第20話
自分には子がなく、他の娘が産んだ皇子を皇太子に指命していた。
しかし蕭淑妃には優秀な皇子がおり、今の皇太子を廃太子され蕭淑妃の皇子が皇太子になれば、自分は皇后を廃されると思ったからだ。
当時は唐の皇后の地位は絶対ではなく、変えられるものだった。名家出身のプライドの高い王皇后は、いささかヒステリックになっていた。蕭淑妃だけに傾いている高宗の愛情を分散させなければ危険だと判断し、いろいろ考えるがいい方法が浮かばない。
焦っている彼女に、高祖の頃から後宮に仕えている柳という浅はかな老婆が王皇后に耳元で囁いた。
「お上の心を強く惹き付けている女性がいます」
「わたしの知っている女か?」
と王皇后は訊いた。自分が知っている女が好ましい。
「この間先帝の命日のおりお上は安業の寺に参拝なされました」
と柳婆はいっそう声をひそめていった。貞観二十三年五月太宗が死んだ後、長安の安業里にあった済度尼寺が霊宝寺と改名された。そして太宗の後宮の女性たちのうち、身分が低いものや身内が貧しいものは全て尼僧となり、その寺に入れられたのである。太宗の菩提を弔うためであったのは、いうまでもない。
そして太宗の命日に、皇帝はその寺に参詣することになっていた。
「お上はそこである尼僧をご覧になって、はらはらと涙をこぼされたそうでございます。そして尼僧もお上を仰ぎみて、目に涙をうかべておられたとか」
「あ、わかった。その尼僧とは武才人(武照)であろう」
と王皇后はいった。
才人というのは、女官の位階の名で正五品官に相当する。三夫人九嬪、二十七世婦と女官のランクはみな官位があった。才人は一番下の二十七世婦のなかでも最も低く、武才人とは武照のことにほかならない。
李治がまだ十歳の少年の頃、武照は十四歳で李治の父太宗の後宮に召された。李治の四つ年長の美少女武照に、心を奪われてしまった。
後宮は男子禁制の場所だが、皇室の家庭生活の場でもあるので皇子は出入りすることはできる。
その数多くの皇子の中でも皇太子や皇太子候補者は、後宮の女性に大切に扱われ注目されちやほやされる。
皇太子が皇帝になった時に、彼女らの待遇が変わるからだ。
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