第9話 嵐の前の・・

 スズメの鳴き声で目覚めた。小鳥のさえずりで目覚めるなんて、ハードボイルドな上にロマンチックで非の打ちどころがない漢だな、俺は。

【まだ寝ぼけてるね・・ ロマンチックが止まらないってか?】


せっかく気分よく目覚めた朝なので、身体のメンテナンスをすることに決めた。

まずは流し台で顔を洗って、そのままシャンプー。洗面器にお湯を溜めてタオルを浸してギュッと絞る。そしてシャツもパンツも脱いで全身くまなく磨き上げる。これを何度も繰り返すんだ。これが風呂もシャワーも無い場合の洗体方法さ。

特殊任務でシャワーも浴びられない場合の対処方法だ。俺のような特殊任務が多い探偵の場合には必須スキルってわけだ。

【いや、アパート追い出されたからシャワー使えないだけでしょ・・】


身体もスッキリして更に気分が良い。さて、時間は・・事務所の壁掛け時計は9時を指していて、左手のロレックスは8時50分を指している。そうだったな、お前もメンテナンスが必要だったな。ロレックスの針を9時に合わせる。やはり高級機械式腕時計のオーナーの醍醐味だな。

【だから、品質悪いだけだって。 あと、レロックス、な・・】


ふと俺は重要なことを思い出した。まだ10時前じゃないか、間に合うぞ!

急いで事務所を出た。当然、大家のタバコ屋の前とは反対側へ。

【だから早く家賃払えって・・】


 10分程歩いて小さな公園へ着いた。荷台に大きな段ボールを乗せた自転車がとまってる。居た居た、間に合った。

「よぉ、ベンさん、まだ良いのある?」

「お、探偵の旦那! あるよ。今日のお勧めはステーキ弁当だ」

ベンさんは賞味期限切れの弁当を集めて売ってる半ホームレスのオッサンだ。廃棄品を横流ししてくれるコネがあるらしい。俺はベンさんを、コンビニ前で一緒に酒を飲むオッサンに紹介されたんだ。ジュクはこういう情報網が大事なのさ。

【・・そうかな・・】

「ステーキか。良いね、見せてよ」

ベンさんが段ボールから弁当を取り出す。

「はいこれ、200円な」

「お、良いね、買うよ」


 早速事務所に戻ってお湯を沸かす。俺のとっておきの茶を入れるのさ。なにせ今日のブランチはステーキだからな。

ハードボイルドと言えば肉さ、厚切りステーキを切らずにかぶりつく、そしてバーボンで流し込む。最高の瞬間さ。

引き出しの一番奥から昆布茶を取り出して、マグカップに入れてお湯を注ぐ。いい香りだ、さぁ、ブランチにするか。

【廃棄品のステーキ弁当と昆布茶だぞ・・

 厚切りステーキとバーボンの話はどうなったんだ・・】


午後はラジオをつけてソファでまったりと過ごした。テレビは低俗な番組が多すぎるので見ない、ラジオの時間がゆっくり流れる感じが好きなのさ。

【テレビ壊れたけど買い替えられてないからね・・】


途中少しウトウトしながら夕方までソファーで過ごしてしまった。まぁ、ハードボイルドな漢は、こんな感じの日常に憧れるものなんだな。

【結局今日も新規の仕事の依頼が来なかったってことだよね・・】


さて、そろそろショータイムの時間だな。

ビル出入口の隣が大家のタバコ屋、それが駅へ向かう通常ルート。

俺は駅とは反対へ向かって歩き出した。そう、これで大家には見つからない、これぞ探偵の技だ。

【それ、もういいよ・・】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迷探偵朝倉 - Detective A S A K U R A - @Sakamoto9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ