第41話 治安


「というわけで、君の身柄は俺が預かることになったんだが、それで構わないかな? 嫌なら……」

「よろしくお願いします」


 素直だった。

 普通に了承された。

 それでいいのか。


「あっ……そう。ならいいんだ」


 俺がリアルに同年代だったら、普通に不安に思うけどな。

 ホントに大丈夫なのかよ。俺これからどうなっちゃうんだよ。

 って、十三歳ころの俺だったら気が気ではなかっただろう。


「知ってると思うが、俺は学生だから、身の回りの世話とかはいらない。メイドの仕事は辞めてもらう」

「そうですか」


 ビュレは頷いた。


「やけにあっさりだな。未練とかないのか」

「あまり向いていないと言われていたので……」


 それって……。

 なんか苛められてたんじゃ。


「参考までに聞くが、どういう風に向いていないと言われたんだ」

「お皿を割ったりしてしまったので」


 ふーん。


「他は」

「実を言いますと、昨日も給仕の際に転んでしまって、料理をだめにしてしまいました」


 しょんぼりしながら言った。

 運動音痴なのか、ドジっ子なのか。


「叩かれたりしたのか」


 叩いたとしたら問題である。


「手は上げられませんでしたけど、怒られました」


 やっぱり、しょんぼりしている。

 ふーむ。


 情報を総合すると、やっぱり落ち度があったのは確かなんだろうなぁ……。

 メイドには向いてない、というのも、あながち間違いではないのかも。


「お役に立てるかどうかは解りませんが、精一杯頑張ろうと思います」

 ぺこりと頭を下げた。

 健気だ。


「俺は」


 うーん、なんと言ったらいいか。

 どういう言葉を伝えたらいいのか。


「お前には誠実さを求めている。だから、メイドとしての失敗などはどうでもいい。むしろ、その失敗を隠さずに話してくれたことの方が嬉しい。有能なやつはいくらでもいるが、信頼できるやつを探すのは難しいからな。お前は」


 どうやって締めるかな。


「隠さず、素直で、誠実でいてくれ。それは一つの才能だ」

「……分かりました」

 ビュレは頷いた。


「よし。それじゃ、行こう」



 ***



 最近は、街を歩いていると、やたらと物乞いを見かけるようになった。


 話によるとこの物乞いは、ほとんどがキルヒナ王国からの流民らしい。

 シャン人の国家には国境はあっても文化的な違いはそうないから、流民といってもご大層な悲壮感があるわけではないが、就職という観点から見れば、悲壮そのものである。


 労働力の供給過多で職がなくなっているのだ。


 シヤルタ王国というのは、シャン人も馬鹿ではないので、昔から滅びるとしたら最後に滅びる国。というふうに、いわば目星が付けられていた。


 国が滅びたら隣の国ではなくシヤルタ王国まで逃げ延びる。というのは、いつの時代も少し頭のいい難民たちは考えていたことで、シヤルタ王国はいつの時代も難民たちを受け入れてきた。


 王都にいる連中はともかく、地方領地の経営者である五大将家の長たちは、積極的に難民たちを開墾に回したりして、受け入れを進めてきた。


 だが、そもそもシヤルタ王国は、特別に国土が肥沃なわけではない。

 さすがに限界はあり、現在では幾らなんでも人が住める土地なのかというレベルの、北部の極寒地くらいしか、余裕のある土地はない。


 特に、ホウ家領地の南部領などは、すでに労働力集約型農法にも限度があるだろうといった有り様になっている。


 話を聞くと、国が滅びるたびに大なり小なりこういった状況にはなってきたらしいが、さすがに隣国が滅びかけると難民も規模が違うらしく、今度の人口流入は歴史的にもスゴイものであるらしい。


 流入したはいいが、そこに職があるとは限らない。


 今のところはまだ餓死者が出ない程度には抑えられているが、これからはどうなるのか、といったところだ。



 ***



 カフの自宅へ向かうべく、トボトボと歩く。

 ここは半住宅地ではあるが、多層住宅の一階には商店が開かれている場合が多い。

 休日の昼間なので、人通りも多かった。


 と、なんだか路地裏に入る小路の近くでキョロキョロしているおっさんが目についた。

 スリかなんかだろうか。


「お前、財布持ってるか」

「あ、はい」

「出すな。スられないように気をつけろって話だ」

「ス……?」


 すごく困った顔をして、上目遣いに見てくる。

 スリをしらんのか。


「通りがかりに、他人のポケットから財布を抜いてく奴がいるんだよ」

「えっ」


 ビュレは自分のポケットを抑えた。

 それは上着の一番出し入れしやすい、脇腹のところについたポケットで、スリからしてみたら、一番狙いやすい場所だった。

 そんなところに入れてるのかよ……。


「そうしとけ。田舎から出てきたばかりの奴は狙われやすいからな」


 まあ、こうあからさまにポケットを押さえていれば、狙いもしないだろう。

 といっても、こういう風に怪しい奴を警戒するのはいいけど、大抵は無駄に終わるんだよな。

 前にばっかり注意を向けてると、後ろからぶつかられて財布をスられるとか。


 そんなことを考えているうちに、小路を通り過ぎた。


 ほーら、なんでもなかった。


 と思った時には、足がでていた。

 体重の乗った蹴りが、突っ込んできた男の下腹部を直撃していた。


 蹴っておきながら、一瞬遅れて自分のした行動に気づく。

 路地裏から突然ダッシュして襲いかかってきたおっさんを蹴り飛ばしたのだ。

 考えるより先に、体が動いていた。


 懐にある短刀を鞘から抜いた。

 学院で教わった、緩く短刀をつきだしながら片手を添えるファイティングポーズを取り、刹那のうちに下腹部に蹴りを加えたオッサンを観察する。


 オッサンは腹を抑えてもんどりうっていた。


 無力化していることを確認すると、優先順位を先送りした。

 路地裏のほうを見た。


 半分身を乗り出している風体の悪い男たちが数人、オッサンのアタックが失敗したのを見て、出足を止めていた。


「人さらい!!!」


 大声を出すと、形勢が悪いと判断したのか、男たちは路地裏のほうへ消えていく。


 残ったのは捨て駒にされた馬鹿が一人だ。

 歯を食いしばりながら股間を抑えていた。

 サッカーボールを蹴るようにして、頭を蹴り飛ばす。


「おあっぐ!!!」

「いつまでも痛がってんじゃねえよ」


 俺はオッサンの胸に膝を乗せて全体重をかけておさえながら、汚い髪の毛を鷲掴みにして頭を引っ張りあげ、首をむき出しにし、そこに短刀を添えた。


「動くと死ぬからな」


 そう言うと、オッサンはピンと体を伸ばした。

 近くで見ると、荒事を生業としているようには思えないオッサンだった。


「ビュレ、周りを見張っとけ。変なやつが来たら知らせろ」

「はははは、はい」


 俺が大声を出したせいか、人だかりが集まり始めている。


「てめえ、俺が誰か知ってのことか」

「し、しらない」

「いいや、お前は俺を狙っていた」


 怒りと冷酷さがないまぜになったように、頭が熱にうかされていた。


 こいつは武器を持っていない。

 そのことから、俺を殺すつもりではなかったことは解る。

 だが、さらうつもりであったのは明らかだ。


 こいつは、言わば一番槍の役柄だった。

 俺を抱き上げて、路地裏まで連れ込んだら、さっき逃げた連中がよってたかって俺の口を押さえ、そのまま拉致する手はずだったのだろう。

 

 攫われたらどうなっていた? どうして攫おうとしたんだ?


 俺を狙うとしたら、魔女家くらいしか思いつかない。


 俺はこいつを拘束しているし、人も集まっている。

 そのうちには警吏が来てしょっぴいていくだろう。


 だが、王都の警吏はもちろん魔女家とズブズブの汚職関係にある。

 警吏の拷問でコイツが何かを喋っても、事が明るみにでることはありえないし、悪くすると、何日か拘禁されたらほっぽり出されておしまい、ということもあり得る。


「言っとくが、俺は大貴族の跡取り息子だからな。お前を殺した所でなんの罪にもならん。言えば殺さない。言わなければ殺す。誰に雇われた」

「や、雇われてない」

「死にたいらしいな」


 俺は刃を軽く首筋に押し当てた。

 将家家伝の短刀だけあって、あまり押し当てると沈んでいきそうなほどに鋭い。


「ち、違うんだ。身なりがいいから襲ったんだ」

「嘘だな」

「本当だ。おれはキルヒナからの流民で」


 ……。

 食いつめ者が身代金目的かなにかで人さらいをしているというのは、十分考えられる。

 確かに、俺は別邸で衣服を着せられたまま出てきたので、それなりに身なりのいい格好をしていた。


「それらしい嘘がでてきたな」


 十分に考えられるとしても、それは可能性の一つにすぎない。

 魔女家とは関わりがない、という可能性が、数パーセント増えただけだ。


「う、嘘じゃない」

「キルヒナからの流民だというなら、ジャコバの一人娘の名を言ってみろ」


 キルヒナ人でジャコバの名前を知らない者はいないはずだ。


 ジャコバはジャコバ・トゥニ・シャルトルといって、現キルヒナ女王である。

 逆に、シヤルタ人でこいつの名を知っているやつは少ない。


 その娘の名前までは、学院出のいわば知的エリートか、ハロルのような貿易関係者でない限りは、中々知識として持っていないはずだ。


「テルル様だ」


 俺は短刀を引いた。

 俺を狙うにしても、魔女家の連中は流れ者を使わないだろう。

 もっと質のいい手下がいくらでもいる。


「信じてくれるのか」

「一応は信じてやる」


「はぁ」


 安心したようなため息をついている。

 馬鹿め。


「馬鹿野郎。貴族の俺をさらおうとしやがったんだ。これからお前は縛り首だ」

「っ……!」


 今更気づいたのか、膝の下でじたばたと暴れだした。

 魔女家の手先でないのであれば、警吏は普通に逮捕して、普通に仕事をする。

 貴族拉致未遂ということで、まず縛り首だろう。


にがすと思うのか?」

 俺が短刀を逆手に握って顔の前に突き立てるように置くと、収まった。


「アホめ。死ぬのが怖いなら、人さらいなんぞ始めるんじゃねえ」


「……家族が腹をすかせて」


 なんだ、こいつ。

 家族が腹を空かせてなんて台詞、初めて聞いたぞ。

 家族が腹を空かせて仕方なく。


 ったくよ。

 おおかた、おめでたい野郎だから逃げてった連中にいいように使われてたんだろう。


「てめーはこれから死ぬんだ。死んだら家族を食わすも糞もねーだろうが。アホめ」

「……ぐっ、ううっ、仕方が」


 あーあ。

 大の男が泣き出しちゃったよ。

「仕方がなかったんだ。仕事がなくて」

 あーあ。

 はあ。


「仕事があったら悪事はしないのかよ」

「するもんか」


「キルヒナでは何をしてやがったんだ」

「大工だ」


 大工か。

 ちょうど欲しいと思ってたんだよな。


「はぁ……」

 俺はため息を一つついて、膝を男の体から離した。


「川の南側を遡ったところにある水車小屋へ行け。日雇いなら働き口をくれてやる」

「みっ、見逃してくれるのか?」


「働くチャンスをくれてやるってことだ。それでも悪事をするようなら、殺したほうが世のためだからな。次に同じことをしていたら、その場でぶっ殺してやる」


 こいつにも同情の余地はあるだろう。

 一度くらいは、家族に免じて更生の機会を与えてやってもいい。


「消えろ」


 おっさんはこちらを振り返りながら走って消えた。

 これで水車小屋に顔を出していなかったら、どうしてやろうかな。



 ***



 カフは外出しているのかと思ったら、意外なことに家に居た。


「カフ、邪魔するぞ」

 俺は勝手知ったる他人の家で、勝手にドアを開けて入った。


「ユーリか、どうした」

 相変わらずきったねぇソファに寝っ転がってやがる。


「どうしたじゃないよ。なんで鍵がかかってないんだよ」

 いやほんとに。

 すんなり開いて驚いたんだが。

「前からだろ」


「さっき、誘拐犯に拉致されかけたんだが」

 カフは、がばっとソファから飛び起きた。

「無事か」

 無事じゃなかったら、今ここに居ないだろうに。


「幸いなことに、五体満足だけどな。撃退できた」

「魔女の糞共のしわざか」

「いや、流民みたいだった」


「ならいい」


 カフは一安心とばかりに、再びソファに腰掛けた。

 おい。


「良くはねーよ。人さらいが彷徨さまよってるような場所で鍵をかけてねーとか」


 不用心すぎるだろ。


「鍵をかけたいのは山々だが、壊れてるんだよ」


 壊れてたのか。

 道理でいつも鍵がかかっていないはずだ。

 それならそれで、内側からカンヌキでも掛けとけよと思うが。


「それより、そっちの娘はなんだ」

 カフはビュレに目をつけた。


「ああ、うちで雇えないかと思って。ビュレだ」

「よろしくお願いします」


 ビュレは丁寧におじぎをした。


「おい」

 なんか怖い顔をしとる。

「はい」


「おまえが引っ掛けた女を入れるのはやめろ。そういうことをする奴は、大抵が身を持ち崩す」


 何を勘違いしてんだ、こいつは。

 俺のことを、どんなマセガキだと思ってんだ。


「ビュレは俺のイトコだよ」

「はぁ?」


 素っ頓狂な声をあげよる。


「イトコって、じゃあ騎士の娘っ子じゃないか。何を考えている」

「母方のイトコなんだよ。母上の実家は森んなかの農家だ」

「ああ……そういうことか」


 特に家庭の事情を話したことはなかったので、一から説明する必要があるかと思ったが、知っていたようだ。


「ン……、そういうことか。うちの仕事をやらせるのか」

「とりあえずはカフの鞄持ちにでもと思ったんだが」

「……まあ、お前のいうことだ。嫌とは言わんが」


 やっぱり渋っている。


「精一杯頑張ります」

 ビュレはぺこりと頭を下げた。


「……今はどこに住んでいるんだ」

「別邸だけど、色々あって居づらくてな。ここの下の部屋はどうかと思ったが、人さらいが出るようじゃ、いくらなんでもまずい」


 さすがに、人さらいが徘徊している土地に、十三歳の娘っ子を一人暮らしさせるわけにはいかん。

 ホウ家に戻すか。


「じゃあ、居を変えるか」

 やけにあっさりと言った。

「引っ越しするのか?」


「ああ。大家にいくら言っても鍵屋が来ないんでな。俺も最近は儲けてるって噂が立ってるから、おちおち寝ても居られんよ」


 そりゃ、いつ強盗が入ってきてもおかしくないってことじゃねーか。


「じゃあ、ついでだから倉庫にできるようなのを借りてもいいぞ。うちの金でな」

「助かる。俺も金はないんでな」


 カフの給料についてはまだ決めてなかった。

 カフはいわば無給だ。

 もちろん事業はこいつが回転させているのだから、こいつの手には直接的に金貨とかが回ってくるわけだが、感心なことに、それには手を付けていないらしい。


「カフの給料なんだが」

「ああ」


 俺は勝手に奥に入っていき、椅子に座った。


「父上に事業のことはバレたから、正式にホウ社として発足することにする」

「ホウ社か。ホウ商会とかじゃなくて」


 カフはなんだか嬉しそうだった。

 正式にそうなるのが嬉しいのだろう。


「うちは、製作もやるから、商会だと変だ」

「まあ、そうだな」


 一般的に商会というのは、誰かが作ったものを売りさばき、利益を上げる者の集まりのことをいう。

 基本的に、生産者は個人あるいは各職人ということになり、各職人というのは、大抵がギルドで横のつながりを持っている。

 俺はどことも繋がるつもりはない。


 独立し、全ての業務を他に頼ることなくこなして行くのであれば、社という名称がふさわしいだろう。


「そこで、カフの給料の話になる」

「いよいよ歩合給をくれんのか」


 カフは歩合というところを強調して言った。

 忘れていなかった。


「カフ・オーネット。お前を社長に任命する」


「俺が社長か」

 まんざらでもない顔をしている。

「務めさせてもらう」

 なんだか恭しく拝命するように、俺に頭を下げた。


「それで、お前は何をやるんだ」

「俺は会長をやる。監督役だな。社長ってのは、つまりは実務の長ってことだ」

「なんだ、今までどおりじゃないか」


「いや、これからは、社の経営に責任がある幹部を役員にする場合があるからな。役員は、役員会議のメンバーだ。役員会議の連中は全員、原則的には歩合給というか、業績連動報酬にするつもりだ」

「役員てのは、これから増やしていくのか?」


「あまり増やす予定はないけどな。もう少し大きくなったら、製造開発部みたいのを増やしたい。そこの責任者は、もちろん役員だ。役員会議で成果や開発の方向性を発表してもらう」

「ああ、そりゃいいな。悪くない」


 カフは悪巧みでもするように、ニヤニヤと笑っていた。


 納得してくれたようだ。

 良かった良かった。

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