第154話 太星勲章
王城の大ホールには、大勢の人々がひしめいていた。
招待者は各々に用意された椅子に座り、その後ろでは立ちながら見ている人々が大勢いる。
俺はといえば、その椅子の最前列、一番良い列の半ばくらいに座っていた。
隣にはルークとスズヤもいる。
もう式は始まっている。女王陛下の前で、三人の男が立派な礼装で跪き、頭を垂れていた。
「天駆ける勇敢なる我が将、ボフ家のオローン、ルベ家のキエン、ノザ家のボラフラ。我らが友邦を救うため、命をかけ槍を振るったことを讃えよう」
女王シモネイがそう言うと、三人の天爵たちは地面についた腕の肘を折り、一層頭を低くした。
一人だけ、ボラフラ・ノザだけは頭一つ姿勢が高いが、これは態度で女王への不敬と不満を表しているわけではなく、多分膝が悪くて曲げきれないのだと思う。
膝を患っていることは知らなかったが、今の姿勢はつらそうだ。
「貴君らの活躍は我が民に希望をもたらすであろう。これからも我が国に迫る邪悪を祓う槍であることを期待する」
女王陛下は椅子からゆっくりと立ち上がり、
これは一種の
その形が独特で、刃の部分にギザギザの山谷がつけられている。
これは刃が潰れていることを表現しているらしいのだが、女性が持ちやすいように、ペラペラとたわまない程度に薄い肉厚で作られていることもあって、見た目は子どもが描いたノコギリみたいになっていた。
「キエン・ルベ。特に戦功揚げし貴君に、シヤルタ
「ハッ」
キエンが一人立ち上がり、三歩ほど歩いて女王の近くに寄った。
予め決められている動きなのだろう。
大ホールは静まり返っている。
女王とキエンが一瞬、見つめ合った。
こちらからはキエンの顔は見えなかったが、女王の目が一瞬、探るように細められたように見えた。
双方とも、この儀式に関しては冷めた思いしかないのだろう。
なにか感動的な、情緒のようなものは感じられない。
この儀礼に意味はあるのだろうか。
価値があるのかといえば、この二人も、俺もだが、価値など認めていないだろう。
だが必要はある。それは一連の騒動に一区切りをつけるためであるし、王家の名において兵を挙げ、出発した、一連の遠征が終了したことを示すためでもある。
むろん、ルベ家にとってはこれからも散発的な小競り合いがあるはずだし、この式典が終われば、すぐに領地へ帰って防戦準備を始めることだろう。
だが、女王が配を振って命じた、この遠征は終わった。
戦争だろうが運動会だろうが、開会式を行ったら閉会式を行わなければ決まりが悪い。
女王が手ずからキエンの胸に勲章をつけると、キエンは一歩下がって跪いた。
「身に余る光栄、我が一族末代までの誉れとなりましょう」
シヤルタ太星勲章というのは、騎士への勲章としては上から二番目のものである。
といっても、シヤルタの勲章制度の中で一番上等のものは未だ与えられたことがない。
例によって、シャンティラ大皇国の勲章制度を受け継いでいるからだ。
太星の上であったシャンティラ
第一次と第三次の対イイスス防衛戦争の時で、これは十万人規模の大軍のぶつかり合いという、世界史を見渡してもそうそうない規模の大戦争だった。
それを歴史的圧勝に導いた司令官への勲章なので、はばかっているのだろう。
シヤルタ太星勲章は、煌星勲章より一つ落ちるわけだが、それでさえ過去に二度しか与えられたことがなく、これはホウ家とノザ家が持っている。
ホウ家の場合、昔の遠征で十字軍を打ち破る中核的な活躍をした際に、ダフィデ王国という国から熱烈な感謝状があったため、その時に貰った。
ノザ家の場合、これは昔に将家の反乱があり、シビャクが戦火に晒されるほどの内戦になったとき、これを鎮圧して王城を解放した時に貰った。
ただし、ホウ家はこの太星勲章というものを合計三個持っている。
これまた昔にティムナ王国というところから貰ったものと、もう一つは最近、伯父のゴウクが死んだあと、キルヒナ王国から贈ってきたものがあり、これとシヤルタのものを合わせて三個になる。
そういう凄いものなので、キエンが「末代までの誉れ」と言ったのは自然なことで、むしろそれくらい言わなければ失礼になりかねない。
むしろ働きに対して大げさすぎる感じすらある。
今までの受勲者は、皆戦争に勝って華々しい武勲を上げているわけで、援軍として出て、さらに敗退して帰ってきた将に与えるものとしては、どうなの? という話だ。
どの国でもそうだが、敗色濃くなった国というのは、勲章や栄典を乱発する傾向にある。
勲章そのものの代金以外に費用のかからない、お手軽な戦意高揚の手段であるからだ。
キエンの顔が喜色に覆われていないのは、そういう傾向の助けを得て、不自然な勲章を与えられたと考えているせいだろう。
そして、不自然だと思っているのは彼だけではない。
恐らくは、この大ホールにいる殆どの人間が、それを理解しているはずだった。
「危地にあるこの国を救うのは、貴君らの武以外にはない。一層の活躍を期待する」
*****
一連の式典が終わったあと、ルークと俺は会議に呼ばれた。
大人数で会議をするわけではないらしく、通されたのはそこそこの大きさの応接間程度の部屋だった。
西の小会議の間とか言っていた。
室内には大きなテーブルと椅子、あとは暖炉以外の家具はなく、壁には豪華絢爛な額縁に収められた絵がたくさん飾ってある。
王城ではパーティーができる部屋にはベランダがあるのだが、盗聴者への配慮が無用なようにしているのか、ここには大きな窓があるだけだった。
今は開け放たれている窓からは、良く晴れた夏の日の、燦々とした光が差し込んでいる。
シヤルタの夏はいい。緑の多い遊歩道を散歩したりすると、とても良い心地になる。
こんな部屋で、うかつに失礼のできないVIPどもと、得るものもないであろう緊張するばかりの会議をするというのは、こんな日の過ごし方としては最悪の一つだろう。
内輪の会議なので護衛もなにもなく、中にいるのは女王陛下と俺、四人の天爵の計六人であった。
むろん、外には侍従のような連中が大勢控えているが、室内は広々としたものだった。
しかし、このメンツでの会議に、なぜ俺が呼ばれたのだろう。
疑問なので考えていたのだが、答えは出ない。
実のところ、俺の隊はすでにおととい帰着していて、先の式典にはリャオも参加していたし、もちろんキャロルも参加していた。
であれば、ホウ家の跡取り息子だから。という理由は少しおかしい。
それならば、リャオとキャロルも参加しているはずだ。
二人は今頃、この後に控えているもう一つの式典のための準備をしているはずだが、こちらに参加できないわけではない。
「ということで、山の背に関しては越境させていただく許可をいただきたい」
と、キエンが言った。
「許可します。正式な書類はあとで届けましょう」
女王陛下があっさりと承諾する。
話としては、ルベ家領はキルヒナ国境を全て覆う形で存在しているのだが、半島の真ん中に連なる山脈の裏側、大西洋側については、国境の川のようなものがない。
なので、そちらについてはキルヒナ側に軍を越境させたいという内容であった。
キルヒナの防備が壊滅的な現在においては、もはやつまらない内容ではある。
「その土地はルベ家の所領とさせて頂きたいのですが、陛下、いかがでしょう」
前進だけではなく、領土拡張も行いたいらしい。
この提案は当然だ。
キエンからしてみれば、今すぐにでも軍を前進して領土を増やしてしまいたいのだろう。
ホット橋のほうは、あの河川が自然の防衛線になるので、いたずらに前進させるのは問題がある。
今回の戦いでは、橋は砲艦によって破壊されてしまったわけで、下手に前線を上げ、そこでの戦闘で負け、撤退しようとしたら橋も壊されていた。なんてことになると、ナチュラル背水の陣からの包囲殲滅ということになりかねない。
が、山の背にはそんなものはない。
確か、特に深く入っているフィヨルドの終点が国境線の端緒となっているはずで、まあ狭くはなっているが要害ではない。
国境から向こうは現状では軍の空白地になっているのだから、敵がやってきて確保をするのをむざむざ待っている理由がない。
旧キルヒナ領を併合したい、と表現すると野心溢れる感じになるが、空白地であるうちに前線をあげてしまいたい、と言い換えることもできる。
「……ふむ」
と、女王陛下はしばらく考えているようだった。
「当然の要求であろうな。
構わない、というのは太っ腹な話であった。
まあ、この期に及んで、ルベ家の力が強くなりすぎた時のことを考えてどうこう、なんていうのは馬鹿馬鹿しい。
強くなってくれるのであれば、いくらでも強くなってもらえばいい。
無制限の責任、というのは想像がついた。
「キルヒナ王国は、その残滓までが完全に消滅したわけではない。テルル殿がおる。戴冠をしていないゆえ、
「……それは、確かにそうですな。それは王城側で手配していただけるのでしょうか」
「こういったことは、無理やりに調印させれば、後々かえって問題が大きくなろう。手配をするのは構わぬが、無理強いをせぬとなると、どういう結果になるかは分からぬ」
まー、キルヒナは滅ぶのがほぼ確定的だし、テルルはああなんだから、後々に問題がどうこうっていうのも捕らぬ狸の皮算用なんだろうけどな。
でもこの人たちはテルルがどういう人間なのか知らないわけだし、皮算用をするのは仕方がない。
俺もよく知らないけども。
「余は一度会ったのみゆえ、彼女のことはよく知らぬ。むしろ、彼女を我が国まで連れてきたユーリ殿のほうが詳しかろう」
話を振られた。
なんだ? 自然の会話の流れのようだったが、俺はこのために呼ばれたのか?
台本があるの?
「ユーリ殿。テルル殿下……いや、今やテルル様と呼んだほうがよろしいかな。彼女はどういう御仁なのだ?」
と、キエンがこちらを見ながら言った。
キエンは、若干長い形をしたテーブルの対面の一番向こうに座っていて、俺から一番遠い位置にいる。
俺は一番身分が低い(爵位のたぐいを持っていない)ので、上座の女王に対して一番末席に座っていた。
一応、女王の方をチラ見すると、なにか合図を送ってくるでもなく、少し口端を上げて微笑むような表情をした。
正直に話せばいいようだ……いいんだよな?
「僕が見た限り、テルル様は為政……政治向きの事にご興味を持っておられません。キャロル殿下のようなお方を想像しているのであれば、まるで御気性が異なります」
「ふむ……」
と、キエンは興味深げな目をしながら、顎髭をなでた。
「端的に申し上げるなら、彼女は少女です。どこにでもいる、気弱な」
「そうであるか」
「まあ、キエン殿が考えるような問題は起こらないでしょう。むしろ、騙したりせずに合意の上で調印させるとなると、内容を理解させるほうが難儀かもしれません」
「そこまで愚物であらせられるのか?」
キエンは眉を寄せて、むしろ難しい顔をした。
なんだか上手く伝わらなかったようだ。
俺は馬鹿だとは言っていないのだが、そこまで馬鹿だと誰かに利用されて害をなす可能性があるとか思ってそうだ。
心配はわからないでもないが。
「いえ、愚物というか……ただ、政治に面白みを覚えず、とても単純な世界で生きている……まあ、つまり、ただの少女です」
「ふむ……なるほど」
「リフォルムが陥ちれば、キルヒナの全権について放棄させる約定を取り交わすのが良いかもしれぬな」
女王が言った。
リフォルムについては、未だ陥落の報はやってきていない。
情報が途絶しているのが現状だ。
「それがよろしいかと存じます。僕がリフォルムの王城でテルル様を預かったときも、両陛下はそれをお望みでした。武断の勇なき気性ゆえ、王の責務は重荷にしかならぬと」
「では、問題はなさそうですな」
とキエンが言って、シモネイ女王を見た。
話を戻して、軍を動かすことについて認めてほしい、ということだろう。
「そうであるな。あとで良く説明した上で、こちらから認可を取っておこう。問題は起こるまい。余からの認可状は本日中に発行する。キエン殿はそれを持って軍を動かすとよい」
「
キエンは一度椅子から立ち、大仰な立礼をして、再び座った。
まあ、一応は勅令を受けたような形になるわけだからな。
おかしくはないだろう。
他の連中を見てみると、ルークは真面目な顔をして座っているだけだが、他の二人はつまらなそうな顔をしていた。
退屈という意味ではなく、異議や不服を申し立てるほどではないが、自分にとってはつまらない、どうも納得できかねる、
勲章を含めて、ルベ家が一番いいところを持っていったのだから、それはそうだろうな。
ボラフラ・ノザは、近くで見ると武人というよりは文官のような見た目をしている。
たぶん70歳くらいの、シャン人基準で見れば壮年の終わりくらいの年齢なのだが、肉付きがよくなく、武器を振れるような体つきには見えない。
生まれつきのものというよりは、やはり足の障害が関係して、なにかにつけ億劫になって運動をしていないのだろう。
オローン・ボフのほうは、対照的に贅肉が多少つきすぎている感じがする。
脂肪というのは、戦いにおいては有利に働くこともある。
大量の筋肉を全力で動かし続ける場合、予備燃料として必要だったりもする。
とはいえ、彼の肉はそれを差し引いても付きすぎてる気がする。
軽度肥満だ。
「では、この問題はこれで終わりでよろしいな。それでは、次の議題に移るとしよう」
女王が言った。
議題って幾つあるんだろう。
夜中までかかったりしねーだろうな。
「これは、ホウ家を除く全ての将家からの要望である。ユーリ殿、君のことだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます