第6話 迷宮の上野

 京浜東北線の始発に乗り込む。シートに座ると直ぐに睡魔に襲われた。

完徹か、ハードな夜だったな、流石の俺の身体も悲鳴をあげてるぜ。

【ワンカップ飲みながら公園のブランコ2時間も乗り続けたから、気持ち悪くなったんだよ・・】


 田端で乗り換えて新宿へ戻った。日の出直前のジュクは夜の街から昼の街へ入れ替わる瞬間、エヴァでいうと第3新東京市のビル群が出てくるイメージで、俺のお気に入りの時間なのさ。元NERFメンバーとしてな。

【NERFのくだりは意味不明だわ。。遂に壊れちゃったのか?】


 角を曲がれば俺の事務所兼セーフハウス。

お、大家がもう外を掃き掃除してやがる! 

俺は瞬時に踵を返して大家のタバコ屋の前を回避して事務所に戻った。

ヤシマ作戦で疲れ切っていた俺は泥のように眠った。

【いや、エヴァ関係ないから・・】


 昼過ぎに目覚めた俺は溜まっていた事務作業をこなしつつ、遅めのブランチを頬張った。今日のメニューは俺特製ペペロンチーノ。ただしガーリックの匂いは避けたいのでニンニク抜き、残念ながらお気に入りのエクストラバージンオイルも切らしているので天ぷら油で代用、唐辛子も切らしているので牛丼弁当についていた七味で代用した。料理に大切なものは臨機応変な応用力とアレンジ力なのさ。

【それって、単なるスパゲティの七味炒め。ペペロンチーノとは全く別物でしょ。

今時の貧乏学生でも、そんな貧相なモノ食べないって・・】


 さて、そろそろ出撃の時間だな。ビル出入口隣が大家のタバコ屋、それが駅へ向かう通常ルート。俺は駅とは反対へ向かって歩き出した。そう、これで大家には見つからない、これぞ探偵の技だ。

【早く家賃払えよ・・】


 田町の駅から10分程の雑居ビル、ターゲットの職場前、昨夜と同じ場所で張り込みを開始した。

時間は19時10分、今日も俺のレア物のロレックスは機械式腕時計の心地よい振動と共に正確に時を刻んでいる。

【え? 振動するほど品質悪いの? もうすぐ止まっちゃうんじゃない? 

 あと、レロックス、ね】


 ターゲットが出てくる。昨日と同じく新橋駅から京浜東北線に乗り込んだ。

新橋駅、ターゲットは降りない。俺の探偵センサーが警戒音を発している。今日はキャバクラ遊びじゃないぞ!

上野、ターゲットが降りた。探偵センサーは警告音に変わって、俺の全身にスクランブルが発令されている、ゲーム開始だ!


 駅を出てアメ横へ向かう。尾行は探偵の基本でもあり、俺の得意技でもあるのだが、この時間の上野駅前は人が多くて緊張を強いられる。

ガード下へ路地をまがった。少し遅れて俺もガード下の路地へ入る。が、ターゲットの姿が無い! 気づかれたか! こういう時こそ落ち着いて対処するのが探偵の極意。首を動かさず、目だけで周囲を検索。こんなところで走り出した人が居れば周囲の雰囲気の変化で分かるものなのだ。

だが、周囲に特に気になる気配はない。ターゲットは尾行の対処方法を心得た人物なのだろうか。資料によれば、軍、警察関連の経歴もないので、これはもしかすると何処かのエージェントである可能性も出てくる。プロが相手なら、反撃される可能性も捨てきれず、俺の探偵センサーは赤ランプを点灯させた。緊急事態だ。

まずは背中の安全を確保するため路地の端により、壁にもたれかかる。そしてエモノの用意、鞄の中の折りたたみ傘に手をかける。背中に冷や汗が流れ、緊張が続く。

周囲の飲み屋の外飲みスペースからは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。あの緩い空間と、俺の命の危機さえあるこの空間が同じ世界だとは思えない・・。

つい恨めしく飲み屋の客を見つめてしまった。

あ・・。 その時、俺の探偵センサーの警告音が消え、赤ランプも消灯した。

【ターゲット、飲み屋に居たんでしょ・・】

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