第22話 再会

「1015号室…ここね。」佐竹麗は一条の部屋番号を確認した後、もう一度自分自身をチエックした。うすいベージュのベーシックで上品なワンピースと、派手にならないように細心の注意を払ったナチュラルメイクが相まって、清楚な雰囲気を醸し出している。ただルージュだけは少し色気を感じさせる明るいローズピンクを選んだ。 「私の魅力に抗える男などいないわ。」彼女は当然のようにそう思っていた。実際、これまで出会った男は、恋人がいようが、既婚者であろうが、皆彼女に溺れた。そしてその男たちを利用して今の地位を築いてきたのだ。上川から今回の件を依頼されたとき、実は少し迷った。今の勢いから考えると、一条に何のスキャンダルもなければ今度の選挙で一党が大勝するのは間違いない。将来一党が政権をとる可能性もある。もし、今ここで一条を自分のものにすれば、政界進出も容易だろう。それどころか「ファーストレディ」として世界デビューできるかもしれない。しかし上川から出された条件があまりに魅力的だった。その内容は「次の総選挙で民自党比例名簿の上位に載せ(つまり必ず当選する)、一期務めた後、大臣ポストを用意する」というものであった。上川の後ろ盾があれば、将来民自党のトップに立つことも夢ではない。                        (史上初の女性総理大臣)…そんな野望が彼女の心を満たし、上川の依頼を受けることを選択したのだった。上川の計画はこうだ。(一条から、スクープを餌にホテルの部屋に呼び出され、無理やり乱暴されそうになった。部屋から出るときは、はだけた服で泣きながら逃げるように飛び出す。その様子を上川の部下が撮影して、週刊誌で発表する)。「これで一条健も一党も終わりね。」麗はそう呟くと、最後のメイクチエックをしようと手に持ったコンパクトを見た瞬間びくっとした。後ろに誰かいる!反射的に振り返ると、そこにいたのは絹のような美しい亜麻色の髪を肩より少し下の方で軽くカールさせ、透き通るような白い肌に品のある美しい顔、しかし、その眼差しは鋭く、思わず後ずさりするような威圧感のある20代後半と思われる女だった。             その女は氷のような視線を麗に向け、冷たい声で言った。「一条議員に何かご用かしら。」麗は何とか声を振り絞って言葉を発した。「あなた…誰?」「人に名前を尋ねるときは、自分から名乗るのが礼儀だと思うのだけど、この国では違うのかしら?」表情を変えず、軽く腕組みをしたままそう言って、その女は続けた。「まあいいわ、私はアメリカ大使館の者です。10時にここで一条議員と面談の約束をしているのだけれど、なぜあなたがここにいるの?東洋テレビの…いえ、上川議員と深い関係のある佐藤麗さん。」麗の背筋に冷たいものが流れた。上川との関係はごく一部の者しか知らないはずなのに、どうしてこの女が知っている?麗は無意識に声を震わせながら言った。「どういう…意味でしょうか?」その女は美しい顔にわずかな笑みを漂わせながら言った。「わが国の情報機関は貴国とは比べ物にならないほど優秀なの。今回一条議員と接触するにあたり、彼に関係のある人物は、敵も味方もすべて調べ上げているわ。もちろん民自党議員もね。」麗が固まったまま声を出せずにいると、その女はついでのように付け加えた。「あ、それとその角で隠し撮りをしている男、あなたのお知り合いでしょ?申し訳ないけど、持っていたカメラとスマホは私の部下が預かりましたから、後で大使館まで取りにいらしてください。データをすべて消去してお返しします。」見ると上川の部下のカメラマンがその女の部下と思われる二人の屈強な黒人に囲まれ、うなだれていた。さらにその女は言った。「今日の事は決して外部に漏らさないでくださいね。もし漏れると国際問題に発展する可能性がありますし、あなたの過去の男性遍歴までが表ざたになってしまいますから。上川議員には報告義務があるでしょうから、あなたにお任せしますが、二度とこのような真似はなさらないようにあなたから言っておいてください。それでは、その男を連れてお帰りください。」そう言うと、その女は二人の部下のうちの一人をこちらに呼んだ。その部下に促されて、麗はその場を後にした。                                      麗が東洋テレビに戻ると、また先ほどの恐怖感が襲ってきた。いや、恐怖というより劣等感といった方が正しいのかもしれない。これまでどんな同性に対しても優越感をもって接することができた。余裕があったのである。しかしあの女を前にして、そのようなものは微塵もなかった。出合った瞬間から心のどこかで負けを認めていたのだと思う。麗はスマホを取り出し、上川に報告した。                       二人の部下を返し、その女は一人で一条の部屋の前に残った。一つ大きく息をして、部屋のインターホンを押した。「ピンポーン」「はーい」「フロントの者ですが、瀬田様からのお預かりものをお届けに参りました。」中からドアが開けられた瞬間、その女は一条に抱きついた。「ケン!」一条は何が何だかわからず一瞬たじろいだが、すぐにその懐かしい声と香りで我に返った。「キャサリン!」二人は何も言わずお互いの存在を確かめるように抱き合った。                                一条はゆっくりとキャサリンの体を起こし、その美しい顔を見つめながら尋ねた。                      「なぜ君がここにいるの? いったいどうなっているの? クーパーさんは知っているの?…」キャサリンは人差し指を一条の唇に当てて、笑いながら言った。「ケン、一度にそんなにたくさん答えられないわ。」「あ、そうだね、ゴメン」「ううん、ケンのそんな顔も懐かしくてうれしい。あのね、私がここにいるのはアキ(瀬田章裕)から連絡してもらったから。ケンに変な虫がつきそうだって…。」「え、瀬田君は知ってたの?それに虫って何?」「私が日本に来たときアキに連絡したから。でもケンには秘密にするように私から頼んだの。」「どうして?」「ケンをびっくりさせたかったし、会う前にちょっと調べることもあったから…本当は一秒でも早くケンに会いたかったんだけど、わたし頑張ったのよ。」「本当に驚いたよ。でもクーパーさんの許しはもらっているの?」「パパとママが行きなさいって、日本に行ってケンを手伝ってあげなさいってうるさかったわ。まあ私が一番来たかったんだけどね、エへへ…それと私の状況だけど、正式なアメリカ大使館職員の身分だから、ケンが心配しているようなことは起こらないわ。私に手を出すということは、アメリカを敵に回すということだから…。」そう言うと、キャサリンはまた一条に抱きついた。一条も先ほどより強くキャサリンを抱きしめた。まるで3年の月日を埋めるように…                    (それでキャサリン、虫って何?)                                                                                   

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