ぶ勇士たちの活躍に感謝し、ます。私の王族としての最後の務めは、た、民を蹂躙からすくい、その命をひとつでも多く安寧なる地へとはこぶ事でした。その務めは本来われらキルヒナの民が成すべきことでした、が、力足らずユーリ・ホウ殿のご手勢に頼ることとなり、しかし快諾いただきご尽力していただけました。感謝のねんにたえません。ここに、キルヒナさいごの勲章を授与します」


 読み終わると、テルルはカンペをポケットに戻し、椅子に座った。


 誰が書いたんだ? この台本。

 テルルに判断能力がないのを良いことに好き勝手言わせたな。


 そりゃシヤルタ側としては、こう言ってもらえれば気分はいいだろうが、キルヒナの連中にも誇りや自立心はある。

 カチンとくるかどうかは文章への感性によるんだろうが、気を悪くする者もいるだろう。


 ……まあ、だけど、誇りを取り戻されても困るという部分も確かにある。

 テルルがあまり上手くやると再興の象徴に見られる恐れもあるし、そのあたりは難しいところだ。


「それでは、勲章の授与に移ります。ユーリ・ホウ総隊長から」


 司会進行の指示があると、俺は椅子から立ち上がり、軽く礼をしてテルルの前まで歩み寄った。

 打ち合わせ通り、もう一度深く立礼をした。


「ユーリ・ホウ殿に金鷲義勇勲章を授ける」


 テルルから一輪の鈴蘭すずらんが授けられ、俺の手に置かれた。


「ありがたく頂戴いたします」


 勲章といいながら、なぜスズランが渡されたかというと、実のところ、金鷲義勇勲章はまだデザインすら決まっていないからだ。

 スズランはトゥニ・シャルトル家の家紋で、キルヒナの勲章には大抵意匠として盛り込まれているので、代わりに渡された。


 まだ勲章が完成してもいないのに何故叙勲式をするのかといえば、それはリフォルムから来た288名の兵たちのためだ。

 31名のほうは、そもそもがここの騎士院生なのでいつでも集められるが、288名のほうはそうではない。

 これから新しい生活を始めなければならない。


 そんな彼らを勲章が出来上がるまで一ヶ月以上、ここに拘束するのは問題なので、勲章の完成を待たずに決行したわけだ。

 彼らに対しての勲章は、敢闘した一般兵にくばる鉄製のもので、倉庫にたくさんあったものを買いあげ、鍛冶屋にちょっとした意匠の変更をさせてある。


 俺は少し横にずれ、今度はキャロルの前に立った。


「ユーリ・ホウ。大翼新星勲章を授ける」


 俺が立礼して頭を戻すと、キャロルは手ずから俺の胸に勲章を付けた。

 全員の胸に自分の手で勲章をつけてやることは、キャロルが提案したことだ。


 大翼新星勲章というのは、観戦隊の出発前から女王陛下が注文していたものなので、こちらは形としてある。

 天爵だの仁爵だのが受勲するような大勲章の輝きはないが、腕の良い職人が手がけたらしい七宝焼きで作られており、見た目は立派だった。


「ありがたき幸せに存じます。姫殿下ユア・ハイネス


 古式ゆかしい挨拶をして、敬礼をすると、キャロルはなんだかニヤケる顔を元に戻そうと努力しているようだった。

 嬉しかったのか。

 からかったつもりだったのに。


 席に戻ると、次はリャオが呼ばれていた。



 *****



 キャロルとテルルによる一人一人への勲章の授与が終わると、全員を引き連れて騎士院のホールに移動した。

 ホールは貸し切りで、最後の宴会のために丸いテーブルが並べられている最中だった。


 俺はここで初めて台上に立つ。

 先程の勲章というのは、王族から下々に下されるものであって、俺は演説したりする立場ではなかったのだ。


「一通り終わったな。皆、本当にご苦労だった。この学舎から出てからこっち、当初の予定通りにはいかず、とんでもない長丁場になってしまった。予想外、想定外の出来事が次から次へと起こってな。正直なところ、俺もてんてこ舞いだった。不手際があったこと、許して欲しい」


 もう大分昔のことのように思えるが、俺とキャロルが鷲で落ちたのがケチのつきはじめだったんだよな。

 トータルで言えば結果オーライという出来事も多かったが。


「この学舎を出た時からついてきてくれた者、リフォルムからやってきた者。みな揃っているな……。ここに観戦隊の解散を宣言する。ありがとう。いい部隊だった」


 俺はそう言うと、意識的にビシッと決めていた体勢を崩し、揃えていた足を開いた。


 パンッ、と大きく手をたたき、気分を新たにさせる。


「これから、もう俺は君たちの隊長じゃない。上官だった奴ら、部下だった奴ら。今このときから平等に、君たちは戦友だ。さあ、楽にしてくれ。お行儀よく隊列を組む必要はない。狭苦しいだろ、もっと広がれ。俺の話が終わったら最後の宴会なんだぞ。隊列組んだまま酒を飲むつもりか?」


 隊員たちは、戸惑った顔をしながら、めいめい少しづつ隊列を崩し始める。

「ほら、もっと広がれ。もっともっと」

 と煽ると、ちょうどいい具合にぐちゃぐちゃになってきた。


「さて、誇りと栄誉の授与式も終わったことだし、ここからは、そんなものとは無縁な、即物的な話をしよう」


 俺がそう言うと、キャロルが今にも「おい」と口出ししてきそうな雰囲気で睨んできた。

 他の面々は若干ウケたり神妙な顔をしたりしている。


「もちろん、金の話だ。色々と考えたんだが、やっぱり命を張って仕事をこなしたのは俺たち自身なわけで、報奨金は君たちの実家に送るより、君たち自身に渡すのが正しい気がする。この場で、現ナマで、だ」


 俺がこれを言うと、やはりというか、隊員の中にはあからさまに嬉しげな表情をする奴が多くいた。

「ヨシッ!」などとガッツポする奴までいた。


 騎士の家というのは、そりゃ平均でいえば庶民より裕福な家は多いのだが、そんなでもない家も多い。

 親に渡したら取られてしまう、という者は多い。


 金貨五十枚というのは、金にしたら五百万円くらいの価値がある。


「一人あたり金貨五十枚。俺は諸君の親や学校に無駄な話はしていない。従って、彼らは勲章に報奨金がついていること自体知らんはずだ。だがまあ、あとで知れ渡ることだろうから、娼館だの賭け事だのに使うつもりの者は、怒られる覚悟はしておくように……。金貨袋は受け取りのサインと交換だ。ま、見て分かる通り宴会の用意が進んでいるから、帰るときに受け取ってくれ。一応言っておくが、その後酔って無くしても、もう一度くれてやったりはしないからな」


 31人もいれば、一人くらいは大金を持ったまま夜の街に繰り出し、盗まれたりする奴もいそうだ。

 高級な娼館で女を何人も買って甘い一夜を過ごしたら、朝起きたとき金貨袋が見当たらない。そんなのが容易に想像できる。


「……それで、だ。リフォルムからきた面々」


 むしろ問題なのはこっちだった。


「君らには報奨金のたぐいは本来ない。だが、これからの生活に金が必要なのは、むしろ君らだと思う。あれだけの敢闘をした者が、着の身着のまま寒空の下に放り出されるのでは、シヤルタの沽券に関わる。そのため、俺、リャオ、ミャロ、キャロル殿下の幹部四名の報奨金と、テルル殿下のお気持ちを合わせて、一人あたり金貨15枚ほどを用意した。ま、これだけあればシビャクでも一年は暮らせる。田舎ならもっとだ。野に混じって仕事をしながら仕官先を探すなんてことにはならんだろう」


 さすがにバイトしながら勉強する浪人生みたいな真似はさせたくない。


「仕官先についてだが……これの斡旋まではできかねるのが実情だ。君たちは騎士証を受けているが、まだ見た目が幼い。通常、学院を卒業した騎士は二十歳を越えているものだ」


 この子らはリフォルムにいた騎士たちの中から幼い順に抽出された者たちなので、騎士院から中途で動員された少年が全員だ。

 戦時措置で騎士章のバッジは与えられているので、騎士ではあるのだが、実際はカリキュラムを終えていないし、見た目からして卒業しているとは思えない。


「それに、キルヒナでもそうだったと思うが、将家の組織というのはどこも硬直的で、中々役に就けない次男坊、三男坊が溢れている。新参者が潜り込める場所は少ない。騎士として仕官を求めるのは無駄ではないが、困難かもしれない」


 実際のところは、絶無といっていいだろう。


 戦役において既に武名が高く聞こえた騎士であっても難しいわけで、そんな狭い門に少年が通れるわけもない。


 隊員の中には高位の騎士家もいるので、その口利きで入れる可能性があるくらいだろう。


「もちろん、徴募に応じ、兵として組織に入ることは可能だ。経験者の君たちは歓迎されるだろう。組織の中で仕事をするうちに引き立てられ、出世するという希望もないではない。その場合は、その胸に輝いている騎士章が役に立つだろう。そのあたりは、君たちの努力次第だ――ただ、別の道もある」


 やはり俺は、どんな未来を歩むにしろ、関わった人間には不幸になってほしくなかった。

 限度はあるし、そのために何だってしてやろうとは思わないが、言葉一つ指先一つで運が向いてくるのであれば、それくらいはやってやりたい。


「つまり、槍を置いて、庶民に混じって働くことだ。騎士として戦の中で働くことを求めない者、戦争から距離を置きたい者には、そういう道もある。槍を置くことは、君たちの今までの人生を否定することになるかもしれない。だが、それで初めてひらける世界もある。15枚の金貨を使って自分で商売をはじめてもいい。望む者は俺の会社に来てくれれば、働き口くらいは世話しよう。ホウ社というが、給料は他よりいいと評判だ。本社はシビャクのホウ家宅の向かいにあるので、興味がある者は行ってみるといい」


 話したいことは終わった。


「俺の話はこれで終わりだ。あと、話したいことあるか?」


 幹部の面々に目線を向けると、全員首を振った。

 リャオのほうは、こいつらを連れてきた時に演説が済んでいるのだろう。


「ここにいる皆が全員揃うのは、今日が最後だろう。明日からは別の人生が始まる。皆、今日は存分に呑んで、今夜を忘れられぬ夜にしてくれ」


 俺がそう言って、壇上から降りると、誰からともなく拍手があり、釣られるようにして万雷の拍手が起きた。

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