第15話 訪問者

上川から一条潰しの命令を受けた増田は、4人の部下から盗聴失敗の報告を受けていた。「あの最新のステルス盗聴器がばれたのか?これまで一度も発見されたことはなかったのに…まあいい、計画通り次を進めろ。」増田はそう言いながらも、これまでとは違う何とも説明できない不安を感じていた。                               「一条さん、地元北九州の清水さんという方がお見えになっていますが。」片岡が受話器を片手で抑えながら一条に告げた。一条はイギリスに渡る前、最後にいたのが北九州の戸畑で、住所地もそこにあったので、小選挙区はそこからの出馬であった。                  「清水さん?誰だろう?」「ご存じない方ですか?では約束もしていませんしお断りしましょう。」片岡がそう言うと、一条はそれを制して言った。「いや、お会いしましょう。」                                               清水と名乗る男は、部下と思われる神経質そうな男を伴って議員室に入ってきた。  清水本人は恰幅のいい50がらみの男で、アルマーニのスーツにロレックスの時計、フェラガモの靴にブルガリのゴールドリングと、まるでブランドが歩いているかのような男だった。「いやあ先生、お会いできて光栄です。今回の選挙、お見事でした。今や先生の人気は天井知らず、私も同郷の人間として鼻が高いですわ。」清水は品のない声で一方的にしゃべりながら一条に近づき、握手を求めてきた。一条は両手を組んでデスクの上に置いたままそれには応じず、ソファに座るように促した。                  「それで、どちら様でしょうか?」一条が静かに尋ねた。「あっ、これは失礼しました。私はこういう者です。」そう言いながら差し出した名詞を、一条の傍らに立っていた片岡が受け取り、一条に手渡した。(戸畑工業株式会社・代表取締役社長・清水保)一条はちらっと名詞を見て尋ねた。「それで清水さん、どういったご用件でしょうか?」清水は満面の笑みを浮かべて答えた。「実は地元の有志達と先生の後援会を作ろうという話になり、私が代表してご報告に参った次第です。どうでしょう先生、必ず先生の大きなお力になりますよ。特に選挙の際には、建設業界を総動員して先生のバックアップをいたします。」そう言うと清水は、今度は声を上げて笑った。                      「清水さん、まず私のことを先生と呼ぶのはおやめください。私はあなたのような生徒を持った覚えはありません。」窓際のデスクで作業をしていた瀬田が、「プッ」と笑った。「そして後援会の件ですが、私は後援会を持つつもりは全くありません。私は国民全体のために働くのであって、一部の人間のために働くのではない。」一条は涼しい顔のまま、きっぱりと言い放った。どんな議員でも、強力な後援会は喉から手が出るほどほしいはずだと思っていたのか、清水は予想外の答えに慌てた様子で少し早口になりながら言った。「いや、先生…ではなく一条議員、後援会を持たない議員の方などいらっしゃいませんよ。特に、大臣クラスの方になると複数の強大な後援会をお持ちです。選挙の際には、この後援会が中心となって票固めに動きますし、政治資金パーティーではパーティー券を売りさばくのです。この世界では常識ですよ。           それを聞いた一条は、厳しい眼差しを清水に向けた。「それが常識というなら変えなければなりません。私から見れば、それこそが利権政治の温床です。初めは高い理想を持った有能な人物も、真綿で首を絞められるように「後援会」という利権団体に徐々に冒されていき、気が付いた時にはもう抜け出せない。違いますか?」                   清水は一条をボーと見つめたまま、言葉を発することができなかった。「お話が以上でしたら、どうぞお引き取りください。」一条はもう興味がないかのようにそう言うと机の上の書類に目を通し始めた。清水は我に返り、隣の神経質そうな部下と思われる男に目配せした。その男がショルダーバッグから分厚い茶封筒を取り出し、おもむろにテーブルの上に置こうとした時、片岡が尋ねた。「それは何ですか?」清水が作り笑いを浮かべながら答えた。「私どものほんの気持ちです。これからいろいろ物入りでしょうから、何かのお役に立てればと思いまして…。」「ご存じないのかもしれませんが、我が党は国から支給される給与以外、金銭の授受は禁止していますので、お持ち帰りください。」片岡が冷たい声でそう言うと、神経質そうな男は、茶封筒を持ったまま困り顔で清水を見た。「いえいえ、大した額ではありませんが、一条議員のお役に立てるのであれば、それは我が国の役に立つということですから、私どもは大変光栄です。どうぞお納めください。」清水は片岡が、一応礼儀として受け取りを遠慮したのだろうと思っていた。「今の片岡秘書の言葉が聞こえませんでしたか? さっさとそれをもってお引き取りください。」一条のこれまでとは違うドスのきいた声に驚き、清水とその部下は、挨拶もそこそこに議員室を後にした。                      清水たちが帰ったのを確認してすぐ、一条は瀬田に言った。「瀬田君、清水の人脈関係を調べて。」「了解です」そう言うと瀬田はPCのキーボードに指を滑らせながら報告した。「清水は北九州市議のドンといわれている田丸孝蔵の後援会長ですね。 これまで大きな公共工事や箱物工事の受注を、田丸の力で独占しています。いわゆるズブズブの関係です。そして田丸は元総理大臣上川の私設第一秘書である増田というやつと繋がっています。こいつは上川の裏の仕事を一手に引き受けているやつで、悪どい手口も平気でやっています。つまり今回の清水の訪問は、上川の差し金ということですね。」瀬田の断言した言い方に、片岡が慌てて言った。「瀬田君、ちょっと待って、今の話はあくまでそういう関係があるというだけで、実際に上川が指示したかどうかわからないんじゃないか?」瀬田は涼しい顔をして、目では追えない速さでキーボードを操作し、画面を見ながら答えた。「いえ、実際に指示しています。増田がご丁寧に(清水を使って一条事務所を訪問させ、後援会と500万で釣る)といった内容のPCメールを上川に送っています。しかし、わざわざ証拠を残すなんて、こいつらバカですね。」「瀬田君、上川のPCに侵入したのか?いったいどうやって… というかそれは違法行為だよ。」片岡の厳しい眼差しに、瀬田は困った顔を一条に向けた。「片岡さん、今日清水と会ったのは、私たちを攻撃しているのが誰なのか、はっきりさせるためです。敵がわからなければ戦えないでしょ?さらに相手をよく知るために、民自党議員の人脈関係図作成を瀬田君に指示したのも私です。これを作るためには、いつ、だれが、どこで、何をした、といった情報をできるだけ多くAIに読み込ませる必要があるのです。その情報のソースとして、メールは欠かせません。           確かにハッキングは違法ですが、そこから得た情報が外部に出ることはありませんしその情報は相手を分析する目的だけに使用することをお約束します。片岡さんは不本意でしょうが…。」一条の言葉を受け、片岡は少し考えた末、静かに言った。「敵を知り、己を知れば百戦危うからず…ですか。確かに民自党という巨大権力組織と対峙するのに、こちらが無防備では勝ち目はありませんね…わかりました、この件は一条さんを信じてお任せします。」「ありがとう、決して片岡さんの信頼を裏切らないとお約束します。」片岡の許可を得て瀬田は、上川と増田の人間関係から金の流れ、癒着企業から私生活に至るまで、文字通り丸裸にした。         

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