第2話 神のたべもの

『斗麻……なのか?』

『心の声で直接話せてるんだ、そんなの俺しかいないだろ。』

 俺たち双子の特性。それは心の声で話せること。このことは俺たちしか知らない。

『お前がいつまでたっても記憶を取り戻さないから、ホントは琉人じゃないんじゃないかって思いだしてたよ。』


『スマン……。

 けど、これはどういうことなんだ?

 俺が弟で、お前がアニキ?』

『多分……俺が先に死んだからだと思う。

 目がさめたら赤ん坊で、この世界にいた。

 隣にお前がいてホッとしたけど、記憶があるのは俺だけで、お前は普通にこの世界の子どもとして過ごしてたから、俺も前世の話を言い出せなかったんだ。』


『そっか……、あの時死んで……。

 転生……したんだな。俺たち。』

『ああ。』

『よりにもよって、こんな貧乏で、なんにもない家に生まれなくてもよ……。』

『それだけじゃないだろ、ここは多分、異世界ってやつさ。』


『異世界?』

『さっき琉人が捕まえた鶏みたいに、元の世界にいるような生き物なんかもいるみたいだけど、知らない生き物の方が多い。

 野菜だって、見たことないものがたくさんあっただろ?

 少なくとも、多分地球じゃない。

 異世界転生したんだ、俺たちは。』


『じゃあつまり、大きくなって、日本に行って、家族の顔だけでも、コッソリ見るなんてことは……。』

『出来ないな、生涯。』

『マジかよ……。なんでお前はそんなに落ち着いてんだよ。』

『赤ん坊の時点で、既に前世の記憶があったと言っただろ?もう諦めたんだよ。』


『そっか……。

 長い間、1人にしちまって悪かったな。』

『けど、結局思い出してくれたろ?

 だからいいさ。もう俺は1人じゃない。

 どうしても、今の家族は家族と思えない。

 俺の家族は、お前だけだ。』

『斗麻……。』


 俺は今の家族も、家族と思って生きてきたけど、斗麻は赤ん坊の時点で、前世の記憶を強く持ったまま生まれてきてしまった。

 それが当たり前だろうな。

 どこか大人びて達観しているかのようなトーマの姿は、無理に子どもらしく振る舞っていた斗麻が中にいたからだった。


『けど……、なんで病気なんだっけか?

 俺、いつから斗麻が病気になったのか、覚えてねえんだ。

 気付いたら体が弱かったから……。』

『多分、単純に栄養不足と、環境も体も不潔だからだろうな。掃除の行き届いてない部屋に、俺たち風呂にも入らないだろ?』


『毎日寝てるだけで、運動もしないから、体力が減って余計に弱ってるんだな。』

『たぶん。』

『よし、少しでも栄養のあるものを食べて、部屋を掃除して、散歩くらい出来るように、体力を回復させようぜ。

 そんで、金ためて医者に見てもらおう。』


『医者って……そもそもいるのかな?

 正直、俺はこの家から殆ど出たことないから、あんまり外の環境が分からないけど、昔赤ん坊の頃に父親に抱えられて外に連れ出された時は、とても文明が発達してるとは思えない世界だったよ。いたとしても、そんな科学治療とか出来るのか分からなくないか?』


『ここが異世界なら、科学や医学じゃなくても、魔法が発達してて、それで治せたりとかしねーのかな?

 てゆうか、俺たち、なんか特別な力が使えたりすんじゃねーのか?

 今もこうやって、お互い心の中で会話してるんだし!』


『それは前世からそうだったろ。』

『そうだっけか?

 悪い……、記憶が戻ったばかりで、そこらへんまだ、曖昧なのかもしんねえ。』

 前世からそんな能力があったなんて記憶は俺にはないけど、しっかり記憶のある斗麻が言うなら、多分そうなんだろう。


『なんでこの力が引き継がれたのかは分からないけど、他の能力があると感じたことはないな。少なくとも俺は。

 それに、魔法が日常の世界であるんなら、まわりに使える人間がいないとおかしい。だけど、近所にそんな人はいないだろう?』


 確かに。言われてみればそうだ。魔法なんて、見たことも聞いたこともない……。

『せっかくの異世界だってのに、剣も魔法もなしかよ……。文明の発達まで遅れてるとか最悪だ……。』

『剣はあるだろう。父さんは兵士だ。』

 斗麻があきれたように言う。


『……そうだっけ?』

 俺は本当に不思議に思って首を傾げた。

『お前、前世の記憶が戻ったかわりに、こっちの記憶が混濁してないか?

 記憶が戻る前の琉人は、俺も父さんみたいに、大きくなったら強い兵士になるんだと言ってたんだぞ?』


 俺の夢が兵士?駄目だ……思い出せない。

『父さんの仕事ってなんだっけ?』

『本当に忘れてるんだな……。

 この地方の領主様のお抱えの兵士だよ。

 母さんが兵士長だと言っていたから、ちょっとは偉い立場の人なんだと思う。』

 斗麻が心配そうに俺を見てくる。


『俺たち平民の中では、兵士は稼げる方の仕事だと思う。大抵の人は工場なんかで働いてたり、畑を作って野菜を売ったりして生計をたててるからな。』

『でもうちは貧乏だぞ?』

 うちで稼げてるほうなら、よそはもっとひどい食生活ということになる。


『それは離れたところに暮らしてる、こっちの世界のじいちゃんとばあちゃんの、生活の面倒も見てるからだよ。

 子ども4人に自分の両親、2つの家計をうちの稼ぎだけで支えるってなったら、さすがにそうもなるだろ。』

 なるほど……。


「ただいまー!あー、腹減った〜!」

「母さん早くご飯にしてよ。」

「今帰ってきたばかりなんだから、少し待ちなさい。火をおこすにも時間がかかるんだから。2人はとってきた薪を倉庫にしまってきてちょうだい。」

「「はあーい。」」


 話しているうちに、いつの間にか、母さんとアニキ2人が家に帰ってきた。

『そういや、もうそんな時間か、腹が減ったな、そういえば。

 朝と夜しか食べられないからな……。』

『俺は動いてないからそうでもない。』


『斗麻はもう少し食べなきゃ駄目だ!

 今日の夕飯には、俺が取ってきた鶏の卵が出るんだぜ?

 栄養あるんだから、ちゃんと食べろよな!

 そんで早く元気になって、体力もつけて、それでも病気がよくならなかったら、治してくれる医者をさがそう。』


『分かったよ。』

 斗麻が苦笑した。

「ただいま。」

「──あらあなた、早かったのね、おかえりなさい。」

「リュートが心配でな、早くかえして貰ったんだ。リュートは部屋か?」


「ええ、部屋で寝てるわ。」

「大丈夫そうか?」

「ええ。さすがあなたの子ね、木の上から真っ逆さまに落ちたっていうのに、頭にコブ1つで済んだんだから。」

「うちには医者にみせる金もないからな、大怪我じゃなくて良かったよ。」


 それを聞いて、俺たちは顔を見合わせる。

『……いるんだな、医者。』

『ああ。』

 斗麻がこっくりとうなずく。

『具体的な目標が出来たな。なんとかして、斗麻を医者に見せる金を稼ごう。』


『果たして俺の病気を治せる知識があるほどの医者なのかは分からないけど、試してみる価値はあるな。』

「──リュート、大丈夫か?」

 父さんがドアをあけて、心配そうに部屋に入ってくる。


 ベッドに起き上がっている俺を見て、

「寝てなくちゃ駄目じゃないか。」

 と、俺を横にならせようとする。

「おなかすいちゃって、眠くないよ。」

「そうか。じゃあ、今日はこっちにご飯を持ってくるから、ベッドの上でトーマと一緒に食べなさい。食べたらすぐに休むんだぞ。」


「はあい。」

 父さんが部屋から出ていって、少し待っていると、卵の焼ける食欲のわく匂いが、しめたドアの隙間からも漂ってくる。

 斗麻のお腹が、ぐううっと鳴った。

『珍しいな、斗麻の腹が鳴るなんて。』


『だって前世以来の卵焼きだぞ?

 どうせ味付けは塩だけだろうけど、それでも食べたくなったんだ。』

『そっか、斗麻は醤油派だもんな、俺は断然塩派だから、そっちのほうがいい。』

 俺は口の中がよだれでいっぱいになった。

『言うな、醤油が欲しくなる。』


 本気で絶望したような表情を浮かべる斗麻に、思わず笑ってしまった。

「──笑えるくらいなら、明日には回復できそうだな、ほら、ご飯だぞ。

 今日はリュートが取ってきてくれた鶏の卵に、トトの実つきだ。久しぶりにこんな豪華な食事が食べられるんだ、トーマもちゃんと残さず食べるんだぞ?」


 父さんが体でドアを押しあけながら、両手にお盆を持って部屋に入ってくると、一度床にお盆を置いて、ベッドの上に凹を逆にしたテーブルを置き、その上にお皿とスプーンとフォークを並べてくれた。

「うん、凄く美味しそう。

 ありがとう、父さん。」


 斗麻の言葉に、父さんが嬉しそうにニッコリと笑った。

 父さんが部屋から出ていって、2人でいただきますをしてご飯に手を付ける。

 普段のお祈りとは違う、日本式の挨拶。

 これをするのはこっちに来て初めてだ。

 凄く懐かしくて、2人で一緒に出来るのがとても嬉しくて、自然と俺たちは微笑んだ。


 まずは鶏の卵。やっぱり塩のみの味付けだったけど、なんだこれ!野生の鶏の卵って、こんなに美味いのか!?

『卵の黄身が濃くて美味い……。』

『健康な状態で育てると、卵を産ませるためだけに育ててるブロイラーなんかより、ずっとうまい卵が出来るって聞いたことがあるけど、まさにそれだな。』


 感心したように斗麻がつぶやく。ただの鶏の卵が、こんなにも美味いだなんて……!

 これは栄養がありそうだ。

 明日からは、毎朝これを斗麻に食べさせられるんだよな、これは元気になりそうだぞ。

 次に切って皿に並べられたトトの実を一口食べて、俺たちはお互いの顔を見合わせた。


『なあ、斗麻、これって……。』

『ああ、間違いない、“神のたべもの”だ。』

『なんだ?それ?』

『前世でじいちゃんが、どっかから仕入れた知識をドヤ顔で言ってただろ。それさ。

 こいつは売れる。金が作れるぞ!琉人!』

 斗麻が目を輝かせて俺に言った。


『このまま売るのか?』

『いや、加工する。前世で田舎に行った時、毎年ばあちゃんと家で作ったろ?

 皮と実を別々に加工するんだ。

 ──皮は薬に、実はお菓子にな。』

 実がお菓子は分かるが、皮を薬に?


『皮?皮も使ったっけか?』

『ばっか、お前、皮が一番甘くて、栄養があるんだぞ?

 あー、お前、皮を加工するところは、そういや見てなかったっけか。

 まあいいや、俺が覚えてるからな。』


『じゃあ、明日になったら、また森の奥に行って、たくさんトトの実を拾ってくるよ。』

『いや、木になってるヤツにしてくれ。

 お前、木に登れるだろ?

 必ず実の先に、少し枝を残した状態になるように、枝ごと折って取ってくるんだ。

 そうしないと、作るのが大変だからな。』

『分かった。』


『それと縄がたくさんいる。

 枯れ草でもなんでもいいから、縄に出来そうな植物を集めてきてくれ。それを俺が、お前が出かけてる間に、よって縄にするから。

 今の季節じゃなかったら、網が必要なとこだけど、網は手に入れるのが大変だから、今のうちにたくさん作って売ろうぜ。』

『──網?』

 俺は斗麻がやろうとしていることが分からずに、思わず首をひねった。

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