第40話 もう一人のイトコ


「ユーリ! おかえりなさい!」


 スズヤは扉を開けるなり走ってきて、俺を抱きしめた。

 ぎゅ~~~っ


「お母さん、どうも、ご無沙汰しておりまして」

「いいのよ、いいの。だって頑張ってるんだもんね」

「ええ、はい、頑張ってます」


 スズヤに抱きしめられると相変わらずいい匂いがした。

 なんとも安らいだ気分になる。


 それにしても今日はなんか変なテンションだな。


「今日は泊まっていくのよね?」

「もちろんです」

「よかったぁ」


 嬉しそうにしてくれて何よりだ。



 ***



 俺も、かれこれこの別邸を使い始めて五年経つ。

 別邸で働いている人たちの顔は殆ど覚えている。


 その人達は、半分以上が譜代の者というか、代々ホウ家に勤めてきた人たちだ。

 五年くらいでは、あんまり顔ぶれは変わらない。


 衛兵の人々は、これはまた別で、一生を衛兵で過ごすというのはキャリアにもなんにもならないので、領から派遣されてくる。


 王都は、とにかく娯楽の質と量が田舎とは段違いなので、左遷というよりは休養のために回されるようだ。

『集中を切らさないため』という建前で、通常より大分甘いローテーションが組まれており、自由になる時間が多く設定されているので、遊びに出かける暇はたっぷりある。


 そういうわけで、衛兵はコロコロと顔ぶれが変わるので事情が違うが、別邸内部で働く人達の顔くらいは覚えているのだ。

 やたらめったら多いわけではなく、せいぜいが十人くらいだからな。


「お初にお目にかかります。ユーリ様」


 だが、食堂で席についた俺に、ぺこりとお辞儀したのは、見知らぬ人物だった。

 メイドの服を着ている。


「こちらこそ、はじめまして」


 というわけで、俺は極自然に新参の人かと思った。

 俺より年齢が幾つか下のように見えたしな。


「ユーリ、お前のイトコだ」

「うふふ」


 はて、イトコといえば、シャムしかいなかったはずだが。

 ゴウクの隠し子かなんかか。


「ゴウク伯父さんに隠し子がいたんですか。こりゃ、生前にサツキさんにバレなくてよかった」


 やれやれ、間一髪ってところだったな。


「馬鹿なことをいうな」

 ルークに怒られた。


「私の姪っ子ですよ」


 ああ。

 あーあ、そういうことか。

 母方のイトコってことね。


 俺は、スズヤの実家には行ったことがないのだが、そーとーな田舎だと聞いている。

 新しく出てきたイトコは、元の顔がいいからか、田舎から出てきたにしては泥臭さがない。


 髪とかもキチンと綺麗に揃っていて、見た目は垢抜けている。

 まあ、そのへんは、働くことになったから整えさせたのか。


「女中として働いてるんですか」

「先週よりお世話になっております」


 丁寧な言葉遣いだ。


 出稼ぎに来てるのか?


 ルークが牧場主だったときはともかく、ルークが当主になった今は、スズヤの実家の立場はどうなんだろう。

 相変わらず農家なのだろうか。

 よくわからないな。


「一応、仮ということで働いてもらっている」


 ふーん。

 とはいえ、イトコなのに女中というのは、どうもしっくりこないんだが。

 イトコって様付けで呼んでくるような関係じゃないだろ。


 俺も、一般人のメイドさんに様付で呼ばれるのは流石に慣れたが、親戚のイトコに格上扱いされるのは、どうも居心地が悪い感じになる。

 そのイトコが平民だったとしても。


「お名前はなんというんですか」

「ビュレ・エマーノンです」


 エマーノン。

 確かに、スズヤの旧姓であった。


「ビュレさんですか」

「どうか呼び捨てになさってください」


 むむ……。

 ルークに助けを求める目線を送ってみた。


「……まあ、俺も考えているところだ」

「そうですか」


 ルークも、対応を保留しているらしい。


 ビュレの立場は、簡単に考えても、相当に微妙だ。

 平民ではあるが、ひょんなことから将家の当主の一人と近縁の親戚となってしまった。


 もちろん、ルークが最初から長男で、最初から跡継ぎで、スズヤと大恋愛して無理を通して結婚したのであれば、エマーノン家も相応に立てられただろう。


 だが、ルークが将家の当主になったのは、結婚してからずっとあとのことで、それが問題を複雑にしている。

 ルークが結婚した当時は、ルークのほうは、それこそ将家の次男坊として栄光のレールからロックンロールアウトしたロクデナシのドラ息子という立場だったわけで、これではたとえ結婚したにしても、ホウ家としてはエマーノン家を立ててやる理由はない。


 結婚から大分たった今となっては、家格を立ててやる理由は十分にあるのだが、今頃になって相手方がそれを望むのか、という問題もある。


 なぜこの子を送ってよこしたのか、謎なところだ。


 ルークも、近縁の親戚を端女のようにコキ使うのはどうかと思っているのだろう。

 ビュレのほうはどう思っているか謎だが。


 端女のようにコキつかっても問題はないはずなのだが、やはり気分的な問題はある。

 このへんはホウ家の良心的な家風によるものなのか。

 場合によっちゃ、最初から「何が問題なの?」とばかりにコキ使う家もありそうだが。


「その格好を見るに、今日は給仕をしてくれるのですね」

「はい」


 親戚なのだから、同じ席について食事をしてもなんらおかしくないのだが。

 スズヤとは姪と叔母の関係なんだし。


「……では、よろしくお願いします」

「こちらこそ、精一杯努めさせていただきますので、よろしくお願いします」



 ***



 食事が終わった後、書斎部屋に呼び出されたと思ったら、

「ユーリ、さっきのあの子、どう思う?」

 とルークに聞かれた。


「いい子なんじゃないですか。立場的に特殊なのはお察ししますが」


 安楽椅子に座り、出されたお茶を飲みながら言う。


「あの子は、スズヤの兄の二番目の子だ」

「へー」


「へー、じゃない。ユーリも親戚づきあいは将来やらなきゃならないことだぞ」

「それはわかりませんが。へーとしか言い様がありませんよ。お母さんの実家はどういうつもりで送ってきたのかにもよるじゃないですか」


 野心的な考えで送ってきたのであれば、それなりの対応をする必要があるだろう。

 ルークも牧場主だった頃は、野心も糞もあったもんじゃなかったが、当主になってしまったのだから、嫁の実家に多少の力添えをしてやるくらいはしてやってもバチは当たらない。


 だが、力添えをするにしても、そもそもが騎士家は騎士号という制度があるために、取り立てるのも難しい。

 騎士号というのは、言わば軍隊の世界でいえば士官学校の卒業証のようなものなので、下士官と士官が明確に区別されるのと同じように、騎士号を持っていない者には、軍の中で立場を与えてやることはできない。

 軍の中で立場がなければ、領地をくれてやるのも難しい。


 それとは別に、貴族として取り立ててやることは難しくない。

 だが、将家のルールだと、軍への出仕をしない場合は、対価として多額の上納金が課される仕組みとなっている。

 それを免除する特別扱いはできないので、領地経営の方法も知らない農家のエマーノン家を取り立てて、領地をくれてやっても、経営破綻して破産に向かうのは明々白々なのだ。


 ルークはこの措置を施されていたわけだが、領地は牧場近辺と自分の家だけだったので上納金は少なく、牧場の利益で難なく払えてきた。

 エマーノン家も、同じように家の周りだけが領地の小領主ということにすることはできる。

 だが、ルークの場合と違って、エマーノン家はただの農家なわけで、現金収入がとても少ない。


 確かに上納金は少なくて済むが、トータルで税支出が増えてしまうのは避けられないわけで、その結果、貴族にしてやったところで、逆に貧乏になってしまう。ということになる。


「……そうなんだがなぁ」

「ご実家には何かしてあげているんですか?」


「ああ。ホウ家の金で家を建て替えさせて、今はそれなりに裕福な暮らしをしている」


 まあ、そうなるわな。

 その辺りが落とし所だろう。

 当主の嫁の実家が穴ぐら生活じゃ、当主はどんだけケチなんじゃいと他から思われてしまうし。


「なんか下女の仕事をしているようですが、あれはビュレさんのほうから言ってきたんですか?」

「そうだ」


 ふーん。


「更に結びつきを太くしたいと思っているのであれば、ああいう風に働きたいとは言い出さないでしょう。純粋にお礼のつもりなのでは」

「そうかもしれん。そう思うか」

「まあ、思います。玉の輿というか、上々の相手と結婚させることを望んでいるのであれば、下女の真似事は逆効果ですし、そのくらいは向こうも分かっているでしょう」


 ホウ家と結びつきを強くしたいのであれば、高位の騎士家に嫁として迎えてもらえるよう、働きかけをするのが普通だろう。

 王城で女王陛下仕えをしていたとかならまだしも、ホウ家とはいえ王都の別邸で小間使いをしていたというだけでは、貴族の花嫁としては、キャリアにもなんにもならない。


「俺もあれをさせるのはどうかと思っていた」


 思ってたんかい。

 じゃあ辞めさせろよ。


 しかし、本人がやりたいと申し出てきたものを、やるなというのもどうなんだろう。


「遠い親戚ならいいんでしょうけどね。僕のイトコでは近すぎます」

「そうなんだよ」

「あの子、今いくつですか」

「十三だ」


 十三かぁ。

 場合によっちゃ、児童労働で騒がれるレベルだ。

 この国じゃ、よほど苛烈な労働をさせているのでない限りは、騒ぐ奴なんていないけど。


「無難な手としては、有力な分家の男の人と結婚させてあげることでしょうけど」

「若すぎる。それとなく聞いてみたが本人も望んでない」


 望んでないのか。

 うーん。


「難しいですね。どうしたらいいものやら」

「俺も、正直わからん。向こうの家がなにを考えてるのか」


 逆に「いいとこのお武家さんと結婚させたいから、うまいことやっといてくれや」と預けられるほうがルークとしては簡単なのだろう。

 そうしたら、ビュレには花嫁修業のようなことをさせ、のちに適当な分家筋に娶らせればよい。


「農民の方々を馬鹿にするわけではありませんが、そもそもの常識が我々とは違うでしょう。嫁になるために下女の仕事が近道と考えて、ビュレさんに指示している可能性もあります。なにも下心はなくて、純粋に奉公にだしているつもり、というのが可能性としては一番高いと思いますけど」


 俺は、自慢ではないが日本でもこっちでも様々な教育を受けてきたので、生まれてこの方学校教育を一切受けていないという人々の常識というのは、察しかねるところがある。


「そうなんだよな」


 ルークも同じ考えであるようだった。


「こういってはなんですが、重要事ではないと思いますし、さほど真面目に考えなくてもいいのでは」


 ルークの立場からしてみれば、些事にすぎないのは間違いない。

 どう処理したところで、騒ぎ立てる連中など皆無だろう。


「スズヤの実家だ。大事にしたい」

 そらそうだよな。


「ユーリ、さっき言ってた副業はどんくらい儲けてるんだ」


 話が急に変わった。


「うーん、今のところ設備投資費を回収できてませんからね。全体で言えば赤字ですが」

「赤字か。設備投資っていうのはよくわからんが、どういう状態なんだ」

「簡単にいえば、父上の牧場の厩舎とトリカゴの建設費をまだ回収できてないってことです」

「ああ、そういうことか。それはいいだろ」


 さすがに、ルークもいわば事業主だっただけあって、分かっているようだ。

 設備投資費というのは、すぐさま回収できるものではない。

 車を買ったとして、乗り出して千キロで購入金額の元をとれといっても、それは無理な話だろう。

 十万キロ乗るまでに回収できればいいわけだ。


「そうなんですけどね。儲けてるってことにはなりませんから」

「それはそうだな。幾らくらい使ったんだ」


 うーん。

 まあ、言っちゃっていいか。


「四万ルガで、とりあえずは月に五千ルガくらい利益があります」

「すごいなおい。じゃあ、すぐ黒字じゃないか」

「ええ、すぐです。どんどん増産してるので、もっと増えるかもですね」


 これが企業だったら超優良企業だ。

 一年もかからず初期投資費用が回収できるとか。

 もしこの国に銀行があったら、「どうぞ幾らでもお金を借りてください」と担当者が頭を下げて資金を差し出してくるだろう。


「さすがだな」

「実務が優秀な人材なので、助かっています」


 ほとんどの実務はカフがやっているのだから、大助かりだ。


「じゃあ、ビュレを預けて大丈夫か?」


 急に話が戻った。

 は?


「いやいや、なにをわけのわからないことを言い出してるんですか」

「ユーリの秘書か側近というのはどうだ」


 ????

 理解できない。

 なにいってんだよ。


「そんなのをはべらせてたら、どこの馬鹿息子かと思われますよ」

「表向きそういうことにしておけばいいんだよ。とにかく侍女はまずいんだ。侍女長のほうからも、扱いに困ると言われてるしな」


 そらそうだろうけど。


「僕のところでも同じでしょう」

「ユーリのところで働くなら問題ない。屋敷でうちの近縁の子が下女の仕事をしているのがまずいんだ」


 うーん……。

 確かに、近い親戚を下女として小間使いにしているというのは、外聞が悪いのかもしれない。

 その点、俺に仕えさせている、というほうが、幾分いい。ということになるのか?


「ユーリだって、信頼のできる身内がいたほうがいいんじゃないか」

 なんか懐柔にかかってきた。

「まあ、そうですけど」

 人手はあんまり足りてないし、働かせてもいいんだけどさ。


「ですが、それだったら、ホウ家から出勤はさせませんよ」

「え」

「ホウ家から出勤してたら、うちの家業かと思われるじゃないですか。あれは僕個人でやってることですから」


 それは嫌だった。

 お山の大将的な考えだが、これは大きな違いだ。

 ルークが息子に事業を。というのと、ルークの息子が事業を。というのとでは、これは意味合いが全然違ってくる。


 ルークだって、牧場を経営している時に、ゴウクが出来の悪い弟に牧場をやらせている。と思われていたら、気分が悪かっただろう。


「じゃあどうするんだ」

「なんだったら、僕が一人暮らしの部屋を手配しますよ」


「ユーリ、女の一人暮らしというのは」


 渋い顔をしている。

 心配をしているようだ。


「でも、ここにいても居心地が悪いでしょう。親戚とはいえ、田舎から出てきたばかりの農民が、特別扱いされているのを快く思う方々ばかりでしょうか」

「そうなんだよ。当人は何も言わんが、肩身が狭いらしい」


 やっぱりそうか。


「とりあえず、実務を任せてる幹部の近くに住ませます。地元にある程度顔が利くようですから、さほどの危険はないかと。さすがに、それができなかったら、ホウ家から出勤させますよ。十三の女の子を放り出すようなことはしません」


「そいつはどういう男なんだ」


 もー、おとーちゃんも過保護だなー。

 心配しなくてもカフは少女を強姦したりしないよ。


「もう二十半ばを超えた男ですよ。幼女が趣味という男ではないですし、そこは心配しなくても大丈夫です」

「そうか。なら、頼む」


 はー、やれやれ。


「といっても、当人が嫌といったら、僕は連れて行きませんからね」

「わかっとる」

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