第4話 民自党の魑魅魍魎
民自党幹事長室に、坂下進幹事長をはじめ、党の各派閥の長たちが顔をそろえていた。 「それで、総理はいつ解散するつもりなんだ?」最大派閥を率いる金山一郎が第一声を上げた。坂下は少し考える素振りを見せ、「来年の春、5月の連休明け位じゃないかと思う。」と、しゃがれた声で答えると、金山は憮然として言った。「コロナの影響があったにせよ、この経済状況じゃあそこまでもたないぞ。コロナ給付や補助金でかろうじて生かされてきた中小企業の倒産が止まらないじゃないか。これからさらに増えるのは目に見えている。それだけじゃないぞ、大手の企業も危ないところが出てきている。失業率が10%を超えるのも時間の問題だぞ。」その言葉を受けて、第2派閥を率いる勝本洋が言った。「実際の失業率は、もうそれを超えているだろう。休職中の者は失業者には入らないからな。さらに問題なのは、労働者全体の収入が減少していることだ。正規雇用でも、残業なし、ボーナス減で年収が減っているだろう?非正規雇用に至っては、もう生活できるレベルを下回っているそうじゃないか。」そう言いながら勝本は、前総理大臣の上川登に冷たい視線を飛ばした。上川は勝本の視線をかわし、幹事長のほうを見ながら言った。「日本の給与水準がほかの国に比べて低いのは、私の内閣以前の問題です。私は最低賃金を1000円にしようとしましたが、経済団体の猛反発にあい、実現できなかった。当時、勝本さんも反対の意向を表明したはずですが…。」「内需が低迷してるときに人件費は上げられんだろ。」「それは今も同じです。勝本さんは先ほど賃金が低いことを問題視していた。矛盾していませんか?」「企業が存続できなければ国の経済は破たんするんだぞ。お前のところの井川は経産大臣だろうが。有効な経済浮揚政策の一つでも考えさせろ!」二人の間に割って入るように坂下が言った。「賃金を上げなければ国民が苦しい、賃金を上げれば企業が苦しい、まさにジレンマだな。しかしこのままでは次の選挙で勝てないぞ。今日はその話をするために集まってもらったんだ。」幹事長の言葉に勝本は、怒りを収めて渋い顔をした。「解散前に一発、現金を入れときますか?」選対委員長である幸田がそう言うと、金山が聞いた。「金額は?中途半端な額じゃ国民は動かんぞ。」「前回給付が10万円だったので、今回も10万円位はやらないとダメでしょうね。それと国民受けする女性候補を何人か出馬させましょう。」「だれかめぼしいのがいるのか?」「元アイドルの吉田聖子と、女優でワイドショーのコメンテーターもやっている木下彩を考えています。二人とも知名度は抜群です。」「その二人、おつむのほうは大丈夫なのか?」金山が頭を人差し指でコンコンとたたきながら言った。「まあそこは目をつぶりましよう。国民に顔と名前が知られていることが大切なんです。」「そうだな、こちらの言う通りに動いてくれればそれでいい。確かに票は集まるだろうな。よし、その二人、今回はうちから出馬させよう。前の参議院選挙で当選した、吉田都と佐々木律子は勝本さんに譲ったんだからそれでいいだろう?」金山の言葉に勝本は渋々承諾した。「まあ、いいだろう。あとは党の顔を誰にするかだが…。」少しの沈黙の後、坂下がつぶやくような声で「大賀総理の続投は…」と言いかけた時、勝本がその先を遮るように言った。「無いな。今の世論を見てみろ。支持率は20%を下回っているんだぞ。大賀で勝てるわけないだろ。」続けて金山も言った。「幹事長には悪いが、大賀では無理だな。こういう時で同情はするが……。それで、だ、うちの木本はどうだろう。奴は国民受けがいい上に、与野党問わず若手議員からも人気があるから、選挙も戦えるし、政権運営もスムーズにいくんじゃないか?」それを聞いていた坂下が即応した。「しかし彼は独断専行が多すぎる。党の決定に異議を唱えることもあったじゃないか。」「まあ、そういうところが国民に受けているんだから大目に見てくれ。おたくに大臣ポストを3つ用意するから。」坂下は金山の提案を受け入れ、他の者も同意したので、次の衆議院選挙では木本を「党の顔」つまり民自党総裁に据えて戦うことが了承された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます