第3話 後藤守 

「これもダメか…」後藤は東都大学ナノテクノロジー研究室で、自然界には存在しない電子特性を持った分子、つまり新たな分子を作り出す研究に没頭していた。これが成功すれば、現在のリチウム電池よりも、はるかに安価で蓄電能力が高い全個体電池の量産が可能となる。後藤が次の仮説実験に取り掛かろうとした時、研究室の入り口付近がざわついているのに気が付いた。近くでデータ入力をしていた新川女史が、イスごとこちらに寄ってきて小声で言った。「ねえ、後藤君、佐伯教授と一緒にいるあのイケメン誰?めちゃくちゃかっこいいんだけど!」そちらを見ると、身長は180センチ近くあり、引き締まった体に、1980年代に流行ったであろう少しゆったりとしたシャドウストライプのブラウンスーツを優雅に着こなした、30代前半と思われる男性が教授と談笑していた。「昔見た、[わたせ せいぞう]のイラストに出てくる男性のような雰囲気だな…」などと思いながら見ていると、その「イケメン」と目が合った。彼は一言二言教授に何か言った後、まっすぐこちらに向かって来た。   「後藤先生ですね、はじめまして、私は一条健と申します。今、全個体電池の研究をされていると佐伯教授から伺っていました。」そう言いながら握手を求めてきた姿を近くで見ると、男の目から見ても思わず見とれてしまうような「気品」に、一瞬、我を忘れてしまった。「はっ!」として、握手をしながら「後藤守と申します。失礼ですが佐伯教授とはどのようなご関係ですか?」と聞くと、「少し前に共同研究をさせていただいたことがあります。」と、微笑みながら答えてくれた。そう言えば2か月ほど前、教授がナノレベルの新たな半透膜を使って、これまでよりはるかに少ないエネルギーで大量の海水を真水に変える技術を発明した時、共同研究者の欄に彼の名前があったことを思い出した。「状況はどうですか?」と、突然尋ねられたので、どこまで話していいものかと考えながら説明していると、それを察したようで、彼から話してきた。「イオン電導率の高い固体電解質を探して、いや、作り出そうとしているのですね。」「ええ、その通りです。」「カギになるのはナトリウムとすずですか?」私は驚きながら尋ねた。「なぜその結論になるのですか?」「それは…」彼のナノテクノロジーに関する知識は驚くべきもので、私がすべてを話さなくても、その先の展開を言い当てた。さらに、各国がしのぎを削っている最前線の科学技術、特にAIに関する理論には思わず聞き入ってしまった。彼が研究室を去った後、佐伯教授から「彼は高校中退だよ」と、聞かされた時には唖然としたのを覚えている。教授は多くを語らなかったが、「彼は日本の高校を中退した後、世界中のあらゆる分野で活躍する著名な研究者たちの論文に対して、メールでその不備を指摘し、議論を交わすうちに研究室に招かれ、共同研究を行う、ということを繰り返しやっている。僕もその一人だ。」と、笑いながら話してくれた。「世の中にはすごい人がいるもんだなあ…」と思いながら、フッと横に目をやると、新川女史が恐ろしい目をしてこちらを睨んでいた。「どうしたんですか…?」「どうして私を紹介してくれなかったのよ!一生恨んでやる!!」(おいおい、新川女史は既婚者でしょうが……。」

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