第21話 一条潰し②

上川は増田を呼んだ。「一条の件、どうなっている。お前にしては手こずっているようだが…」増田は難しい顔をして答えた。「あんな奴は初めてです。どんな人間でも何がしら人に言えないことの一つや二つは抱えているものですが、奴には全くないのです。調べれば調べるほど、出てくるのは奴の偉業ばかりで…」「ちゃんと調べたのか?」「もちろんです。人員も増やして徹底的に調べたのですが…。さらに腕のいいハッカーを雇って、奴のPCやスマホのハッキングも試みたのですが、ことごとくブロックされ、逆にこちらの所在がばれそうになりました。」増田がこんなに苦戦しているのを上川は初めて見た。「ほかに手はないのか?」「あとは女ですが、その辺の女では難しいでしょうね。そこでお願いがあるのですが…」「何だ?」「佐竹麗さんのお力をお借りできませんか?」  佐竹麗は民放大手、東洋テレビの看板アナウンサーで、アイドルのような顔だちながら東都大学出身というステータスとその楚々とした雰囲気が相まって、並み居る女子アナの中でも断トツの人気があった。しかし彼女には裏の顔がある。「オトコ殺し」。麗は財力のある政財界の男しか相手にせず、その男たちは彼女の魅力におぼれ、車・マンション・株…その他彼女の望むものを何でも与えた。そんな男たちの中で、麗が「本命」と考えているのが上川であった。麗は30歳を前にして、政界進出を狙っており、その後ろ盾として上川に急接近していた。彼女が民自党の長老たちではなく、上川を選んだのは「爺たちにはもう先がないが上川はこれから民自党の長になる人間」という狡猾な計算があっての事だった。                      「確かに麗ならどんな男も落ちるとは思うが、どうやって一条のスキャンダルにするんだ?」「政界の貴公子、ホテルの部屋にメディア界のマドンナを連れ込み乱暴」という見出しはどうでしょう?」増田は薄気味悪い笑みを浮かべて上川に言った。                                                                   「一条さん、明日は午後8時から東洋テレビの党首討論があります。覚えていますよね。」政策秘書の片岡が一条に念を押した。「覚えているけど、行かなくちゃダメかな?」「当たり前です。選挙運動は何もしていないのですから、せめて一条さんが一党のために働いてください。」「うーん、でもあんなうわべだけの議論をしても時間の無駄だと思うんだよね。そんな暇があるなら、選挙後の政策を詰めていった方がいいと思うんだけど…。」片岡はあきれてものが言えないという素振りでため息をついたが、思い直して一条に言った。「党首討論の後、もう遅いので東洋テレビ側が近くの日本ホテルを用意してくれるそうです。日本ホテルはこの国のコーヒー発祥の地と言われるだけあって、他では味わえないブレンドのコーヒーを入れる専属のコーヒーマイスターが常駐しているそうですよ。」それを聞いた一条は、先ほどとは明らかに違う顔つきで言った。「明日8時からだったよね。」                          党首討論はいつも通り一条の好感度を上げるだけの結果になった。議論する時の一条はまるで別人で、他の党首たちの掲げる政策の不備を正確に指摘し、ご丁寧にもその解決策を提示した。相手がそれに納得すればいいが、さらに反論すれば、瑕疵ある政策は国民の不利益になることを徹底的に追求した。相手の党首たちも官僚の知恵を結集して一条に挑んだが、一条の前では歯が立たなかった。                         テレビカメラの横で党首討論を見ていた片岡は、いつもと違う雰囲気を感じていた。他の党首たちが何となく張り切っているのである。状況を眺めながら片岡はその原因に思い当たった。司会が佐竹麗なのである。党首たちは明らかに彼女を意識していた。まるで男子が好きな女子の前でいいとこを見せようとするように…。一条はというと…全くいつもと変わらず安心した。さらによく観察すると、その佐竹麗が一条に熱い視線を送っているではないか!一条を見る時と他の党首を見る時では顔の表情が違う。一条は全く気付いていないが…。                                     党首討論が終わった後、吉川という局のディレクターが片岡に近づき小声で言った。「急で大変申し訳ないのですが、この後、秘書の方による座談会を行いたいと考えています。お忙しいとは存じますが、少しお時間をいただけないでしょうか?」聞けば秘書から党首のプライベートや意外な一面を聞いて、明日の番組で放送するという。前もって知らせなかったのは「変に装飾した話ではなく、ありのままの姿を聞きたいから」ということであった。片岡は一条にこのことを伝えた。「アハハ、片岡さん、変なことをしゃべらないでくださいね。」「一条さんが普段はグータラでダメ人間ということですか?…言えませんよ。それよりホテルでおひとりになりますが大丈夫ですか?」「子供じゃあるまいし、大丈夫です。世界のコーヒーを味わったら、その後は部屋でおとなしくしています。じゃあ、後はよろしくお願いします。」そう言って局を出ていく一条の後ろ姿を見送りながら、片岡は一抹の不安を感じていた。                                                                                                 

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