第20話 激震

民自党に激震が走った。閣議で木本が民自党を離党すると発表したのだ。閣僚たちは全員固まり、理由を尋ねることさえできなかった。派閥の長老たちと党三役が民自党総裁室に顔をそろえた。その顔は一様に怒気を含み、木本と対峙していた。まず木本の派閥の長である金山が口火を切った。「総理、いったいどういうことかね?説明してもらおうか。」木本は金山をまっすぐに見据えて、落ち着いた口調で言った。「私はこの国の現状を非常に憂いています。総理大臣になって、まずはその憂いの一つである格差と貧困の問題を解決しようと心に誓っていました。しかし、何一つ実行できずにいる。このままこの党にいては、明日の生活も見通せず苦しんでいる人々を救うことなど出来ない、と思ったのです。」「最低賃金のことを言っているのか?それなら対処しようじゃないか。1500円は無理でも全国一律1000円なら何とかなるだろう。それと貧困層には給付金を出そう。10万円でどうだ。」木本は表情を変えずに言った。「時給1000円では週に40時間働いて4万円、1か月で16万円を少し上回る程度です。そこから税金を引かれて手元に残るのは12万円、金山さんはそれで生活できますか?それに給付金は一時しのぎにしかならず、貧困問題の根本的な解決には決してなりません。」「それなら君はどうしたいんだ、言ってみろ!」  第二派閥の長である勝本が顔を赤らめて大声を出したが木本は全く動じずに言った。「私とあなた方の価値観はあまりに違いすぎます。私が考えていることを、あなた方が受け入れることは不可能でしょう。」「そこまで言うなら内閣は総辞職するしかないぞ、わかっているんだろうな。」勝本が恫喝するように木本を睨んだ。木本は全く臆することなく言った。「総辞職などしません。衆議院を解散します。」 翌日、木本は緊急会見を開き、民自党からの離党と衆議院の解散を発表した。総理大臣就任からわずか4か月後の出来事だった。                               政局は、これまで経験したことのない巨大な地殻変動を伴いながら動き出した。木本は民自党の若手議員35名を引き連れて一党に合流すると発表、それが引き金となり民自党を離党して一党に合流するものが続出、さらに野党からも若手を中心に一党の門をたたく者が日増しに増えていった。民自党上層部は、この現象に慌てふためき、離党を阻止するため、選挙資金としては破格の1億円を出すことや、党の重要ポストを約束するなど、なりふり構わない引き留め策を次々に打った。                      民自党幹事長室に、重鎮たちが沈痛な面持ちで集まっていた。「なぜこんな事態になったんだ。いったいどうなっているんだ、上川、説明しろ!」勝本が冷静さを欠いた声で怒鳴った。(あんたが追い込んだんだろうが…)そう心の中で思いながら上川は言った。「木本が離党して一党に合流するとは思いませんでした。脅しが逆効果になりましたね。もっと彼の意志を尊重していれば…」それを聞いた勝本はさらに不機嫌になった。「あいつの言うことなんか聞けるわけないだろう。最低賃金をあんなに上げてみろ、財界の連中が黙っていないぞ。」それを聞いていた金山が言った。「あいつは確かに党の方針に反することもあったが、ああまでする奴じゃなかった。やはり一条健の存在が大きいのだろう。」「ふん、また一条か、上川、お前一条をつぶせるとか言ってたがどうなっているんだ。」勝本が上川を睨みながら尋ねた。「なかなか手強いようです。増田の報告によると、一条は、金や票では全く動かないそうです。また優秀な秘書がいるらしく、身辺に全く隙がありません。」「それを何とかするのがお前の仕事だろうが。投票日までに奴のスキャンダルを見つけろ!なけりゃ作り出せ!!」

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