第13話 二人の秘書

国会にほど近い、永田町の衆議院議員会館の一室に、一条は二人の秘書と荷物を運び入れていた。「他の皆さんはもう引っ越しは済んだのかな?」汗を拭きながら一条は政策秘書の片岡に尋ねた。「皆さん、もうとっくに終わっていますよ。一条さんは取り掛かりが遅いんです。まったく、自分の事になるといつも後回しにするから…‥   これからは私がスケジュールを管理しますから覚悟しておいてください。」片岡の厳しい声に、一条は小さな声で言った。「お手柔らかに…。」  片岡貢は東都大学経済学部の4回生の時、国家公務員総合職(旧一種)試験に合格したが、経済学部ながら司法試験予備試験を経て、本試験にも合格、官僚の道に進まず弁護士になった逸材であったが、旧態依然とした司法制度や化石のような法律に強い危機感を抱いていた。そんな時、日本弁護士連合会主催の司法シンポジウムで、裁判手続のIT化について講演したのが一条であった。とてつもなく広い視野で現在の司法制度を分析し、時代にそぐわない司法手続の改善策を提案、さらにそれを放置している立法の怠慢を厳しく指摘した上で、その立法に忖度する司法の危険性を、水が流れるようによどみなく話す一条に、片岡は釘付けになった。シンポジウムの後、何度となく一条のもとへ足を運び、政治論議を重ねるうちに、これまでの常識を覆すような発想力に驚き、引き込まれていった。一条が出馬すると聞いたとき、迷うことなく「この人と仕事がしたい!」と決心し、一条に連絡したのだった。                                  一条と片岡のやり取りを聞いていた公設第一秘書の瀬田が笑いながら言った。「まあまあ片岡さん、その辺で勘弁してやってください。しかし健さんの自己管理能力の低さにはあきれますよね。」片岡が瀬田に聞いた。「前からこうだったのかい?」瀬田がさらに笑いながら答えた。「ええ、ボストンにいる時から、一人で起きれないわ、遅刻はするわ、食事もろくにとらないわ…数え上げたらきりがありませんよ。」それを聞いた片岡はあきれ顔で一条を見た。瀬田章裕はMITで一条と出会い、一条のITに関する人並み外れた発想と技術力に魅せられ、一条を師と仰いでいた。また瀬田はその世界では知らぬ者がいないほど凄腕のハッカーでもあり、アメリカ国防総省(ペンタゴン)からの協力要請も受けていた。国防総省には自らのシステムをハッキングすることで、システムの危弱性を調べる「レッドチーム」と呼ばれる組織があり、このレッドチームの攻撃を瀬田はことごとくブロックして見せ、組織の上層部を驚かせた。しかし一条が日本に帰国して政治家を目指すと聞くや否や、片岡と同様に何の迷いもなく一条と行動を共にすることを決めた。国防総省は瀬田の帰国に難色を示したが、瀬田の意志が固いことに加え、「アジアの覇権を狙う中国に対抗するためには、日本の弱体化は避けねばならず、一条ならそれが可能である。」という内容の意見書が、クーパー上院議員から出されたことで、帰国を認めた。                              荷物もあらかた片付いたとき、瀬田がノートパソコンをカバンから取り出しながら言った。「さて、そろそろ掃除しますか。」一条が頷きながら答えた。「ああ、よろしく頼むよ。」片岡は何の事かさっぱりわからず一条に尋ねた。「なんの掃除ですか?」一条は笑いながら「まあ見てて」と、本棚に本をしまいながら片岡に言った。瀬田がキーボードに指を滑らすと、数秒で小さなアラートが鳴り、2つの赤い点がPCの画面上に点灯した。「一つはここですね。」そう言いながら瀬田は備え付けのデスクに置かれた電話機の受話器を取って、器用に分解し、小さなICチップのようなものを取り出した。「瀬田君、それは…」と片岡が声にするや否や、瀬田は平然と言った。「盗聴器です。」 片岡は心底驚いた。「この部屋に盗聴器が仕掛けられていたの?まさか、そんなことが…。」「一条さんが相対するのは、金と権力の亡者たちですからね。これくらいのことは普通にやるでしょ。」瀬田はそう言いながら、           入口近くのコンセントのカバーを外し、何事もなかったかのようにもう一つの「盗聴器」を回収した。

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