第23話 一条VS民自党
翌朝一条は懐かしいモカ・マタリの香りで目覚めた。「おはよう、ケン」キャサリンがいる。夢ではなかった。キャサリンは淹れたてのモカ・マタリをベッドまで運んでくれた。昨夜は気づかなかったが、キャサリンの服装は、タイトな濃紺のスカートに純白のブラウス、まるでウオール街のキャリアウーマンのようだった。一条がそう言うと、「お役所仕事だから仕方ないの!」と、少しふくれた顔でそっぽを向いた。 その時、ドアのインターホンが鳴った。「ハーイ」と言いながらキャサリンがドアを開けると、そこには目を大きく見開いたまま固まっている片岡の姿があった。一条は片岡に部屋のソファーを勧め、洗面台へ向かった。キャサリンは片岡のためのモカ・マタリを入れて片岡と向かい合って座った。「政策秘書の片岡さんですね。初めまして、アメリカ大使館首席補佐官のキャサリン・クーパーと申します。」キャサリンはそう言うと、日本の風習に従い頭を下げた。「お名前だけは瀬田君から伺っております。初めまして、片岡貢と申します。ずっとお会いしたいと思っていました。」 キャサリンは「クスッ」と笑って尋ねた。「あら、どうしてですの?」「大変聡明な方だと伺っておりましたし、何より一条さんの「取り扱い」がお上手だということですので…。」「片岡さんもご苦労なさっているのですね。これからは私も協力いたしますので、ケンが一人前の社会人になれるように、二人で頑張りましょう!」 片岡とキャサリンが笑っていると、一条が着替えを終えて戻ってきた。「何か楽しそうだね。」一条がそう言うと、二人は顔を見合わせてまた笑った。 キャサリンが大使館から迎えに来たSPと帰った後、瀬田が2台のPCを抱えてやってきた。「今キャサリンが帰ったところだよ。」一条がそう言うと瀬田は胸を撫で下ろしながら言った。「あーよかった。危機一髪でしたね。」それを聞いた片岡が不思議そうに尋ねた。「瀬田君はキャサリン嬢が苦手なのかい?彼女は君のことを弟のようだって言ってたけど…。」「なにが弟ですか、あんな恐ろしい姉などいりません。何か言うときはいつも命令口調だし、反論でもしようものなら、あの氷のような目で睨まれながら、心が折れるまで説教されるんですよ。」「そんな風には見えなかったけど…」「ケンさんがいるからですよ。僕の前とケンさんの前とでは別の人間になりますから。いわゆる究極の「ツンデレ」ですね、あれは。」二人の会話を楽しそうに聞いていた一条が瀬田に言った。「キャサリンの悪口はその辺にして、そろそろ仕事に取り掛かろうか。」片岡が一条と瀬田を交互に見ながら尋ねた。「何の仕事です?」「うん、一党に合流を希望する者が現役議員から元議員、新人まで合わせると400人を超えたでしょ。僕が全員の面接をする訳にはいかないけど、誰でもという訳にもいかない。だから一応ふるいにかけようと思って。」「何か問題のある者は一党入りを断るということですね。でもどうやって…。400名以上いる上に総選挙の公示まであと4日しかないんですよ。」片岡が不安そうな顔をすると、瀬田が得意そうに言った。「大丈夫です。議員たちの人脈関係図を使えばそんなに時間はかかりません。新人候補は少し手間取るかもしれませんが、彼らの経歴から引っ張れば、十分な情報が得られると思います。」 瀬田の言う通り、412名の身辺調査はわずか2日で完了し、そのうち172名がはじかれ、最終的に残った240名で一党は総選挙に臨むこととなった。 衆議院総選挙の公示がなされ、各党は一斉に選挙運動に突入した。特に民自党の力の入れようは凄まじく、事実上、一党と民自党の一騎打ちの様相を呈していた。民自党の公認候補は320名に上り、その潤沢な選挙資金を惜しみなく投入し、人海戦術で一票を取りにいった。メディアを利用した戦略では、民自党擁護の知識人・コメンテーターを総動員して世論操作を仕掛け、テレビ上では毎日、一党派と民自党派の激しい論戦が繰り広げられていた。そんな中、一党の政見放送に国民は釘付けになった。民自党はじめ他の野党の政見放送は、相変わらず国民をバカにしているとしか思えない、党首と相方の女性参議院議員のかけ漫才だったが、一党は一条が一人で出演し、驚く政策を次々に発表した。その一つ一つが、これまで誰も考えもしなかった斬新なものであったが、「ひょっとしたら、可能なのではないか…」と、国民が思えるほど一条の説明は明快であった。 投票日の朝、各メディアは前回同様、大々的に特番を組んで臨戦態勢に入っていたが、前回とは明らかに異なる空気を感じていた。前回は一党という新星が現れ、既存政治にくさびを打ち込んだが、今回は政治・経済体制が、日本の資本主義体制の枠組み自体が変わるかもしれない、という緊張感が漂っていたのだ。
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