第21話

その時の皇太子は李承乾であり、太宗にも特にかわいがわれている。他の皇子たちには、しっかりものの李泰など優秀と思われている皇子が多数いた。

気が弱い李治は、皇太子候補からは全くのノーマークであった。

しかし大人たちには、少年の赤くなったりモジモジする行動に恋慕の情ぐらいは読みとられていた。李治は、大人は自分には無関心であり誰もこの恋は知られていないと思っていたが、後宮の大抵の人が知っていた。ー少年の淡い、ほのかな慕情ー人々は気の弱い皇子には大目に見、微笑ましいものとして好意的に見守っていたのだ。

それが、思わぬ事態の進展で李治は皇帝となった。

しかし皇帝の身分をもってしても、武照をわがものにすることは不可能であった。

彼女は、亡き太宗の愛人群のなかの一人であったからだ。王皇后は、老女に吐きすてるように言った。


「すでに出家している身、無理であろう」


「出家と申すのは、俗世間と全く関係を断つことと聞いております。ならば武才人は、もはや先帝の後宮にいたという俗界のことを消し去っている身ではありませんか。出家しているからこそ呼び戻すことができるのです」


柳婆さんは、そう言ってじっと王皇后を見つめた。


「しかし我が国には儒教という教えがあります。野蛮な国のようなことはできません」


王皇后は、その提案に不快感を示した。


「武才人を宮廷に呼び戻しさえすれば、主蕭淑妃など恐るるに足りません。しかも武才人に恩を売ることで、武才人にも優位に立つことができます」


王皇后は、老女の言葉を聞いて覚悟を決めた。彼女は、普通の女よりも訳あり女のほうが自分が女を意のままに操れることができ扱いやすいのではないかと考え直すようになった。

王皇后は、密かに尼寺へ行き武照に会った。王皇后は、武照がこの世をあきらめていないように感じた。

彼女は、まだ美しい。しかも、彼女はお上よりも四つ年上だ。もし今お上に愛されて、もいずれお上も若い女性に心変わりするだろう。

彼女が年上なのも、皇后には都合がよかった。皇后は、案外うまくいくのではないかと予感した。

皇后は、やや命令口調で武照に還俗を命じた。


「髪をのばしやれ」


「でも、私の出家は勅命によるものでございます」


平伏して武照は答えた。


「ではこの世になんの未練もなんのであろうな」


皇后の質問に、武照は答えることができなかった。

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