双子の異世界奮闘記〜なんにもなくても2人でいれば最強なんじゃね?〜

陰陽

第1話 記憶が戻った瞬間

「あっ!アニキ!弟の飯を取るなよ!」

「早いもの勝ちだ!」

 我が家の朝は騒がしい。

 小さな男兄弟3人、全員食べざかり。だけどうちは貧乏で、お腹いっぱい食べる為にいつも争っている。朝に限らずだけど。


 俺は体が小さくて、いつもアニキたちに自分の分を取られてしまう。母さんは騒がしくしないでと言うだけだし、父さんは男なら負けるなと言うだけだ。

 年が3つも違うのに、負けるなも何もないもんだ。力じゃ絶対に負ける。


「リュート、食べ終わったなら、トーマの分のご飯を持っていってちょうだい。」

「あいつまたベッドで食うのかよ。」

 一番上の兄のユージンが、口に食物を詰め込んだまま、またぶつくさ言っている。

「体が弱いんだから仕方がないでしょう。

 ──さ、これよ。」


 母さんが木を作って削ったお盆に乗せた朝ごはんを手渡してくる。

 硬いパンと、塩味のみの野菜の入ったスープと、茹でたじゃがいもに塩をかけたもの。これだけだ。こんなんじゃ栄養が足らないし、病気だって良くならないよ。


 あれ……。

 なんで良くならないんだっけな?

 それに、栄養が足らないってなんだ?

 俺は少し考えたけど、よく分からなくなって、考えるのをやめた。

 俺たちの寝てる部屋は、鍵がなくて木で出来ていて、押せば外から内側に開く。俺は体全体を使ってドアを押すと、部屋に入った。


「リュート。」

「起きてたのか。ご飯持ってきたぜ。」

 双子のアニキのトーマが、ベッドの上に起き上がって俺を見ていた。

「ん……ありがと。」

 今日も顔色が悪いな。


 俺は一度お盆を床に置くと、父さんが作ってくれた、ベッドの上に置ける木のテーブルを、トーマの膝をまたぐように乗せて、その上に朝ごはんの乗ったお盆を置いた。凹の形に打ち付けられた、ただの木の板だけど、これがあるだけでトーマの膝に直接乗せなくて済むようになった。


 トーマは少し食べると、

「もうお腹いっぱい、あとはリュートが食べなよ。」

 と言ってくる。

「駄目だ、お前は食べなすぎ。

 それじゃ元気になれないぜ?」


「今日もアニキたちにご飯取られたんだろ?

 俺は動かないからいいけど、リュートは家のお手伝いもあるんだから、たくさんたべなきゃ。力つかないだろ?」

 そう言って力なく微笑む。

「けどよ……。」


 言ってる側から、俺の腹が盛大な音で空腹を訴えてくる。恥ずかしくなる俺を、トーマがくすくす見ながら笑う。

「じゃあ、貰う。そんで、お前が食べたくなるような美味そうなもん、取ってきてやるからよ。」

「うん、そうして。」


 俺はガツガツと、トーマが食べ残した朝食の残りを平らげた。

 藁の上にツギハギの布が敷かれただけの、とても寝やすいとは言えないベッド。

 共稼ぎで行き届かないのか、あまり掃除がされずホコリの溜まった床。トーマが病気になった原因は、この環境にあるんじゃないのかなと思ってる。


「じゃあ、行ってくるぞ。」

 父さんが仕事に出かける声がする。

「はい、行ってらっしゃい。」

「父さんいってらっしゃーい。」

 母さんとアニキたちが見送る声がする。

「──さあ、私もそろそろ仕事に行かなくてはね。あなたたちも、森で薪を取ってきて頂戴。はい、籠を背負って。」


 アニキたちが籠を背負わされて、ナイフを渡される。薪だけじゃなく、食べられそうなものがあれば取ってくる為だ。

 俺はまだ小さいのでナイフは渡されていない。けど、同じように籠を背負わされる。

 持ち上げやすいように取手のついた籠で、何かの木の皮で編まれている丈夫なやつだ。


 薪が落ちないように縛る縄だけは、同じように渡される。

 子どもでもしばれるように、細めの藁で編んだ縄だけど、結構丈夫で、引っ張っても手ではちぎれない。

 それを腰に巻いて、先っぽをねじ込んで装備する。引っ張っればいつでも外せて、すぐに使う事ができる。


「鍵をしめてしまうから、母さんの帰る時間より早く帰るようなら、いつものようにお隣で過ごさせて貰うのよ?」

 はーい、とアニキたちが返事をする。

 母さんと一緒に家を出て、母さんが家の鍵をしめ、俺たちは森へと向かう。この間、トーマは家で一人ぼっちだ。

 心配だけど、ご近所のクルタおばさんも、病気の子どもまでは預かってくれない。

 だからいつも家で寝てる。


「今日こそ、俺のほうがお前よりもたくさん実を取るぜ。」

「俺がいい場所見つけたのをしらないな?」

 2人のアニキたちがワイワイ騒ぎながら前を歩く。年子のアニキたちは、一番上のユージンが、俺たちが生まれる前から、下のアニキのレイのご飯を奪って食べていたから、一番体が大きい。


 俺も同い年のこのあたりの子どもの中では大きな方だけど、アニキたちは更にデカい。父さんが縦にも横にも大きいから、遺伝だろうってご近所さんたちに言われてる。

「ユージン、今日はどこ行くんだ?」

 近所のマーテルが、同じような籠を背中に下げてやってくる。


 ユージンの下っ端みたいな感じで、いつもこの2人はひっついている。

 俺も2人がかりじゃなかったら、さすがにそう簡単には負けないんだけど、ユージンはいっつも、レイかこのマーテルと一緒に俺に挑んでくるから、なかなか勝てないのだ。


「いつもと違うとこに行ってみようかと思ってる。このあいだ、近くの木はあらかた取り尽くしちまったしな。」

「そうだな、そうしよう。」

 他の子どもたちも、いつのまにかぞろぞろとやって来て、俺たちと同じ方向に進む。


 森に入ったら後は、各自めいめいに動くけど、普通は目の届かない距離に行ったりはしない。子どもたちだけじゃあぶないからだ。

 だけどユージンとマーテルとレイだけは、いつも好き勝手に行動してる。

 大人たちには内緒にしろって、他の子どもたちに握った拳を見せながら言い聞かせて。


 体が大きくて怖いから、みんな従うしかない。黙っていれば親にも怒られない。いつもユージンとマーテルとレイは、他の子どもよりたくさん、薪や木になってる実を集めてくるけど、一箇所に固まって大勢で取るより、誰もいないところの物を独り占めしてれば当たり前だ。


 大人たちはそれを、体が大きくてよく動ける子どもなのだと思っているのだ。

「リュートはどうするの?」

 レイと同い年のユーリが聞いてくる。最年少の俺をよく面倒見てくれる、アニキたちと違って優しい男の子だ。

 ユーリがアニキだったら、俺のご飯を分けても気にならないのになといつも思う。


「トーマがあんまご飯を食べなくて……。

 食欲がないみたいだ。

 トーマが食べたくなるようなものを持ってくるって約束したんだ。」

「じゃあ、奥の方に行ってみようか、父さんから教えて貰った、甘い実がなる木があるんだ。木の下に落ちてるかも知れないよ。」


 ユーリが他の子どもたちに、僕たちは別行動するね、と伝えて、俺の手を繋いで道を案内してくれる。

 少し勾配があって、子どもの足には少し疲れるけど、あまり人の分け入ってない場所に歩いていく。

「わあ……。」


 生い茂る木の間をかき分けて、その向こうに出ると、たくさんのオレンジ色の実がなっている木があった。

 地面にも熟した果実が幾つか落ちていて、俺たちはそれを拾った。

「薪もたくさんあるな!」

 俺たちでも拾える軽い枝がたくさん落ちていた。次々と籠に入れる。


「うん、これだけあったら、きっと喜んで貰えるね!」

「食べたことないけど、これってなんだ?」

「トトの実だって父さんは言ってた。凄く甘いんだって。」

「へえ……。」


「まだ奥の方にも薪がありそうだよ!」

「ユーリ、走ると危ないぞ!」

「あっ!」

「なんだ?」

「シーッ。……あれを見て。野生の鶏だ。」

「鶏?」

 木の根元の草をついばんでいる、白くて赤いひだを頭につけた鳥がいる。


「草を食べるだけで、毎朝卵を産むんだ。

 オンバさんのところで飼ってるんだけど、たまに何かと交換で卵を貰うんだ。

 卵は凄く栄養があるんだよ。」

「そうなのか?卵を食べたら、トーマも元気になるかな?」

「多分。あっ!」


 鶏はお腹いっぱいになったのか、羽ばたいて、木の上に上がってしまった。

「多分、あそこに巣があるんだ。

 あそこに登れば、卵が取れるかも!」

 今の鶏は飛べないけど、野生の鶏って飛ぶって聞いたことがあるな。

 ……あれ、俺、誰に聞いたんだっけ?


 そう思うと、また木から降りてくる。

「多分、木の上にメスがいて、卵を温めてるんだ。赤いのが頭についてるのがオスって父さん言ってたから。」

 メスに餌を与えにいったのか。

「よーし、見てろ!」


 俺は籠をしょったまま、木に登り始めた。動物が昔食べたのか、木の皮が一部剥がれてて、そこに足を引っ掛けて登れば、少し行けば足を乗せられる枝がある。

 オスは葉っぱをついばむのに夢中で、まだ気が付いていない。

 分かれた木の枝に、小さな枝で組まれた巣があって、そこにメスが乗っていた。


「よーしよし、静かにしろよ、卵をひとつ貰うだけだからな。」

 俺は籠を木の枝の間に引っ掛けて、そっと巣の中に手を伸ばした。

「コケーッ!コッコッコッコ!」

 突然メスが鳴いて俺を威嚇してくる。

「ちょっ、静かにしろよ!」


「リュート!オスがそっちに行ったよ!」

 オスが飛んでくるのが見える。ヤバい!

「くっそ!」

 俺は巣ごとメスを持ち上げると、籠の中に巣を押し込むと、腰に縛り付けていた藁の縄を手早く解いて、メスが飛んで逃げないように、取っ手の部分に引っ掛けて、縄を交差して縛った。


「ちょっ!やめろ!」

 オスが俺をついばんでくる。痛い!

「リュート!危ない!」

「うわああああああ!」

 俺はバランスを崩して、木の上から地面に落ち、そのまま気を失った。


「……。」

 目を覚ますとそこは家だった。

「母さん?」

「あんたが木から落ちたって、クルタさんが知らせに来てくれたのよ?

 トーマに感謝なさい?

 知らせに走ってくれたんだから。」

「うん、ごめん……。」


「でも、でかしたわ。」

「え?」

「鶏のメスを捕まえたでしょう?

 これで毎朝卵が食べられるわ。

 あんたを助けに行ってくれた父さんが、木の上であんたの籠を見つけたの。

 あんたを抱えて籠を持って、一度家に戻って来てくれたのよ?」


「父さんは?」

「仕事に戻ったわ。一時的に抜けさせて貰っただけだから。」

「そっか、ごめんね、心配かけて。」

「トーマに食べさせたかったんでしょう?

 気持ちは分かるけど、無茶はしないでね。

 母さん肝が冷えたわ。」


 母さんの手が、そっと額に触れる。暖かさに気付くと、隣で寝ているトーマが、俺の手を握っていた。

「母さんも仕事に戻るわ。今日はもう寝てなさい。今日の晩ごはんは、リュートの取ってきた卵を出してあげるから、楽しみにしてなさいね。

 明日父さんに鶏小屋を作って貰うから、毎朝あんたが卵を取りに行くのよ?」


「うん、分かった。」

 そして俺は目を閉じた。

 ──俺は夢を見た。目の前には居眠り運転のトラック。俺の双子の弟、斗麻が立ち尽くしたようにそれを見ている。

「斗麻!危ない!」

 俺は斗麻に抱きついて、2人まとめてトラックにはねられた。


 ガバッと起き上がると、全身にじっとりと汗をかいていた。

 一気に記憶がなだれ込んできた。

 そうだ、俺は日本人、一千森琉斗、双子の弟、一千森斗麻のアニキ。

『ようやく記憶が戻ったか。』

 同じようにベッドに起き上がったトーマが、じっと俺を見つめていた。

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