大誤算




「さぁ! たんとおあがりよ!」


 テーブルに並べられた、出来立ての料理の数々。

 彩り豊かで、匂いも香ばしく。

 その見事な手際は、普段から料理を作り慣れている証拠であった。


「ほう。中々に上出来じゃないか。」


「キララ、ほんとに料理できたんだね。」


 椅子に座る、カミーラとミレイの2人は。テーブルに並べられた料理に感嘆の声を上げる。


 そんな2人に褒められて。


「もっちろん! 狩人たるもの、捕らえた獲物は美味しく頂くべし、だからね!」


 気を良くしたキララは、とても良い笑顔で胸を張る。





 ミレイとキララが、カミーラの家でお世話になることが決まり。


 その日の夜。

 親睦を深めるためにも、3人による豪華な夕食が行われようとしていた。







 大きな酒瓶を、両手で抱えて。中身を一気に飲み干していく。

 息継ぎもなしに、人はそこまで飲み続けられるものなのか。

 酒瓶を持つ手は、どんどん上に上がっていき。

 カミーラは、あっという間に一瓶を飲み干した。


「ぷはっ、家で飲む酒がこんなに美味いとはな。掃除を頼んで正解だった。」


 その一部始終を目撃していたミレイは、開いた口が塞がらない。


 キララに関しては、特に気に留めてもいなかった。


「……正直、背中に翼が無かったら、とても天使とは信じられないです。」


 少なくとも今までの段階で、カミーラに天使らしさは欠片も見当たらず。

 あの翼もフェイクなのではないかと、ミレイは疑いの視線を送る。


「おいおい、わたしはこれでも”医者”だぞ? 本物の”白衣の天使”を前に、随分な言い草じゃないか。」


「……えっ? それって、新手のギャグですか?」


「ギャグなものか。わたしは正真正銘の医者だよ。まぁ、わたしが出張るのは、よほどの緊急時だがな。」


 酒をしこたま飲み、正常な思考が出来ているのかは不明だが。

 少なくとも、嘘を言っているようには見えない。


「まぁその緊急時というのも、この街ではからっきしだからな。基本的に、家で待機しながら酒を飲むのが仕事だ。」


 恐らくは、その言葉も本当なのだろう。


 果たしてそんな生活で、まともな収入があるのかと。

 ミレイは疑問を抱かずにはいられない。


「……あの、来週立ち退きとか言われたら、流石にしんどいんですけど。」


「ん? あぁ、心配するな。この街の領主とは旧友でな。金に関しては問題ない。」


 金どころではなく。明らかに、何かしらの権力が働いていた。


「それにこれでも、20年前までは普通に仕事をしてたんだぞ? 貯金だってある。」


「な、なるほど。」

(ということは、わたしが生まれた頃から、こんな生活送ってるのかよ。)


 目の前の天使の、筋金入りの堕落具合に。

 ミレイはこれ以上の追求を止めた。


「それで、お前たちは? 出身は何処なんだ?」


 カミーラに尋ねられ。

 ミレイだけでなく、キララも食事の手を止める。


「わたしは、東の方にある”ハイムガン”っていう小さい村の出身です。」


 キララの出身地には、それといった珍しさはなかった。


「えっと。わたしは日本っていう、異世界の出身なんですけど。」


「ほぅ、それは中々面白い。」


 酒を喉に垂れ流しながら。

 カミーラは2人の言葉に耳を傾ける。


「なるほどな。そういうコンビというわけか。」


 カミーラの中で、2人に対する興味が上昇する。


「お前たち、酒はいける口か?」


 明らかに、子供であろう2人に。カミーラは、いけしゃあしゃあと酒を勧める。


「えっと。わたしは20歳なので、飲めなくはないですけど。キララはまだ、15なので。」


「おいおい、そんな堅苦しくなるなよ。飲んでもせいぜい、”わたしみたいなバカになる”だけだ。」


「いや、それはちょっと。」


 反応に困る例えに、ミレイは苦笑いする。


「酒は良いぞ? むしろこれがないと、生きている意味がない。」


 その身体のどこに、それほどの容量があるのだろうか。

 カミーラの飲酒速度は衰えを知らず。

 綺麗に片付けたはずの部屋に、再び空き瓶が散乱し始める。


「空腹には、何週間か耐えたことがあるが。禁酒はまぁ、4時間が限度ってところだな。」


 ならば、一体どうやって睡眠を取るのだろうか。



「……ねぇ、ミレイちゃん。カミーラさんってもしかして、ちょっと”おかしい”んじゃ。」


「いや、最初からだろ。」


 何を今更、と。

 コップに入った水を飲もうとするミレイであったが。


 それを口に近づけた瞬間、手が止まる。


 色は水と変わらないが。

 明らかに、臭いが違う。


「……カミーラさん。これひょっとして、お酒なんじゃ。」


 今まで、喉が渇いていなかったため、気づくことは無かったが。


 罠は最初から、そこに仕組まれていた。


「なんだ、気づいたのか。つまらんな。」


 カミーラは悪びれもせずに、ただ残念がる。


「言っておくが、キララはさっきから、”ずっと”飲んでいるぞ?」


 そう、告げられて。

 ミレイがキララの顔を見ると。


 確かに通常時より、顔が赤くなっていた。


「いやまぁ、こいつ結構、普段から顔が赤いから。」


 キララは平常時からテンションが高いため。

 ミレイはその違いに気付けなかった。


「じゃあ、わたしからも質問があります!」


 異様なテンションで手を上げて。



「えっと、えっと。ミレイちゃんは、どうしてそんなに可愛いんですか!?」



 やはり、キララは酒に酔っていた。


「これでもシラフか?」


「まぁ、わりかしこんなテンションなんで。」


 確かにキララは酔っ払っている様子だったが。

 ほんの少し騒がしくなる程度だろうと、ミレイは高をくくっていた。



「そう言えば、わたしも質問があるんだが。お前さっき、20歳だと言っていたよな? お前の世界の人間は、みんなそんなに背が低いのか?」


 あまりにもストレートな質問に。ミレイは動きが止まる。


「ゴブリン族の血が混ざってるなら、まぁ納得はできるが。」



「……いいえ。単に、わたしが小さいだけです。」


「……そうか。すまんな。」









 カミーラと、キララの飲む酒の量も増えていき。

 非常に良い雰囲気のまま、夕食は進んでいく。


 そんな状況の中でも。自分だけは正常でいようと、ミレイは酒に手を付けてなかった。

 それでも十分、楽しさを満喫できていたから。



「――あ、そう言えば。着れそうな服は別に分けておいたんですけど。その中にどう考えても、サイズの合わなさそうな服があって。あれって、他の誰かのですか?」


 酒の進み具合が手遅れになる前に。ミレイは気になっていたことを尋ねる。


「あー。なんて言うか、わりかし適当に服を買うからなぁ。家に帰ってから、サイズが合わないことに気づいたりするんだよ。それで、そのまま放置というわけさ。」


「なるほど。」


 その心理は全く理解できないものの。とりあえずの理屈は分かった。


「それを踏まえてなんですけど。ちょっと、服の数が多すぎじゃないですか?」


「ゴミ山から漁るのも面倒くさくてな。ついつい、新しい服を買ってしまうんだよ。」


 そういう考え方故に。

 この家は、崩壊の道を辿ったのであろう。


「まぁ、着れそうな服があれば、2人に譲るよ。ミレイはともかくとして、キララならサイズ的にも近いだろうし。」


 そう言いながら。

 カミーラは2人の身長を見比べ。


「……うん?」


 キララの身体を見て、その動きが止まる。


 小さな違和感に、気づいたように。


「おい、キララ。ちょっと腕を見せてみろ。」


「へっ?」


 カミーラはキララの腕を掴むと、そのまま袖をまくる。



 キララの腕は、軽々と折れてしまいそうなほどに、か細いものだった。



「お前っ、ガリガリじゃないか!」


 医者としての、腐りかけの感が働いたのだろうか。


 カミーラは、キララが異常なまでに痩せていることに気づく。



 自分では怖くて、指摘できなかった所を突いてくれたため。

 ミレイは内心、ホッとする。



「……えっと。」


 当のキララ本人は、そもそも”何がおかしいのか”、という反応であったが。


 医者であるカミーラの表情は、真剣そのものであり。


 その瞳に”魔法陣”を浮かばせると。

 キララの服と、身体の表面を透視し。その内面をのぞき込む。


「おいおい、冗談だろう?」


 その、あまりにも”衝撃的な容態”に。思わず声が漏れる。



(こいつ、本当に”人間”か?)


 キララの体内では、”得体の知れない物質”が暴れまわっており。

 その影響で、全身の細胞が悲鳴を上げていた。


 周囲にも被害を撒き散らす、呪いのたぐいでは無いものの。

 少なくとも、人間の体内で起こるような現象では無い。



「……お前、”麻薬”とかに手を出してないだろうな?」


 カミーラは、真っ先にそれを疑った。

 だが、キララの反応は薄く。


「えっと。そういうのはちょっと、縁がないと言うか。」


「……わたしも、ここ数日の付き合いですけど。変な薬を打ってるとか、そんな素振りは無かったです。」


 ミレイもキララを信用していた。


「宿に泊まってる時も。なんかゴソゴソしてるなって思っても、”矢に塗るための毒”を作ってるだけだったし。」



「――矢の、毒?」


 その単語に、カミーラの医者としての感が反応する。



「まさかお前、その毒を”自分に使ったり”してないよな?」



 そう、指摘され。


 平静を保っていたキララの表情が、僅かに崩れる。



「……まぁ、”どれくらい強いかなぁ”って、自分で試してはいるんですけど。」



 それが、キララの”悪癖”であった。


「……なるほどな。それでこの身体か。」


 カミーラは合点がいき。


 同時に、安堵の息を漏らす。


「運が良かったな。”普通の人間”だったら、今頃、苦しみながら死んでるだろうよ。」



 そう。それはあくまでも、普通の人間の場合である。

 確かにキララの体内では、強烈な毒素が暴れ回り、全身の生組織を破壊している。


 だが、それを遥かに上回る勢いで、キララの中に眠る”潜在魔力”が、身体を正常な状態に戻していた。


 豊富な知識を持つカミーラにしても、それは”類稀な才能”としか思えない。



「ただまぁ、流石に毒素を取り込み過ぎだな。痩せてるのも、それが原因だろう。」


「……まぁ、確かに。ミレイちゃんと比べて、”ちょっと痩せてる”かな、とは思ってたんですけど。」


「いや、ちょっとじゃねーよ。」


 もう隠す必要も無い為。ミレイは容赦なくツッコんでいく。


「見てて心配になる程度には痩せてるぞ? お前。」


「えぇっ、本当に?」


 どういう判断基準なのだろうか。

 キララはまったくもって、自らの異常性に気づいていなかった。


「もう、毒を打つのは止めたほうが良いんじゃない? そうすれば、もっと綺麗になるって。」


 ミレイは本気で、キララの身体のことを心配していた。

 命に別条が無いなら、ひとまず安心ではあるものの。

 やはり、友達には健康で居てほしかった。


「う〜ん。とは言ったものの。」


 だが、キララの反応は芳しく無く。

 その苦悩が見え隠れする。



「……やめられない、とまらない?」



「完全に中毒じゃねーか。」


 その、どうしようもない現実に。

 ミレイは頭を抱える。


「えへへ。毒を浴びると、気持ち良いというか、ゾクゾクするというか。」


 もはや、キララに悪びれる様子はなかった。


「ふっ。わたしにとっての酒と、ほとんど同じだな。」


 カミーラも、もはや咎めようともせず。


「本人が好きでやってるんだから、もうそっとしておいたらどうだ? こいつの身体は特別だから、毒程度で死にはしないだろう。」


 むしろ、快楽を推奨する有様であった。


「あんた、ホントに医者か?」


「医者をやるのに、倫理は必要無いんだよ。」


 ミレイの正論は、この2人相手には通用せず。

 完全なるアウェイ状態に陥っていた。


「うぐぐ。」



 ”酒の力を借りた狂人”相手に、シラフの常人では刃が立たない。



「……でも、やっぱり。痩せ過ぎなのはちょっと、見てて心配になっちゃうし。」


 ミレイはもう、小さく呟くことしか出来ず。



 そんなミレイの様子を見て。

 キララも少々、ばつが悪くなる。



「……どうしてもって言うなら、止めてもいいけど。」


 下を向いたまま。キララは小さく呟く。


「その代わり、ミレイちゃんにはちょっと、”お願い”があるんだけど。」


 少々、恥ずかしそうに。キララは両手の指を絡める。


 そんな、年相応な反応を見て。

 ミレイも表情を和らげる。


「……はぁ。全く、仕方がないなぁ。」


 ミレイはキララよりも5歳も年上である。

 それ故に、年下の扱い方は分かっていた。


「それで、お願いってなに? 肩のマッサージとか?」


 だが、ミレイは侮っていた。

 キララという人間の、”本性”を。




「――ミレイちゃんの”オシッコ”、飲ませて欲しいなぁ。」




 そう、真っ直ぐに要求され。



「……は?」


 ミレイは、完全に停止する。



「ブフォッ!?」


 部外者であるカミーラは、その衝撃展開に酒を吹き出した。



 まるで、校舎裏で告白したかのように。

 キララは”澄んだ瞳”をしている。



 ミレイは、頭の中でゆっくりと言葉の意味を整理していき。

 同時に、汗が止まらなくなる。


「……おい、キララ。冷静に考えろよ? 普通、他人のオシッコなんて、飲みたいわけが無いだろう?」


 静かに、冷静に。

 ミレイは、目の前の酔っ払いを諭そうとする。


 だがしかし。



「そうかなぁ。よく分かんないけど、ミレイちゃんのオシッコなら、飲みたいかも。」



 キララの主張は変わらず。


 関係のないカミーラは、笑いが止まらなかった。



「へっ、変態じゃないか!!」


 ミレイのキャパシティも、すでに限界であり。

 目の前のキララが、別の”恐ろしいナニカ”に思えてくる。



「……やっぱり、そういう反応になるんだね。」


 少し、悲しそうな顔をしながら。


「ミレイちゃんなら、受け入れてくれると思ったのに。」


 キララはゆっくりと、ミレイの元へと近づいていく。


 恐怖から、ミレイは言葉を失った。


「おい、これでも酔っ払ってないのか?」


 自分には何の関係も無いため。

 カミーラは意気揚々と茶々を入れる。


「おっ、おい。ちょっと落ち着けよ。」


 ミレイが制止するも。

 キララの歩みは止まらない。


「そういうのはさ、もっと仲良くというか、親密になってからのほうが良いんじゃ。」


 やんわり止めようとするも。



「――今が、その時だと思わない?」


 残念ながら、キララのブレーキは壊れていた。



 じわじわと追い詰められ。

 ミレイは壁を背に、逃げられなくなる。


(どうしてこうなった!?)


 唐突に訪れた、抗いようのない運命に。

 ミレイは死を幻視する。


 だが。


「ははっ。相手は酔っ払いだぞ? お前も少しは、”バカになれ”。」


 カミーラが指を振るうと。

 コップに入っていた酒が、一塊となって宙に浮き。



 指の動きに沿って。

 ミレイの顔めがけて飛んでいく。



 当然ながら、ミレイにそれを躱すという選択肢は無く。



 パシャ、と。

 顔に酒を浴び。

 開いた口から、ミレイの体内に酒が入っていく。




 その瞬間。”世界の全て”が、ひっくり返った。







『じゃあね、ミレイ。”お願い通り”、5歳くらい若くしたから。』



 それは、いつかの始まりの記憶。



『その”カード”は、ミレイにしか扱えない。』



 決して忘れてはいけない、大切な記憶。





『――だからお願い。”この世界アヴァンテリア”を救って。』


 ミレイに課せられた、”約束”という名の使命。




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