第25話

皇后廃立について、武昭儀と擁立派は必死に催促した。

重臣たちは反対にまわり、高宗はつらい立場にたっていた。

しかし、いつまでも引き延ばすわけにはいかない。武昭儀が、それを許さないのである。軍を掌握していない彼女らには、少しでも高みに登らねば身の安全を保証できなかった。

武昭儀の必死の催促によって、永徽六年九月、高宗は長孫無忌、李勣、于士寧、豬遂良の四重臣を内殿に召した。

皇后問題についての召見であることは、予想できた。豬遂良は、覚悟をきめた。


(先帝の遺託を受けた身としては死を以てこれを止めなければならない。でなければ死んで先帝にあわせる顔がない)


歴戦の猛将李勣は、病気と称して参内しなかった。

十七の時から群盗として暴れまわり、李密謀反のときはあっぱれな気骨をみせた李勣も地位や財産を得ると命が惜しくなってきたのだ。はたして皇后廃立に

ついての下問であった。


「皇后には子がない。そして武昭儀には子がある。李氏の国家を子孫に相伝えるのが皇帝と皇后のつとめであろう。よって武昭儀を皇后に立てようと思うが、いががであろうか?」


高宗の下問に対して豬遂良は


「皇后は名家の出身で先帝が陛下のために娶らせたのでございます。先帝の崩御のみぎり、陛下は手をおとりになって臣に申されました。朕の佳児と佳婦とを今卿に託すと。これは陛下おんみずからお聞きになったはずです。その言葉はまだお耳に止まっておられるでしょう。それに皇后が過ちがあったとは聞いておりません。軽々しく廃してはなりません。臣はあえて曲従して先帝の遺令に違うことはいたしません。それに武氏はかつて先帝の妃でこれは皆が知っております。天下の耳目を、どうして覆い隠すことができましょうか。のちの人々が、これをどう思うでしょうか。臣は、今陛下を怒らせました。罪は、死にあたります」


と答え笏を階段に置き、そこに頭をうちつけた。額が割れて血が流れる。

笏は官史がたずさえるもので、それを手放すのは解任されることを意味した。


「黙れ!下がれ!」


高宗は、怒って大声をあげた。こんなに激怒するのは、簾のうしろにいる武昭儀を意識しているからであった。高宗はすでに武昭儀の奉信者となり、他の意見は重臣といえども聞き入れなくなっていた。

簾のなかから、武昭儀の甲高い声が聞こえた。


「なぜ、この撩をぶち殺さないのか!」


撩というのは、湖北から四川にかけて住んでいた民族で唐代で、醜怪な容貌をしている者に対する罵りの言葉であった。

長孫無忌が進みでて


「豬遂良は、先帝の命をうけ罪があっても計は加えてはならないことになっております」


と言った。

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