1話ー⑤ 少女は運命と出会う
歩き続けて、昼食を終え、歩き続けて、休んで、歩き続けて、戦って、歩き続けて、太陽の輝きが傾いた頃に。
「あれは?」
必要なことと相槌以外に口を開かなかったタスクが、疑問を口にする。具体的に示さずともカノンにも理解できた、タスクの目に映っていたのは、天幕。遠目にも丈夫そうに見える、たぶん布のそれは、一目で人工物だと分かる代物。
「山脈入り口のキャンプ地帯だよ。山越え準備とか、待ち合わせとかの最終地点。結構人がいるし、買い物とか宿泊とかも出来るんだ」
慣れた道とはいえ、そしてまだ多少の道程を残しているとはいえ、曲がりなりにも人がいる場所が見えてきてカノンは安堵を抱く。そしてまた、口にする。
「ちょっと、休もっか」
「……はい」
答えが返る前にカノンが座り込むのに合わせて、タスクもまた座り込む。道中何度となくカノンは心配を形にした声をかけ続けたが、タスクがそれに応えることはなかった。長く歩き続けて、時に戦って、辛そうな、疲れた顔を見てはいたのだが、タスクはそれを認めようとはしなかった。こうしてカノンが自ら休もうとして、ようやく足を止めてくれる。座り込むが早いか、そのまま気絶したのではと錯覚するほどの憔悴、地に伏せる姿を見ていられないと、手早く荷物から水筒とその他道具を取り出して、適当な燃料を組んで火を起こした。手鍋に水を注ぎ、それが煮えるまでの時間をもどかしく思いながら話しかける。
「今日はキャンプ場まで行ったらそこに泊まるね。イニーツィオには明日入ろっか」
「……分かりました」
単に事務的な会話なら、相槌程度とはいえこうして返してくれるのは幸いか。道中、カノンがタスクのことを把握しようと、何よりタスクの気を和らげようと他愛無い話題振りをしてきたが、その悉くが無意味に終わっていた。彼女自身、他愛無いお喋りというのは苦手だったし、その上でタスクは必要最低限しか話そうとしない人間だとよく分かる、実際そう徹しているのでは、まともな会話が成立するはずがなかった。タスクが旅路の中でふと何かへの反応を見せれば、見逃さなかったカノンがそれに答える、タスクが相槌を打って終了する、そんなお喋りというより一方的な事務的対応の繰り返し。それでも、こうして口を開ける相手がいる、それだけで普段抱くはずの旅路の寂しさ、心細さがなくなっていることに気が付いて嬉しさと共に、自分の心の安寧に利用していることへの罪悪感を抱いてしまう。早く煮えろ、と願う中で、ふと、聞こえた。
「……ごめんなさい」
「……え?」
カノンが顔を上げる、見た先には疲労を隠せないタスクの苦しそうな表情があり、小さく、言葉が漏れる。
「……遅くて」
(……遅い?)
言われたことの意味が分からなくて、言葉に詰まるカノンは思考する。タスクは何を言いたいのか、伝えたいのかを考えながら、手元の準備をテキパキとこなす。鍋のお湯が煮えたのを取り上げ、カップに注ぎティーバッグを入れる。お茶が抽出されるのを待ち、それを渡そうとして、タスクの背後、山脈の果てに沈んでいく太陽が理解させた。
(……そっか)
今までの会話になっていない会話からして、内容はおそらく事務的な物。そんな中で、カノン自身が今まで言ったことを思い返せば、「遅い」に該当することは──
「大丈夫だよ」
カノンは言葉を選ぶ。何を言えば伝わるだろう、誤魔化せるだろう、気負わせずに済むだろう──慣れない言葉選びに頭を巡らせる。普段なかなか人と話す機会の少ない彼女には案外未知の体験で、それを結構楽しみながら。
「私一人でも、今日中に帰れるか分からなかったし。それに……誰かと一緒って、なかなかないから──えっと、楽しいんだ。いつもは、一人だから」
「……」
そんなたどたどしさすらある言葉の羅列に、タスクは、無言。顔を逸らしながらカップを受け取る。中に入ったお茶にちびちびと口をつけながら、カノンに視線を向けない。カノンはそんな様子を見ながら、自身のカップに手を付けた。そんな無言の時間に、楽しさを覚えながら。
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