第10話

光明皇后は、信頼している甥の藤原仲麻呂に広虫の結婚相手を探させた。

仲麻呂は、自分の部下で中宮職の葛木戸主を紹介した。彼なら身分も相応だし、結婚後も広虫を監視できる。広虫よりかなり年は上だが、どんな命令にも従う忠実な部下だった。

光明子は、誰にも文句を言わせなかった。事実、光明子の仲立ちを広虫が拒める筈がなかった。阿部内親王も、広虫の幸せを考え喜んで賛成した。

広虫の本心は好きでもない男と結婚するより、大恩ある内親王と楽しい毎日を過ごしたかった。

しかし、内親王のせいで結婚に追い込まれた。広虫は、それでも内親王のことを心配した。内親王は、純粋でとても優しい。

これから、どんなにきたない陰謀渦巻く宮中で辛い体験をなさるだろう。

そんなところに一人内親王さまを残して去るのは、辛かった。内親王には、今まで守ってくれた恩がある。自分はこれから内親王さまのため、どんなことも耐えようと心に誓った。


「広虫、幸せになってね」


内親王の心からの無邪気な言葉に広虫は、笑顔で答えた。


「内親王さまもお元気で、これからも気をつけていつまでも健康でいらしてください」


広虫は、本当にそう思いながら別れの挨拶をした。内親王は広虫が宮中を去るという辛い体験をしたが新しい侍女も入ってき、なに不自由ない生活を送っていた。

両親はまだ若く、今後男の子を産む可能性は高いと思われていた。

このような事情で、内親王は両親の愛を一心にうけ伸びやかに美しく育っていった。彼女は美しいだけでなく、人を惹き付けて離さない不思議な魅力を兼ね備えていた。

彼女の前に立った廷臣は、皆恋に落ちたといわれている。彼女のその魅力は、死ぬ寸前まで衰えなかった。

父の聖武天皇は、正月には中国の冕冠をかぶって元日朝賀にてた臨むなど自ら唐風化の先陣をきって日本の近代化を後押しした。

当時の中国は、アジア最高の先進国で唐に習うことが

日本の発展に繋がると考えられていた。玄肪と吉備真備の登用も従来の貴族による政治だけでなく、皇帝直属の優秀な官僚を政治の一翼に加える唐のやり方の模倣だった。

しかし聖武は男子では唯一無事に成長していた安積親王が急死するととたんに政治への意欲を失ってしまったのが致命的となった。安積親王は聖武天皇と夫人の県犬養広刀白との間に産まれた聖武の皇子として大伴家持らに期待させられていた。

聖武は、もし光明皇后との間に皇子が産まれなけば次期天皇にしようと考えていた。

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