第14話 木本内閣 

特別国会が召集され、民自党の木本武が内閣総理大臣に指名された。                        国会周辺には、おびただしい数の報道機関が集結したが、その視線の先にあるのは、木本ともう一人、一条であった。一条は濃紺のブリティッシュスタイルスーツを優雅に着こなし、その一挙手一動が夕方のニュースで繰り返し流された。                  「新しい総理大臣より新人議員のほうが注目を集めるとは前代未聞だな。」毎朝新聞政治部デスクの加治谷が、一条のアップされた映像を見ながら部下の横田に言った。「実際、選挙では民自党を圧倒したわけですからね。それにあの立ち振る舞い、男の自分でも惚れそうです。」横田は紙コップコーヒーを加治谷に手渡しながら笑った。「そうだな、何か引き付けられるものがあるよな。しかし、問題はこれからだぞ。民自党もこのまま黙ってはいまい。特に木本新総理は切れものだという噂だし、総裁に選出されたとき、党を改革すると公言していたからな。「木本」対「一条」…さて、どうなるかな。」                                             総理官邸で、木本は側近の元財務副大臣、久遠広大と組閣に着手していた。   「財務大臣兼副総理の金山さん続投は仕方ないな。本人がやる気だし、うちの親分だからな。」「しかし財政健全化(プライマリーバランス)を重視するあまり、行き過ぎた緊縮財政政策で景気を悪化させ、所得の減少と失業者の増加をもたらしたのは、まぎれもなく金山さんの君臨する財務省です。私は何度も金山さんに2年限定の積極財政政策を提案したのですが、聞き入れてもらえませんでした。そのくせ金融緩和で大量の金を市場にばらまき、大企業や投資家はますます金をため込んでいる。このままだと、格差はますます広がりますよ。」「金山さんは「大企業が安泰ならその果実は徐々に下々に行き渡り、最後には国全体が潤う」という考えから、賃金は抑えて企業の競争力を維持することが必要不可欠だと公言しているからな。」「「トリクルダウン」の論理ですね。しかしそれは間違いであると、今の日本が証明しています。」「その通りなんだが…明日、閣僚予定者名簿をもって金山さんと面談するからその時、話してみるか…。」                                           翌日、木本は久遠を伴って自派閥の長である金山の部屋を訪れた。「こりゃ何だ?」木本の手渡した閣僚予定者名簿を見るなり、金山は怪訝そうに聞いた。」「私が考えた閣僚予定者です。すべての者がその道に精通した人物で、民間からも2名入閣させようと思います。今の国内の現状を打破するには、思い切った改革が必要で…」「やかましい!」木本が最後まで言う前に金山が大声で恫喝した。「お前はだれのおかげで今ここにいるんだ。改革だあ?そんなもんは必要ない!派閥を無視して政権運営ができるとでも思っているのか?久遠、お前が入れ知恵したのか!!」金山は鬼の形相で久遠を睨み、木本の手渡した名簿を床にたたきつけた。久遠は動じず、何か言いかけた時、木本が割って入った。「この名簿は私が適任だと思う人物を考え抜いた末に選んで作成したものです。久遠は関係ありません。今回の選挙で我が党は一党に…  いや、「一条健」という一人の男に負けました。これは国民が我々にNOを突き付けた結果だと理解しています。今のまま、何も変わらなければ、民心は我が党から離れてしまいます。」わずかな沈黙の時間が流れた。「いいか木本、いや木本総理、政治は数なんだよ、数は力だ。そのために派閥があるんだろ?これまで我が党が与党であり続けているのは、派閥を中心に一致団結して事に当たってきたからじゃないのか?そのために大臣ポストは各派閥の推薦者から平等に選ぶという慣習があるんだ。君も青臭い一年生議員じゃないんだから、わかっていると思っていたがな。」金山はそう言うと、各派閥から出された推薦者リストを木本に手渡した。「幹事長は坂下さんの留任、俺と勝本さんも留任だ。官房長官は上川君で行く。あとはこのリストから選んでくれ。」金山はそう言うなり、派閥の会食に出かけた。                        木本は官邸に戻り、金山から渡されたリストを見ながらため息をついた。リストにある名前は、ただ当選回数が多いだけの、身内びいきに見ても有能とは思えない面々であった。「この清水さん、文科大臣に推薦されていますけど、AIとITをくっつけて「AT」とか言って喜んでる人ですよ。」久遠が呆れ顔で言った。「そうだな、国交大臣に推薦されている中本さんも、建設業界との癒着が激しい人だから、間違いなく問題を起こすだろうな…。」「そう思います。金儲けと保身の事しか頭にない人ですから。」「長老たちは政治家の本来あるべき姿を完全に忘れている。何のために強大な権力を与えられているのか、その権力を誰のために使うべきなのか…。やはりもう一度、金山さんを説得するしかないな。」 次の日、木本は金山を官邸に呼んだ。「総理、何か用ですかな?」開口一番、金山は不機嫌そうに言った。「お呼び立てして申し訳ありません。実は昨日の件、再考願えないかと考えています。」それを聞いた金山は、さらに不機嫌な顔になり、低い声で言った。「総理、昨日も言ったが、派閥を敵に回したら物事が何も進まないぞ。総裁選で圧勝できたのも、各派閥への根回しのおかげだろ?違うか?」「それはその通りですが、一党に対抗するためには、我が党の改革と国民目線での政策を行う必要があります。これまでと同じことを繰り返していては、我が党は一党に食われてしまいます。」一瞬、眉間にしわを寄せた金山だったが、先ほどより少しやわらかい口調で言った。「総理、言いたいことはわかるが、あのリストの連中もこれまで党の方針に逆らうことなく党を守ってきた功労者なんだ。やっと大臣になれる順番が回ってきたのに、突然はしごを外すのか?それはあまりに無慈悲だろ。国民受けする改革は俺も必要だと思うよ。だから総理の考えている連中を副大臣にするというのはどうだ?どうせ大臣になった連中は、法案や政策を官僚に丸投げして作らせるんだから、副大臣が主導して官僚をコントロールすれば総理の言う「改革」ができるんじゃないか? それに、一党人気は長くは続かないから心配するな。」「それはどういう意味ですか?」「上川が手を打っている。一条のスキャンダルが次々に出てくれば、一党はジ・エンドだ。」金山は首を手刀で切る仕草をしながら笑った。                            

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