第16話 代表質問

木本新内閣の顔ぶれが決まった。木本が思い描いていた、実力のある若手中心の閣僚人事とは程遠い、派閥の論理が強く働いた「年功序列」とでもいうべき人事だった。  女房役である官房長官だけは久遠にすべく、最後まで抵抗したが「久遠では党はまとまらん!」と、金山に一蹴された。                                      年が明けた1月中旬、通常国会が木本の施政方針演説で幕を開けた。木本は特別国会では所信表明演説を行わなかったので、これが初めての演説となる。通常、その演説に対して、各党の党首クラスの議員が代表質問を行い、総理がそれに答える、という流れだが、質問内容は予め通告しており、それを受けて官僚が模範解答を作成、それを総理が読み上げる、という昭和の時代から延々と続くこの茶番劇に国民は呆れ、その中継を見る者は少ない。視聴率が取れないので民放は中継せず、これまではNHKと一部のネットが配信するのみであった。しかし、今回は様子が一変していた。NHKはもちろん、主要民放各局がエース級のアナウンサーを立て特番を組んで国会中継に臨んだ。一条健が初めて登壇し、代表質問を行うからである。一条と彼が率いる一党は、今や国民の一大関心事であり、誰もが一条の姿を見ようと、テレビやPCの前に陣取っていた。                                           木本の施政方針演説は無難によくできた内容だったが、自分の「方針」とはかけ離れたものだった。彼は当初、久遠と演説の原案を作り上げていた。その内容は、最低賃金の大幅上昇とそれに伴う中小零細企業の価格転嫁法制化、天下り法人の統廃合、企業に対する優遇税制の見直し…といったものであったが、党内の実力者や次官級の官僚達からの反発にあい、その多くを政策に盛り込めなかったのがその理由である。                   施政方針演説に対する野党の代表質問が始まった。最大野党の立進党も、第2野党の社会連合も、相変わらず民自党批判と自身の党のPRに終始し、それに対する木本の答弁も官僚の作成した文章を読み上げるだけ、という不毛なものだった。                       「一条健君」衆議院議長が次の質問者の名前を読み上げると議場の空気が一変した。マスコミの面々には緊張感が走り、議員たちも一斉に一条を注視した。一条はピンと張り詰めた空気の中を優雅な足取りで演壇に進み、演壇に到着するとゆっくり議場全体を見渡した後、正面を見据えてよく通る声で言った。「一条健です。一党を代表して木本総理にお尋ねします。今、そちらに並んでおられる大臣の方々は、総理ご自身がお決めになったのでしょうか?もし、そうであれば、それぞれの大臣を選ばれた理由を、お聞かせください。以上です。」一瞬、水を打ったように静かになった議場はすぐにざわつき始めた。「静粛に!静粛に!!」議長が大声を響かせた後、一条に向かって言った。「一条君、質問は以上ですか?」「はい。総理の答弁をお願いします。」そう言うと一条は、再びざわつき始めた中、演壇を後にした。                       一条の質問を受け、木本が演壇に向かった。しかしすぐに答弁せず、じっと答弁書を見つめていた。質問予告で、大臣の任命理由を質問されることはわかっていたので、答弁書には大臣たちの経歴を誇張して、またはありもしない信念を作り上げて、彼らには大臣としての資質があり、その職責を全うできる能力がある、といった内容を官僚たちが知恵を絞って書いてあった。それを読めば、一条の質問に対する答弁は難なくクリアーできるはずだったのだが…。野党からのヤジが飛び交う中、木本はやっと顔を上げて答弁を始めた。「今の一条議員のご質問にお答えします。大臣任命の権限は、ひとえに内閣総理大臣にあり、その任命に対する説明義務はないことから、この場での説明は控えさせていただきます。」野党の不満の声が渦巻く中、木本は演壇を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る