第22話 美女還俗

「そうであろう」


と皇后はうなずいて言った。


「そなたは、まだ若い。まだまだ悟りなす年ではない。それに、こんなに美しいではないか」


「私は、もはや死んだ身でございます」


「死んだつもりで、生き返ってもらいたいのじゃ」


「と、申しますと」


「私は、蕭淑妃をお上から遠ざけなければならぬと思っています。ついては、そなたに手伝ってもらいたい。そのための還俗じゃ。死んだつもりなら、どのようなこともできるであろうぞ」


武照は、警戒して答えた。


「死人が復活するなんてありえません。皇后様が許しても、お上が許してくれるとは思えません」


皇后は、とっさに嘘をついた。


「お上は当然了解しておる。その点は大丈夫じゃ」


「お上が許しても、世間が許しません」


武照は、後宮という場所を知っている。自分が戻るには、お上と皇后に完全に守ってもらうしか生きてはいかれない。

皇后は、その質問が気に入った。


「私は、そなたを全力で守ります。あなたがどのような窮地に陥っても、そなたを必ず守り抜きます。絶対家族に害することもさせません。それに蕭淑妃を追い落とすことができれば、褒美は思いのままにとらせます」


皇后は、武照に顔を近づけた。

皇后の呼吸が武照の耳のあたりにかかり、彼女は肩をふるわせた。


「なにもおそれることはない。なにをするか、私が教えて進ぜよう」


皇后は、そう言って微笑んだ。


(愛いやつじゃ)


皇后は、武照を普通の女と思っていたのがそもそもの間違いだった。


(なにをするか教えられるまでもなく知っているわ)


武照は、心のなかでそう答えていたのである。


「出家も勅命なら還俗とて同じことぞ」 


「賢明、貞淑な女がおります。前歴がありますが、一旦出家してそれは消えましてございます。その者を九嬪の一人に加えたいと存じます」


高宗は、王皇后に報告をうけた。高宗はだいぶ不信だったが、元々高宗は蕭淑妃以外の女性には興味がなかった。

彼は、皇后との仲をこじれさせたくない一心で承諾した。

中国の陰陽思想によって、皇后は三夫人九嬪を従えていた。九嬪の人はみな正二品だが、そこにも序列があった。

昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、姿媛の順である。

数日たって皇后が


「この間の女を昭儀といたしました」


と事後報告した。高宗は


「え、昭儀? 」


と意外そうな表情をみせた。九嬪のなかででも、最高の序列であり三夫人につぐ位である。


「明日にでも参内いたします」


「そうか」


高宗は皇后がなにか企んでいると感じたが、皇后のいう通りにした。彼は、皇后を尊重していた。翌日高宗は参内した昭儀をみて目をまるくした。


「武才人ではないか」


驚きの後に喜びの表情があわられ、高宗はそれを懸命におさえようとした。皇后はそれを横目でみていた。


(これはうまくいきそうだ)


武昭儀の体と口で、あの憎い蕭淑妃を追い落とすことができそうなのだ。

確かに、うまくいった。

しかし、その後がいけなかった。

武昭儀は、蕭淑妃を攻撃したばかりでない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る