第2話 ルビーチョコレートは胸焼けしない






弟が部屋に漫画を借りに来たので、思い出した風を装って声をかける。


「あ、そう言えばさ…」

「何?」


弟は本棚を物色していた手を止め、まるで姉妹のようね、と未だに言われる女顔を振り向かせて、私を見る。


「………私、親に孫の顔を見せてあげられないだろうから。あんたの方は、頼むよ」

「………」


なるべく感情を入れないように、素っ気なく言った。目をそらしてしまったので確かではないが、弟は黙ったまま、じっと私の方を見ている。


「……おれも、無理」

「…なんでよ?あんた、モテるじゃん?彼女、いるんでししょう?」

「…………」


チラッと盗み見れば、可愛い顔が一瞬、眉間にシワを寄せる。しかし次の瞬間には、抑揚のないいつもの澄ました顔になる。


「………正直に伝えると、彼女じゃなくて、『彼氏』なんだよね」

「えっ」


まじか。

と確かに驚きを持って思ったけど、直ぐに、私達って似ているのは顔だけじゃなかったのね、と少し可笑しく感じてしまう。


「………内緒ね」


そう言って、弟は部屋を出た。

大丈夫、きっと母さん達も「あんた達が幸せなら、それでいいのよ」と言ってくれると思うよ、って。

伝えてあげたら良かったなぁと、少し思った。

漫画も、結局何も持っていかなかった。







彼女と出逢ったのは、興味があった外部の講習会に参加した時だ。


「……隣、良いですか?」


急に柔らかい声が間近で聞こえ、つい、飛び上がりそうになってしまった。

え、めっちゃ好みの声なんだけど?!と、騒ぎ出した内面の自分を押し込め、にこりと笑顔を作って声のした方を向く。


「どうぞ」


目が合って、「ハレルヤ!」と叫んだ。あ、勿論、心の中で。

小柄な体型に合わせた、小さな顔。真っ黒い髪の毛はしかし艶やかで、肩に触れるか触れないかの長さも、まるで重苦しさを感じさせない。白い肌。長い睫に、くりくりの大きな瞳。

好みドンピシャストライクだった。

理想を絵に描いたような、守ってあげたくなるタイプの、可愛い女の子だった。

未だに彼女に熱い視線を送っていたものだから、気を利かせて…もしくは、ちょっと気まずく思ったのかもしれない…彼女は、会社名を名乗り、名前を教えてくれた。


「近衛はるか、です」

「あっ、…大桐あかね、です」


互いに、首から下げてある名札を見せ合った。受付で用意されていたものだ。

『はるか』は『春歌』と書くらしい。なんて詩的で、彼女に似合った名前なんだろうかと思った。因みに、私の『あかね』は『茜』と書く。よくある『茜』だ。


「新卒ですか?」

「いや、二年目。近衛さんは?」

「あ、じゃあタメですね。わたしも、二年目です」


ふわりと柔らかく笑う。

あ、好き。

私の感情はいつだって、とってもストレートだった。

講義が始まれば雑談は終わり。

真剣に聞き、メモを取ったが、グループワークが始まればペアになってプライベートな話も楽しんだ。そこで、家が滅茶苦茶近所であると知り、話しやすさもあって、今度良かったらお茶でもしないか?という話になった。


「すっごい嬉しい。わたし、就職してからこっちに来たので、会社の人以外で知り合いが居ないんです」

「そうなんだ。じゃあもう、これは運命だね!」


さらっと『運命』と言う言葉を使っておいた。

これからそれを言い続けたら、サブリミナル効果で私との出会いを本当に『運命』だって感じて、意識してくれたりしないだろうか?なんて、滅茶苦茶邪な気持ちがあった。


「本当ですね。運命ですね」

「!」


意図も簡単に肯定されてしまって、「もしかして、彼女も私のことを…?!」なんて思ってしまう。…のは、『感情の投影』と言うらしい。分かっている。都合の良い解釈だって事くらい。


それから、休憩も挟んで三時間にも及ぶ講習の後、LINEのIDを交換して別れた。






氷の女王だ、と。

昔、言われたことがある。そんな渾名を付けられていた時期があった。

同じ年頃の男子は幼稚で興味がなく、そんな男子にカッコいいだとか好きだとか、そんなことを言って騒いでいる女子達の会話にもまるで興味がなかったから、私はクラスで少し、浮いていた。

仕方がないではないか、無理して話を合わせて笑って…それが一体、なんになると言うの?どんな価値があるの?……そんなことを思う、子供だった。まだ、小学四年生だった。

私は私を知らなかった。

恋が、こんなにも心踊ることだと言うことも。


夜。

久し振りに旧友から電話が入った。

中学からの友人だ。

私がレズであると言うことを知っている、数少ない、本音で話せる友人。

別々の高校に行き、彼女は県外の大学に行ったけれど、Uターンで帰ってきて、県内で就職した。

互いに大学生活を送るにあたって、一度は疎遠になってしまっていたけれど、彼女が県内に戻ってきたこともあり、お互い社会人になってからまたちょこちょこと連絡を取り合うようになっていた。


「もしもし?かのこ?久し振りじゃん」


かのこも電話口で「久し振りー」と柔らかい声で笑う。

簡単な挨拶や雑談を済ませ、「そう言えば、急にどうしたの?」とやっと用件を伺う。


「んー。特に。元気かなぁっていうのと、あと、あのね、気になる人が出来てさぁ。聞いて欲しくて」


えっ!聞く聞く!とテンションを上げて耳をしっかりとスマホに押し当てた。電話の向こうで、少しだけ息を飲むような気配がする。


「…………会社の、先輩なんだけど…」

「ほうほう!いいじゃん!」

「オーバー五十なんだよね……」

「あー……………」


考えるより先に、声が出ていた。


「……出たよ、かのこのオジ専…」

「いやいや!男は四十からだから!」


変わらない彼女に、私は苦笑した。

四十からって、でも、その人、定年の方が近いんでしょう?


「あんた、ほんと、ずっとそうよね」


揶揄して嗤ったわけではない。愛情を持って、「私達って、本当に変わらないわね」と言ったのと同じ。

相手にも伝わったようで、作ったむくれ声で「そっちこそ」と返事が来る。


「花のように花憐で、黒髪ボブで妹キャラの、可愛い女の子は掴まったわけ?」


よくぞっ!聞いてくれましたっ!


私は強弱を付ける為、敢えて暫し沈黙してから、そう、口を開いた。


「……ん、ふふふふ!よくぞっ!聞いてくれましたっ!」

「えっ?!あ!幸せかよ!電話切るわ」


私の沈黙にヒヤッとしたであろう友人の、そんな対応も微笑んでしまう。変わらないやり取りに、二人して笑った。おめでとう、出逢えたんだね。と、かのこは祝福の言葉を口にする。私はこそばゆくて、誰に見られているでもないのに、頬を掻いた。


「いや、んー。まだ、私の片想いなんだけどね。ほんと、可愛いの。今度、一緒にカフェ行くんだぁ」

「へー。良いじゃん。幸せだねぇ~」

「お陰様で~!…まぁ、相手が私を好きになってくれる可能性なんて、ほんの数パーセントもあるかどうかわからないけど」


少し自虐的に笑ってしまい、「そんなの、私も」と向こうでも少し、トーンの落ちた声が聞こえる。


「…こっちなんて、子供がいるんだよ?大学生の。どう思う?」

「…………不倫は良くないと思う」

「いやいやいや!シンパパだからッ!」


私達はまた笑って、少しだけまだ話をし、電話を切った。

かのこには悪いけど、いつも、彼女と恋愛の話をすれば「同性愛者じゃなくったって、恋はわりと、平等なんだなぁ」と思う。異性だからと言って、必ずしも結ばれるわけではない。


彼女、春歌ちゃんとは、LINEで何度かやり取りをし、家が近所と言うこともあって、仕事終わりにおすすめの漫画や本の貸し借りもした。

彼女の事を知っていく度、ますます、彼女への想いを募らせた。


おすすめの漫画を借りて読むと、彼女の事を少し、知れた気がした。

おすすめの曲を聴くと、彼女はこの歌詞からどんな気持ちになるのかなって妄想した。

本はライトノベルばかりで、私はいつも小難しい本を好んで読んだので、とても新鮮だった。

彼女は、私の新しい風のようだった。

これまでも、好きだなぁと思う女の子には出逢ってきたけれど、それは想いを告げることなく、悉く失恋して行った。


いつの間にか、『両想い』を知らないまま、大人になっていた。


今度こそ、と思う。

倒れる時は、前のめり!

反省こそすれ、後悔はするべからず!


私はそんな、前向きな座右の銘をいくつも持った。

高校生の時に恋をしたっきり、ずっと御無沙汰だったこの感情に、もう、後悔したくないと思った。

若い内に…学生の内に、もっと沢山、当たって砕けていたら良かったなぁと思う。当たって砕けてみて、果たしてどうやって立ち直るのだろうか…?


恋人は、居ないらしい。


カフェで会うのがバレンタイン当日なので、恐らく、そう言うことだと思う…。

バレンタインに、本命チョコなんて…。

今更、そんな生娘のような…。いやまあ、経験なんて、無いんだけれども…。


前日。二月十三日。

弟とデパートで本命チョコを買いに行くことにした。

電車で二駅。商店街の中の、百貨店。流石はと言うか、催事場は人でごった返していて、あの人ごみの中に今から飲まれるのかと思うと、ちょっとうんざりした。

弟なんて、もっとそわそわとしていてなんとなく落ち着かない。共に人混みが嫌いなので、女性が大半を占めていることにたいしてと言うよりは、やっぱり、この人混みに飲まれるのが嫌なのだと思う。


『わたし、甘過ぎるものはちょっと苦手で…』


二人で意を決して、人混みの流れの一部になる。殆んど勢いに流されつつ、色んなお店のショーケースを何とか確認しつつ、流れを止めないように歩いた。

目指すのはそう、


『ルビーチョコって言うの、今、はまってるんです。あんまり甘くなくて、美味しいんですよ。食べたことありますか?』


ルビーチョコレート!

それは、なかなか種類が少なかった。殆んどがやっぱり、ミルクチョコレートを主としていた。

ので、この人混みの中を一巡しただけでもう、買うものは決まってしまった。

一旦人混みを抜けると、渡すチョコレートを決めかねていた弟に声をかける。


「私は買うものはもう決まってるんだよね。だから、付き合うよ。今日は、とことん!」

「……………ホワイトチョコレート」

「うん?」


ホワイトチョコレートがいいかも、と彼はまた、抑揚を感じさせない声音で繰り返す。


「イメージカラー、白なんだ?」

「うん」


そうかぁ。確か、名前も“シロ”がついたような。

弟の恋人が男性なんて…。不思議な感じだ。いつの間に。また、ゆっくり聞いてみたい。会ってみたいな、と思った。


その後は難なく二人とも目当てのものを購入して、デパートの出入口で別れた。

まだ色々と見たいものがあったが、弟が『人に連れ回される時間』が嫌いなことを知っていたので、いくら姉とは言え、彼の時間を奪うのは良くないだろうと判断してのことだった。


明日、着ていく服を買おう。


それから、バッグも。靴も。イヤリングも可愛いものを見付けて。

チョコには、可愛いレターセットで手紙を添えよう。

気分がとても高揚していて、あっちこっちとお気に入りの店を見て周り、良いものがあれば購入した。

気が付けば、買い物袋が両手一杯になり、腕にかけた麻の紐が食い込んで痛い。


(…………流石に、浮かれ過ぎてるな…)


社会人の財力を今使わずして、どこで使うと言うのか?

私は買い物は一段落させるとして、事前に調べてあった美容院に足を運ぶ。


「予約してないんですけど…」


受付に控え目に声をかけると、短髪の毛先を赤に染めた、カッコいい系のスタッフがにこりと笑った。


「三十分程、待って頂きますけど。いけますよ」


声が存外に可愛くて、女の人だったのかぁと内心ビックリした。

当たりだったな、と。

働くスタッフの雰囲気やお洒落な内装を見て思う。

案内されたロッカーに手荷物を預けて、ふかふかのソファーに座り、用意されていた雑誌を手に、パラパラと捲りながら順番を待つ。


「お姉さん、綺麗だね。今日はどうするの?」


待つ時間が然程苦痛ではない私にしてみれば、思ったより早く、席に案内された。

先程受付をしてくれたお姉さんに髪を触られて、少しだけ、どきっとしてしまう。


「トリートメントをお願いします。毛先も、傷んでるところは切って下さい」

「了解」


明日はデート?鏡越しに私を見て言われ、ちょっと恥ずかしくなって目を逸らした。


「………そうなればいいな、と…思っています…」

「はああっー!萌えるね!可愛い!よしっ!明日は大成功するように。アタシも心を込めて、トリートメントさせて貰うね!」


ありがとうございます、とつい溢れてしまった笑みに、「お姉さん、ほんと、美人ね!」とスタイリストさんはウインクした。






約束の日。

家が近所のくせに、カフェで現地集合にした。

近所のカフェでも良かったが、お互い気になっていると話していた、車を四十分程走らせたところにある、少し西洋を感じさせる造りのカフェが約束の場所だった。

どうやら私の方が先に着いたらしい。

普段は付けない口紅まで塗って、どこか変じゃないかなと車の中で手鏡で確認してから、車を降りる。

新しい服。新しいアクセサリー。新しいバックに、新しい靴。

浮かれ過ぎ。でも、それらがまた、最高にテンションを上げた。


予約が出来ない店だったので、朝十時半と言う時間帯だったにも関わらず、意外と埋まっている駐車場に不安を感じて、中を確認しようかな、思ったところで、春歌さんの車がやって来た。

運転席に彼女を見付けて、更に高揚する。


「すみません!お待たせしましたね!」

「いえいえ!私も、今来たところだから」


少し離れたところしか空いていなくて、小走りでやって来た彼女に、私は心臓の音が聴こえなければ良いなと思った。小走りで来てくれたところが、もう、最高に可愛くて嬉しかった。


「それじゃあ、入りましょうか」


黒髪。内巻きボブ。

ドンピシャな髪の毛を揺らし、春歌さんは歌うように優しい音色の声で言う。

ええ、と頷き、エスコートする為に入り口の扉を開けた。

店の中はやっぱり混んでいて、店の中央の二人掛けの席しか開いていなかったが、待たなくて済んだことに安心して、案内されたまま席に座る。上座は勿論、春歌さんに座って頂く。


「朝御飯、何時に食べました?取り敢えず、飲み物だけにしますか?」


パンケーキで有名なカフェだったのでパンケーキを頼むかなぁと思ったけど、事前に話してはいなかった。

ううん、と二人で唸って、でも結局、お店でNO.1のメニューをシェアすることにして、オリジナルブレンドのコーヒーとアールグレイをそれぞれ頼んだ。


「やっと、念願のデートですね」

「そうですね」


さらりと、彼女はいつも意図も簡単に、わたしの喜ぶ言葉を口にする。

なんだ?誘ってるのか?食べちゃうぞ?!

なんて…心の中の冗談だけど、私は心臓がバクバクと胸を裂いて跳び出しそうになっているのを隠して、さらりと笑った。


「今日もお綺麗ですね!」

「え、ありがとう。…春歌さんだって、今日も最高に可愛らしいですよ」


タメだけど、社会人になってから知り合った人。

敬語になったり、タメ語になったりする私に、春歌さんはいつだって敬語を崩さない。

律儀な人なんだな、と思って、また好きになる。

ほんの少し寂しいな、と思って、また焦がれる。

他愛ない会話の合間で先に飲み物が運ばれ、少し飲めば直ぐにパンケーキがやって来る。

なるべくエスコート出来るようにと、すかさず取り分ける用の皿を渡して、ナイフやフォークも手渡した。


「茜ちゃんは、綺麗な上に性格イケメンで、ドキドキしちゃいます」

「あはは。ありがとう」


『茜ちゃん』と呼ばれることの方が、毎回ドキドキする。他は全て敬語なのに、そこだけ砕けた呼び方を選択した彼女の思考回路が知りたいと思った。

ああもう、頭の中、彼女で一杯だ。

手提げ袋が折れてしまうことを恐れて、むき出しのままの紙袋のことを、彼女は気が付いているだろう。


まさかそこに、“本命”が入っているなんてことは思うまい。


ルビーチョコのピンク色にハートの形のチョコが、ハートの形の缶に入っている。

我ながら、なんてストレートな、逃げ道の無いチョイスをしてしまったのか…。

まぁ、逃げる気なんて、無いけれど。


色んな話をした。

けれど、ついに、チョコを渡すタイミングが見当たらないまま、ランチタイムになる。


「パンケーキ食べたから、お腹一杯ですね。ランチの時間ですけど、どうします?」

「あー…。今日って、まだ時間ある?ちょっと時間をずらして、ここでランチしちゃわない?」

「承知ですっ!」


今日は一日、空けているので平気ですよ!と笑う彼女に、「ああなんで!車を一台にして来なかったのか…!」と思った。でもそうか、帰りに気まずくなるのが怖かったから。


結局、ランチを食べて、三時のお茶までして、流石に「帰るか」という流れになる。

未だに、渡せてない紙袋。

どうしよう、駐車場で渡そうか…。


「あ、そう言えば、夜も空いてます?もう、折角なら晩御飯も一緒しません?」

「え、」

「飲みたいので、一旦車置いて、近所の居酒屋…とかどうですか?」


願ってもないチャンスだ。


「い、行く!」

「わぁい!それじゃ、一旦、解散ですね」


にこっと笑う彼女の顔が好き。

なんだか、あざとい笑い方をする。可愛い。

本当に同い年なのだろうか?…愛でたい。


結局、チョコは晩御飯の時に渡そうか。


そう、思っていた。


のに。


「はい。これ。…本命です」


一旦、家の駐車場に車を停めると、待ち構えていた春歌さんがズイッと紙袋を渡してきた。


「え?」


本命です、ともう一度、言った。


「渡すタイミングがわからなくて…。いえ、なかなか、勇気が持てなくて……。でも、お酒飲んだ勢いで渡すのもなぁって思っちゃって。でも、居酒屋で渡すとなっても、告白、誰かに聞かれちゃうのも気まずいなって」


すみません、待ち伏せして。と眉毛を下げて笑う。


「……え、………え?」


咄嗟に受け取ったものの。

まだ状況が掴めなくて、私は目を白黒とさせた。


「…………その、…好きなんです。茜ちゃんが。わたし…」

「……」

「………引かれるかも、しれませんが…。わたし、ビアンなんです…」

「ひ、引かない…!」


彼女が勘違いをして傷付く前に、否定した。

慌てて、私も紙袋を目の前に付き出した。


「わ、私も、これ!本命!春歌さんに…っ!」

「え、」


春歌さんは目の前で目を丸くしている。

くりくりで黒目がちな瞳が、少し潤んだような気がする。

私は顔から火が出てしまうんじゃないかと言う程の熱を、どうにも誤魔化すことも出来ずに、好きです、と告げた。全て、手紙にも書いてあることだけれど。


「初めて会った時から。私、貴女のことが忘れられなくて………。会う度、好きになったの。好き。好きです…」


どちらともなく、涙が溢れた。

二人して、ポロポロと泣いた。


「う、嘘みたい…」

「わ、私の方が…!信じられないよ…!」

「貰って良いの…?」

「勿論。春歌さんに、買ったんだから…」



春歌さんはやっと、紙袋を私の手から引き取った。

彼女は受け取ったそれを、大事そうに胸に抱える。


「あ、あの…。もし、良かったら…。居酒屋でなくて、これから…………うちに来ない?」

「えっ……?」


二人でもっと話がしたい、なんて。

まだ涙の残る潤んだ目で想い人に言われて、断れる人間なんてこの世に存在するだろうか?


「是非」


キスをきっと、我慢できないなと思った。

ハグも。

優しく、触れ合ってしまうだろう。

その熱に、いつも焦がれていたから。


でもきっと、彼女もそんなこと、承知の上だろう。


潤んだ瞳が扇情的で、つい、キスをしてしまいたくなる衝動をなんとか抑えた。


二人、手を繋いで移動する。

アパートに着いて、互いに紙袋の中身を見た時に、どこかで見たような真っ赤なハート型の缶が入っていたことに笑ってしまった。


「「ルビーチョコレート!」」


二人して、クスクスと笑う。

生まれて初めて食べたそのチョコは、確かに、甘ったるさを感じさせない上品な味で。


貴女への想いも、貴女からの想いも、

こんな綺麗なピンク色のチョコレートならば。

胸焼けせずに、いくらでも食べられそうだなと思った。













ーおしまいー

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