第165話 女性崇拝の書

浦島太郎に登場する乙姫も、また美しいだけの女子でない。彼女も人としての感情もあり、玉手箱も渡している。真備にとって、称徳は人生のすべてだった。

吉備真備は、称徳天皇の七七〇年の崩御に接し、政界引退を決断する。

彼は、現世の穢いことがらに翻弄され続けた教え子の称徳をかぐや姫の昇天のイメージを創り物語を書き上げた。

竹取物語を企画し、執筆した意図は決して子供向けの童話などではなく純情な大人の男のロマンスをも秘めた魅力的な女性への鎮魂を込めた物語であると思う。

また女性崇拝の書であり、藤原のやり方への暴露と糾弾の書であり、本当は恐ろしい竹取物語とも言える話なのである。そして、それは浦島太郎にも当てはまる。真備は七七一年に右大臣という要職を去り、七七五年に亡くなるまで、おそらく脱け殻のように過ごした。

この時期、彼は愛すべき高貴な女子たちの鎮魂の意味を込めて二つの物語を書き上げた。竹取物語の帝は、作者自身である。作者は、かぐや姫を神のように崇拝していた。作者は、かぐや姫のためならどんなことでもする覚悟だった。物語でも帝は多くの兵で姫を守ろうとします。

しかし、かぐや姫の月への昇天を止めることはできなかった。その時かぐや姫が、渡すようことづけされた文と共に不死の薬を帝は受けとります。しかし帝は、その薬を飲むことはついになかった。作者は、この時の心情を歌にしている。

あふことも 涙に浮かぶ 我が身には 死なぬ薬も 何にかはせむ 

これは物語で帝が詠んだ歌で、もう二度とかぐや姫に会えないのだから、姫が老齢の私のためにくだされた薬などなんにもならない、といった気持ちがこめられている。

実際真備は、二度と薬を飲むことはなかった。しかし、作者はかぐや姫にも罪があったとしている。その罪をつぐなう期間が、終わったので月から迎えがきたといっている。

いったいかぐや姫の罪とは、何だったのだろか。

また、何故地上につかわせることが「罪をつぐなう」ことになるのか、それは今も謎のままである。

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