第12話 一条潰し

衆議院が解散される前、民自党選挙対策委員長の幸田は、これまでとは明らかに異なる不気味な世論の動きに危機感を募らせていた。その原因は間違いなく「一条健」。これに対抗するため幸田はあらゆる手を打った。全国の民自党地方議員や後援会に、これまで以上の票固めを指示、金に糸目は付けない旨を付け加えた。また世論操作のため、複数のコメンテーターや評論家に接触、多額の報酬とテレビ番組のレギュラーを餌に、一条批判と民自党擁護の発言を依頼した。さらに若年層や生活困窮者の票を取り込むため、再度の現金給付をマニフェストに入れた。国民と苦労を分かち合う姿勢をアピールするため、議員歳費削減もマニフェストに明記するように党の上層部に進言したが、あっさり拒否された。「たかだか20人の、選挙運動もしていない素人に何ができる。そんな奴らのためにこちらが身を削る必要はない。」というのがその理由だった。                                             しかし選挙戦に突入してすぐ、幸田の不安は現実のものとなった。世論調査の政党支持率で、民自党はあの「一党」に大差で負けていたのである。これには民自党の上層部も驚愕し、選挙期間中、寝る間も惜しんで票の掘り起こしに動いたが、「一党」に向かった大きな流れを止められるはずもなかった。                               ついに運命の投票日を迎えた。午後8時の投票終了と同時に、各メディアは堰切ったように一斉に報じた。「一党の一条候補に当確です!当確が出ました!まだ開票率0%ですが出口調査の結果当確です。!!」その後、一党の候補者たちの当確が次々に出され、一時間後には20名全員の当確が出された。                         投票日翌日、比例代表の議席配分の基準となる政党得票率と投票率が発表された。         投票率は戦後史上最高の86%、得票率は、民自党31%、野党合計18%、そして一党…51%。一党は全員が選挙区で当選したため、比例での配分はなく、その分は民自党とその他の野党に回された。そのおかげで民自党の議席は改選前に比べ10議席減らしただけで過半数は維持したが、内容は民自党の大敗であった。                   民自党幹事長室に顔をそろえた党の重鎮たちは一様に苦虫をかみつぶしたような表情だった。幹事長の坂下が、しゃがれた声で言った。「歴史的敗北だ。まさかこのような結果になるとは…。」最大派閥を率いる金山がイラついた声で吠えた。「なぜ、あんな素人の集団に負けるんだ!支部の連中はちゃんと働いたのか?後援会の票はどうなったんだ!!」金山は地元の選挙区で、一党の候補にまさかの大差で敗れ、比例で復活当選という憂き目にあっていた。選対委員長の幸田は力なく答えた。「支部は地方議員・後援会を中心に、危機意識をもって、これまでにないくらい精力的に集票活動を行いました。さらにメディアを使っての一党に対する攻撃も、最大限やったのですが…」「それでなぜこの結果なんだ!俺も含めて5人の大臣が選挙区で負けたんだぞ、だれが責任をとるんだ!!」金山の怒りは収まる気配がなかった。「まあまあ、金山さん、一応過半数は維持できたんだからこれからのことを話しましょう。」第二派閥の長である勝本が自派閥の幸田をかばって、金山をたしなめた。幹事長の坂下も続けて言った。「確かに我が党の得票数自体は前回より少し増えているからな。幸田君の責任ではないだろう。問題なのは投票率が異常に高かったことと、その増えた票がすべて一党に回ったことだろう。あの素人連中をどうにかしないと、次は大ごとになるぞ。」勝本がそれに頷きながら言った。「その通りだ。一党を潰すには、あの一条を潰すことが手っ取り早いんだが…。だれかその辺に長けたやつはいないのか?」元総理大臣の上川が狡猾そうな笑みを浮かべて答えた。「私にあてがあるのでやってみましょう。」                                           上川は私設第一秘書の増田隆司に「一条潰し」を指示した。増田は上川の「裏の仕事」の一切を取り仕切っており、増田を知る人間からは、「増田に目をつけられたら人生が終わる」と恐れられていた。「金と女…これで落ちない人間なんていませんよ。スキャンダルぐらい、いくらでも作って差し上げます。」増田は右の広角を少し上げながら不敵に笑った。「ただ少し金はかかりますが…。」上川は満足そうに頷きながら言った。「それは問題ない。幹事長がいくらでも出す。これは党の一大事だからな。」「了解しました。必ずご期待に応えることができるかと思います。」増田は頭を深々と下げながら、すでに一条潰しの青写真を描いていた。

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