0話 beginning
もう、時間の感覚なんてなかった。
ただ、与えられた役割を遂行するだけ。感情なんてない。使命なんてない。淡々と処理するだけ、なんて感覚すらないただのシステム。数多の世界を創り、理を創り、運命を創り、97の役割を創った。そもそも精神なんて発揮しているなら、流れた年月がそれを摩耗させているはずだ。誰かの労いもなく、感謝もなく、罵倒すらない。まっとうな生命体ではない、神だからできる所業。それでも、この時だけは常の無情ではなかった。
「マスター」
何もないここに響く声。その声の主は、女性の形をしていた。笑えば優し気だろう容貌は、鎧共々冷たさを纏う。与えた役割はそのまま「騎士」たる1番目の役割。
「98番目の進捗は」
彼女は淡々と確認する。神自身が与えた役割を彼女は正しく遂行している。だが、それでも今回ばかりは労いの一つでも欲しいと常になく思う。己が掌中に浮かべる、不可思議と称すべき輝きが描く一つの球。それはそれほどまでに特別な『98番目』、神自身の運命にすら干渉し得る最大の特異点、その創造が終わったのだから。もちろん、内心を示すことはできない。神だから。彼女を裏切れない。今まで創った運命を、これから創る運命を、存在するはずのない私情で歪めることなど、決して。
「完了した。転送用意を頼む」
「かしこまりました」
騎士は己が身に宿る力を放つ。放たれた力は彼女の意思に従い、理に従いいくつかの形式へと形を変える。何もない空間を光の線が走り、幾筋かは神の元へとその輝きを伸ばす。神の掌に浮かぶ光を取り込み、空間の一部へと連れ去った。空間が帯びる力の共鳴音が荘厳な響きを奏で、託された役割を開始し、遂行し、完了する、その過程で輝きを得て、増し、失い、消えていく。まさに、神話が創られていると示すに足る美しさ。最も、この光景を見る者は、無情なる神と非情たれと在る騎士のみなのだが。
すべての光と音が消え、空間は無へと戻る。神は微睡みへと向かい、ただ次の仕事を開始するシステムへと戻る。騎士もそれを見届けてまた、自身も己が理の内に眠る。
システムと化すその僅か手前、神は、誰にも届かない呟きを漏らす。
――助けて――
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