第24話 娘殺し
彼女たちは、赤ん坊の部屋には入っていない。そこで何が起こったのか、もちろん知らなかった。
「たった今、皇后様がお帰りになったところでございますが……」
侍女の一人がそう答え、同僚たちは同時にうなずいた。
「ああ、皇后がわたしの娘を殺した!」
高宗は、悲痛な声をあげた。彼の足もとで、悲しみに悶えた武昭儀は涙まじりの声でくり返した。
「あの方がこれほどわたしを憎んでいなさるとは、ああ、もう尼寺に帰りとうございます」
「ばかな! わしは、おまえをあくまで守ってやる。わしは、天子なのだ。おまえを守ることぐらいは、できる」
この時以来、高宗は武昭儀の魔性の虜となったようである。
そして王皇后を廃して、武昭儀を立てようという気になった。
高宗がそのようなことを考えているのは、公然の秘密になっていた。そうなれば、陰謀渦巻く宮中の常で武昭儀擁立派が生まれ反対派との闘争が始まったのである。
反対派の頂点は、太宗から後事を託された豬遂良と高宗の叔父長孫無忌の二人であった。この二人は先帝の遺詔を受けて高宗の後見役になっているので、発言力は強かった。
擁立派は家柄はさほどでなく身分は低いが、能力は高い者たちだった。彼らは貴族社会の唐の体勢の変革を望み、同じく家柄の良くない武昭儀に期待していた。
しかし、彼らの発言力はほとんどない。けれども彼らには、大きな力を背にしていた。いや、皇帝の意志よりも、もっと強い意志があった。武昭儀みずからが自分を皇后に立つべくして激しい意志を示していた。
彼女は王皇后を罠にはめた以上、もはや後には引けなかった。
王皇后を倒さねば、彼女の破滅を意味する。彼女は元側室だった暗い過去もあり、立場も立ち位置も悪かった。自分を守るために、誰からもつっこまれない身分になる必要があった。武昭儀は自己を防衛するのために、どうしても皇后にならねばならなかった。
武昭儀は、自分の身を守るために必死だった。高宗が政務をとり臣下に会う時は、武昭儀は必ず簾のなかにいて意見を聞いくようになっていた。臣下は高宗の前で、彼女の悪口を言えなくなっていった。そして彼女に有利なことを進言するものは昇進し、その反対のものは左遷された。
この現実は、擁立派にとって大きな追い風になった。擁立派は優秀なものが多く、政策は立派で隙も見せず徐々に政権に食い込み力を増していった。
しかし、発言力を増した擁立派も軍権までは持たされていなかった。軍を掌握している唐重鎮らに一気に叩き潰されないように、武昭儀に頼るほかなくなっていた。
擁立派による武昭儀の皇后擁立は、自分たちの保身のためだった。
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