第8話  出馬

日本のメディアがちょっとした騒ぎになっていた。世界初のニュース雑誌として有名な、あのアメリカの「TIME」の表紙を、無名の日本人が飾るというビッグニュースが飛び込んできたからである。その人物の名は…「一条健」。その特集ページでは、政治・経済からAI・ナノサイエンスまで、様々な分野における彼の独創的な発想と理論を、驚きをもって紹介していた。                                ワイドショーでも連日、一条のことを取り上げた。その一つ、「昼からドン」の名物司会者である大門庄司が、スクリーンに映し出された一条の写真を見ながら言った。「しかし一条健という人はどんな人物なんでしょうね。何かすべてが規格外で、すごいですよね。一度お会いしてみたいなあ…。」この番組のコメンテーターの一人で、作家の大前知子がつかさず言った。「私も会ってみたいわあ…めちゃくちゃイケメンだし。」「大前さん、よだれ出てますよ。ふいてふいて…。佐久間先生は何かご存知ないですか?」西城大学の政治学教授、佐久間太郎はにっこり笑いながら言った。 「知っていますよ。彼は私たちの世界では有名ですから。そして皆さんも彼のことを知っていると思います。」「え?私もですか?」大門が素っ頓狂な声で言うと、佐久間は答えた。「彼が「K」の管理者ですよ。」その言葉にスタジオ内がざわついた。「彼があの「K」の管理者なんですか? 今、日本中が注目しているあのサイトの…驚いたなあ…しかし先生、これテレビの前で言っちゃって大丈夫なんですか?」大門が慌てたように言うと、佐久間は涼しい顔で答えた。「大丈夫ですよ。別に秘密にしている訳ではないのですから。ただその事実を知っている者の間で、一条さんの名前は出さないほうがいいだろうという暗黙の了解があったんです。でも先日彼から「そのようなお気遣いは無用です」という連絡を受けましたので、今私がしゃべっている訳です。」その言葉を聞いて大門は興奮気味に言った。「これは大スクープですよ。あの「K」の管理者が「TIME」の表紙を飾った一条健だったとは…。今頃局の裏側は大騒ぎでしょう。ところで先生、一条健という人物はどんな方なんですか?」「そうですねえ…、一言でいうのは難しいのですが…、「非常識な人」ですかね。」そう言って佐久間は笑った。「先生…冗談ではなくて…」「ああ失礼、でもこれは冗談ではなくて、彼には常識が通じないんですよ。これまで人類が積み上げてきた政治・経済の悪しき常識が。彼の言動には全くブレがありません。すべてが一つのことに収束している。」「それはいったい何でしょうか?」「彼の論文から紹介させてもらうと、(政治・経済は、国民を豊かにするために存在しなくてはならない。国民を苦しめるシステムがあるなら、それは排除して新しいシステムに作り替えなければならない。)ということです。」「確かに、今の日本は「豊か」とは程遠い状況ですね。国民の20%が相対的貧困で苦しんでいますし、特に一人親世帯では50%以上が毎日の生活に困っているといわれています。」「おそらく実際の数字はもっと高いですよ。そしてこれからも、この数字は高くなっていくと思われます。日本はもはや豊かでもなければ、先進国でもない。なぜこのような国になってしまったのか、その原因がどこにあるのか、我々は真剣に考えなくてはならない。「生活に困っている人は可哀想だけど、所詮は他人事」今、安定した生活を送っている人達のこれが本音でしょう。しかしこのまま日本が衰退していけば、早ければ5年で、遅くとも10年以内には「他人事」ではなく「自分の事」になります。」佐久間の言葉にスタジオが一瞬静まり返った。大門がおずおずと尋ねた。「どうすればいいんでしょう…そう簡単に答えは見つからないと思いますが…。」「幸いにも「K」のおかげで、若者も含め国民の多くが政治・経済に関心を持つようになってきています。政府が知られたくない、つまり自分たちに不都合な事実を、一条さんが次々に明らかにしてくれたおかげで、今の日本の現状がどれほど危ないものかという認識が国民の間に共有されつつある。おそらく次の衆議院選挙に一条さんは出ると思いますので、彼の政策を注視しましょう。」「え!一条さんが衆議院選挙に出馬するんですか?」「ええ、20名ほどの仲間と出ると聞いています。」「これまた大スクープじゃないですか。明日からメディアは大騒ぎになりますよ。うちも番組編成変えなきゃ…。」

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