第11話 支持率

選挙戦に突入した直後、毎朝新聞が実施した、「政党支持率」に関する世論調査の結果に日本中が驚いた。民自党25%、野党第一党の立進党9%、そして一党・・・・42%。この結果を受けて、マスコミ各社は連日特集を組んだ。毎朝テレビの選挙特番でも、司会者の安田浩二が興奮気味にこの事実を伝えた。                        「みなさん、大変なことになりました。毎朝新聞の実施した世論調査で、あの一条健さんの率いる「一党」への支持率が民自党を大きく上回る42%であることが判明しました。他の新聞各社がその後行った世論調査の結果も同様の数字が出ています。           吉永先生、この結果をどう分析されますか?」明正大学の社会・政治学教授である吉永信は静かに話し始めた。「第一の原因は「無党派層」と呼ばれる人々が「一党」への支持に動き始めた事でしょう。有権者の約50%は「支持政党がない」もしくは「政治に関心がない」人々だったのですが、その半数が「一党」を支持するようになった。そして第二は、これまで民自党や他の野党に投票していた人たちの中にも、「一党」支持者が現れてきていること。これらの人たちは「どちらかといえば層」と呼ばれ、積極的に支持する政党はないけれど「どちらかといえば民自党の方がまし、野党のほうがまし」と考えてこれまで投票してきた人々ですが、今回は、積極的に「一党」を支持しているようです。」この言葉を受けて安田が言った。「なるほど、確かに民自党の支持率は10%、野党支持率も8%近く下がっていますね。この数字に無党派層の約半数である25%を加えると…43%、あっ、「一党」の支持率になりました!」 これを聞いていた元お笑いタレントの坂道登が言った。「この人たちが本当に「一党」に投票するのかなあ…「無党派層」って選挙に行かない人たちの事でしょ?いざふたを開けたらやっぱり民自党が強かった、となるような気がするけどなあ…。ずっと日本の政治を担ってきた安心感もあるしね。」吉永は先ほどより強い口調で反論した。「「無党派層」と呼ばれる人々は、今の政治家に何の期待もしていない、つまりあきらめている人達のことなんです。それが今回は希望を見出し動き出した。彼らは必ず投票に行きますよ。」坂道は少しむきになって言った。「戦後からずっと国民の多くが民自党を支持してきたんですよ。その民自党がポッと出て来たような人間に負けるとは思えないなあ。国民はそれほどバカではないと思うけど…。」吉永は冷たい視線を坂道に向けて言った。「逆ですよ。弱い立場の労働者を低賃金で酷使し、利潤だけを盲目的に求める今の資本主義体制とそれを推し進める政治がどれほど歪んだものであるのか、また、私たちの生活に必要不可欠な仕事に従事している、いわゆる「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる人たちをはじめとして人の役に立つ仕事をしている労働者が低賃金で苦しんでいるのに、私たちの生活に何の寄与もしていない(仕)事をしている者や、さらに悪化させていると思われる者が大金を手に入れ、贅沢三昧な生活を送っている。これはどう考えても理不尽だろうと国民は考え始めたのです。」「あの…それはどういった人たちのことなんでしょうか?」安田が真顔で尋ねると、吉永はきっぱりと言った。「それは「ブリシット・ジョブ」、日本語で「クソどうでもいい仕事」をしている人のことです。これはアメリカの人類学者「デビット・グレ―バー」の著書によって提唱された言葉で、その(仕)事は、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある(仕)事だけれども賃金が高い(仕)事のことです。具体例を挙げると、「いてもいなくてもいい、いやむしろいない方がいい管理職」これは企業であれ公務員であれ大量に存在していると思われます。また「何とかコンサルタントや何とかマネージャー」と呼ばれる業種。これらはいずれAIにとってかわられるでしょう。そして「無能な政治家」。これが一番「ブリシット」だと私は思います。」これを聞いた坂道は声を荒げながら言った。「国民の信託を得た政治家を必要ないと言うのですか?それは民主主義の根幹を揺るがす発言ですよ。撤回してください!」吉永は落ち着き払った声で答えた。「坂道さん、「国民の信託を得た」とおっしゃいましたが、果たしてどれほどの国民が支持しているかご存知ですか?例えば民自党の衆議院議員の場合、投票率60%でその過半数を獲得して当選したと考えれば、有権者の30%の得票率だということになります。そのうち約半数は先ほど言った「どちらかといえば層」だというのは統計学上明らかになっています。つまり積極的に民自党議員を支持しているのは国民全体の15%ということになる。この数字をもって「国民の信託を得た」と言えますか?さらに言えばその15%の人々は何がしらの利権や既得権益を守るために民自党を支持している。そのような支持基盤に支えられた政治家がその他大多数の国民のために働くはずがない。それが今の民自党政権なのです。」 坂道はさらに何か言おうとしたが、その前に司会者の安田が吉永に尋ねた。                                   「しかし、なぜ一条さんはこれほど人気が高いのでしょうか。他の党のように「マニフェスト」(政権公約)を出しているわけでもないでしょ?」                       「各党が選挙のたびに出している「マニフェスト」は国民受けする耳触りの良いことを書き並べただけのもので、その内容は具体性に欠け実現不可能なものばかりです。それに対し彼は、その言動で国民を引き付けている。国力が衰退し、失業者と貧困層が増え続けるこの国を、旧態依然とした政策で救うことはできない。しかし彼なら、彼の計り知れない能力なら、それが可能なのではないか、と国民は思い始めているのでしょう。」

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