腐りかけの天使




「ではこちらが、報酬の500Gとなります。」


 金貨の詰まった袋を。キララがソルティアから受け取る。


「ありがとうございます。」


 元気にお礼を言うキララと。

 何故か、その後ろに隠れたままのミレイ。


 その不思議な様子に、ソルティアは首を傾げる。


「何故、ミレイさんは隠れているのでしょう。もしかして、かくれんぼのつもりですか?」


「って、そんなわけ無いだろ。」


 ひょっこりと顔を出し。キララの背中に隠れたまま、ミレイは抗議する。


「あはは。実はミレイちゃん、昨日わたしが買った服を着てくれてるんですけど。どうにも恥ずかしいみたいで。」



 そう。今のミレイは、昨日まで着ていた高校時代の制服ではなく。

 この世界で購入した、新しい服を着用していた。


 だが、それがよほど恥ずかしいのか。

 キララの背中に隠れ、頬を赤く染めている。


「……なるほど。かなり、露出の高い服を選んだと。」


「いやー、そういうわけじゃないんですけど。妙に恥ずかしがっちゃって。」


 ミレイの顔は赤いまま。


「いや、いい服だとは思うよ? でもこういうのはさ、わたしには似合わない気がして。」


 そう、言いながら。

 恐る恐る、ミレイがその姿を見せる。


 しっかりとした上等の生地に、フリフリのリボン。

 精巧に作られた、可愛らしいデザインのワンピース。



 少女の憧れが詰まったような、素晴らしい服装をしていた。



 そんな、ミレイの姿を見て。

 ソルティアは少し驚いた様子。


「おや。これはまた、お可愛い。貴族のお嬢様かと思いました。」


「それって、褒めてるの?」


 ミレイの顔はずっと赤いまま。


「ええ、もちろんです。ミレイさんはご自分の身長にコンプレックスをお持ちのようですが。わたしからしてみれば、とても可愛らしくて羨ましいくらいです。」


「ああっ、分かります〜!!」


 ソルティアの言葉に、キララは強く共感する。


 そんな2人に見つめられて。



「――うううう。」



 顔を赤くしたミレイには限界であり。

 身を翻して、たまらずといった様子で逃げていく。



 その姿を、キララとソルティアは温かい目で見つめていた。


「それでは、失礼しますね。」


 ソルティアに挨拶し。キララはミレイの元へと向かっていく。






「ふふっ。」


 受付の奥へと戻り。

 先程の様子を思い出して、ソルティアは微笑んだ。


「……さて、ソニーちゃん。」


「なんですか? 先輩。」


 ミレイとさほど変わらない、もう1人の小柄な受付嬢に声をかける。


「わたしはこれから”別件”がありますので。受付の方をお願いします。」


 彼女にしては珍しく。その”別件”には、少々乗り気な様子であった。






「ねっ、言った通りでしょ? ミレイちゃん似合ってるって。」


 受付から逃げていき。

 ミレイとキララの2人は、新しい仕事を求めてクエストボードの前にやって来ていた。


「それは、嬉しいけど。でもこの服、都会のお嬢様とかが着てる服でしょ?」


 確かに、素敵な服ではあるものの。

 あまり、この街で見かけるような格好ではなかった。


「……ミレイちゃんに喜んでもらおうと思って、プレゼントしたのになぁ。」


 わざとらしく。キララが落ち込んだふりをする。


「――いっ、いや。すっごく嬉しいよ!?」


 ミレイには効果抜群であった。


「でもさ、この服もそうだけど、キララには世話になりっぱなしだし。」


 色々な意味で。

 ミレイには後ろめたさがあった。


「さっきの報酬だって。わたしの分は要らないから、キララに返すよ。」


 そう提案するミレイであったが。


「駄目だよ。それはフェアじゃないし。しかも昨日の依頼は、全部ミレイちゃんのお手柄でしょ?」


 紛れもなく。プーチャンの捕獲を達成したのはミレイなのだから。


「それに、お金のことは気にしないで。まだ貯金も残ってるし。クエストをこなしていけば、もっと余裕も出てくるよ!」


 キララは変わらずに笑顔である。

 それに、素直に励まされるミレイであったが。


「……とは言ってもなぁ。宿代もバカにならないし、なるべく報酬の良い仕事を選ばないと。」


 毎日の宿泊代と。食費や、その他諸々の費用。

 クエストをどんどんこなして行かなければ、まったくもってプラスにはならない。


 そういった思いで。

 なにか良いクエストは無いかと、探す2人であったが。


「あれ、これって結構良いんじゃない?」


 そう言って、キララが手に取った依頼を見てみる。




 Fランク『女性限定 家の掃除代行』

 家の中が汚くて、日常生活にも支障が出ている。1人か2人、女の冒険者なら誰でもいい。

 報酬金 250G

 カミーラ・フラン



「確かに。仕事内容の割に、報酬も悪くない。」


「女性限定の依頼だからね。わりと、こういうのが狙い目かも。」


 これこそが、今の自分達にベストな依頼であると。

 2人は直感する。


「よし、これにしよう。家の掃除程度なら、2人で協力すれば、ちゃちゃっと終わるだろうし。」


「うん。けってーい!」


 意気揚々と。2人はその依頼票を、受付へと持っていく。


 それが、”地獄への招待状”であると知らずに。







「何のようだ、ガキども。」



 クエストを受注し。

 街中にある、とある一軒家を訪れた2人だったが。


 扉を開けて早々、そう吐き捨てられる。


 家主であろう、真っ白い髪の毛が特徴的な若い女性に。


「あの、冒険者ギルドの者でして。依頼を受けてきたんですけど。」


 いきなりの第一声に、ミレイは出鼻を挫かれるも。


「”カミーラ”さん? で、あってますよね。」


 なんとか表情を変えずに、最後まで言い切った。


「うん? ……あぁ、そう言えば頼んでたな。」


 依頼人であるカミーラは、それほどその依頼を重要視していない様子。


「それにしても、まさかお前たちみたいな”ちんちくりん”が来るとはな。」


 ミレイに関しては、服装も相まって、もはや完全に子供にしか見えず。

 隣のキララも、ミレイよりかは大きなものの、やはりまだ子供の範疇に見えた。


「まぁ良いか。最近は散らかりようが酷くてな。まともに”羽根を伸ばす”ことも叶わん。」



 そう言うと。カミーラは、背中に隠していた、一対の純白の翼を広げた。


 天使のように、美しい翼を。



「おおっ。」


 初めて見る、恐らくは異種族であろう存在に。ミレイは驚きを隠せない。


 だが、それ以上に。



「――あ、あのっ。もしかして、”エンジェル族”の方ですか!?」



 キララの反応は、ミレイのそれを遥かに凌駕していた。

 まるで、憧れの有名人に出くわしたかのように。


「ああ、そうだが。見るのは初めてか?」


 目を輝かせるキララに対し。カミーラは冷静に対応する。


「はい! 実はずっと憧れだったんです。エンジェル族の人と会うのが。」


 乙女のように両手を合わせ。

 初めて見るキララの反応に、ミレイは意外な一面を見れたと感心する。


「そうか。まぁ、どう反応したら良いのか分からんが。とりあえず中に入ってくれ。話はそれからにしよう。」


 立ち話もあれだからと。カミーラは2人を家の中に招待する。

 それに対して、何の警戒心も抱かずに、ミレイたちはついていく。


 そして2人は、”絶望”を味わう事になる。






「うぅっ。」


 喉が、息が苦しい。

 まともに呼吸をすることすらままならず。胸がキュッと痛むような。

 致命的なまでの、”ヤバさ”を感じ取る。


 身体機能の何かが狂ったのか。

 いたる所から、謎の汗が流れ出る。


「まぁ。見ての通り、足の踏み場どころか、まともに立てるスペースすら無くてな。」


 その言葉に、一切の偽りは無く。


 カミーラの家は、おおよそ家と呼べるような代物ではなかった。



 視界に入るのは、その全てが”ゴミの山”。



 地面や床などという概念は存在しない。

 天井の下にゴミがあり、その間に僅かな生活空間が存在するのみ。


「ほとんどは必要のないゴミだから、捨ててもらって構わん。」


 ゴミ山を形成しているのは、その多くが”空っぽの酒瓶”や、食べかす等のゴミ。

 原型をとどめていない、くしゃくしゃのナニカ。

 ボロボロの紙くず。

 汚れた衣類など。


「ただ一つ、随分昔に入手した、”珍しい酒”が見つからなくてな。それだけは絶対に捨てないでくれ。」


 ゴミ山からは、形容し難い”強烈な悪臭”が漂っており。

 ミレイとキララは、拒絶反応からか謎の震えが止まらない。


「あれさえ無ければ、魔法で全部燃やしても良いんだがなぁ。」


 ナニカが、生息しているのだろうか。

 ゴミ山からは、時折カサカサと物音がしており。

 微かに蠢いているようにも見える。


「とりあえず、開けてない酒瓶以外は、全部ゴミだと思ってくれ。それじゃあ、掃除を頼んだぞ。」


 そう最後に言い残すと。

 カミーラは酒瓶を片手に持ち、ゴミ山の彼方へと消えていく。


 2人はしばらくの間、その場から動けなかった。






「ふぅ。」


 家の外。

 敷地内で、唯一無事な庭で、カミーラは酒を飲む。


 空は快晴で。とても心地が良かった。






 一方その頃、家の中では。

 ミレイとキララが、二人がかりでゴミ山に立ち向かう。


「……うぅ。うぇ。」


 たとえ、どんなに絶望的な状況でも。

 一つ、一つ、確実に処理していく。

 そう自分に言い聞かせながら、ミレイは震える身体を動かしていた。


(とりあえず、床くらいは見えるようにならないと。)


 どれだけ心を強くして。

 どれだけ冷静になろうとしても。

 身体の震えが止まらない。


 もうすでに、鼻が壊れかけているのか。匂いに関しては、ミレイは何も感じなくなっていた。

 しかし、震えからでも分かるように、身体は明確に拒絶反応を示している。

 瞳からは涙が滲み、鼻水だって止まらない。


 だがしかし。一歩でも踏み出してしまった以上、引き返すという選択肢は無かった。


「キララ、大丈夫? わたしはもう、変に慣れてきたけど。もしヤバかったら、外に出て休憩したほうが良いよ?」


 心配して、ミレイは声をかけるも。


 キララは手を止めること無く、ゴミ山に向かい合う。


「……大丈夫だよ、ミレイちゃん。大切な仕事なんだから、絶対に投げ出したりしない。」


 そう言って振り向く。



 キララの瞳からは、大粒の涙が溢れていた。



 それほどか、と。ミレイは愕然とする。


「おいっ、ホントに大丈夫か? めっちゃ泣いてるじゃん。」


 ミレイに心配されて。

 キララは涙を流したまま、優しく微笑む。


「……わたしね、ずっと憧れてたんだ、エンジェル族に。」


 それは、キララが小さい頃から抱いていた、純粋なる”夢”の話。


「魔法を自在に使いこなして、その翼でどんな遠い場所にも飛んでいける。」


 いつか実現にしてみたいと。

 そう、願っていた。


「ずっと、ずっと。憧れてたんだけど。」


 しかし、現実は非情である。



「……まさか、雲の上じゃなくて、ゴミ山の上で暮らしてるなんて。」



 砕かれた幻想ゆえに。

 キララの受けたダメージは、ミレイの受けたそれとは比べ物にもならなかった。



(あぁ、そういう意味の涙なのか。)


 キララのコンディションを確認して。改めてミレイは、そびえ立つゴミの山を見つめる。


 あまりにも大量なゴミの山。

 全てを麻袋に積めて、埋めるにしろ燃やすにしろ、どれほどの時間がかかるのか。


 キララの心を、守るためにも。


 この現状を打開する手段が、ミレイには一つだけあった。



 黒のカードを呼び出し、その手でかざす。



(――頼む来てくれ。ブラックホールとか、それに準ずる能力よ!)



 光の輪が発生し。

 その中から、新しいカードが誕生する。


 銀色の輝き。”3つ星”のカードである。


「これならっ。」


 手にとって、そのカードを見てみると。




『パンダファイター』

 格闘術を学んだパンダ。人を壊す術を知っている。




 その、震える手で。

 カードを握りしめたまま。


 ひざまずき。

 静かにミレイは、絶望した。


(……何なんだっ、格闘術を学んだパンダって。どういう世界観なんだよ。)


 もしも平常時であれば、面白いカードだと喜んでいただろう。

 だが今のミレイに、そんな余裕は微塵もなかった。


 あまりにも絶望的な敵に。嫌な汗が止まらない。

 頼みの綱のフェンリルを呼び出したところで、この悪臭の山には手も足も出ないだろう。



「わたしがやるしか、無いんだ。」


 自分の中にある、”根性ボタン”を連打する。



「うがぁぁ。」



 もう、これで終わったっていい。

 ありったけの根性で、ミレイは戦った。





 そんな、少女の叫び声を耳にしながら。

 カミーラは1人、優雅に酒を楽しむ。



「……中々に頑張るじゃないか。」


 第一印象は、おむつの取れたばかりのガキ2人、というものだったが。

 カミーラはその印象を改める。


「酒を買うついでに、差し入れでも用意してやるかな。」


 空になった酒瓶を置き。

 カミーラは、街へと繰り出していった。









 人が背伸びをするように。

 カミーラは凝り固まった翼を広げて、ジータンの街中を歩いていく。

 彼女の存在は、街の人々にとってお馴染みのものなのだろう。純白の翼に視線こそ送れど、誰も不思議に思わない。


 そして、あれ程のゴミ屋敷で暮らしているものの。

 彼女とすれ違っても、誰も彼女の臭いについて言及しなかった。


 それもそのはず。彼女はゴミの悪臭を、全て”魔法”によって誤魔化しているのだから。

 片付けを行えないズボラな性格ながら。変なところで、彼女は非常に器用であった。


 その完璧な魔法によって誤魔化され。この街の誰も、彼女の暮らす家がゴミ屋敷だとは知り得ない。



 そうして、酒を求めて市場通りへと向かうカミーラであったが。

 ふと、視線の先に見知った顔を見つけ。

 声をかけようと近づいていく。



「久しぶりじゃないか、ソルティア。また背が伸びたか?」


 カミーラが声をかけたのは、知り合いである冒険者ギルドの受付嬢。

 普段ならば、ギルドにこもっているはずなのに。今日は何故か、街中を歩いていた。


「おや、カミーラさん。珍しいですね、家から出てくるなんて。酒浸りはもう止めたんですか?」


「いいや。酒屋の届けた分を、全部飲み干してしまってな。しょうがないから、こうして羽根を広げているんだよ。」


「……わたし、カミーラさんが飛んでるところを、今まで見たことがないんですけど。その羽根で、ホントに飛べるんですか?」


「どうだろうな。シラフなら、まだギリギリ行けると思うが。使ってないと衰えるからなぁ。」


 2人は旧知の間柄なのだろう。

 他愛のない話に花を咲かせる。


「というよりも疑問なんだが、こんなところで何をしているんだ? ついに、別の職でも探しているのか?」


「あぁ、いいえ。ギルドの宿舎として、利用できそうな物件を探してまして。」


 ソルティアの手には一枚の紙が握られており。

 すでに、いくつかの物件を回っているようだった。


「ほぅ、わざわざ探す必要があるとは。それほど申請が多いのか?」


「いえ、別にそういうわけでは。宿舎を探しているのも、ほんの”2人だけ”ですから。」


「ほーう? ますます面白い。たった2人の冒険者のために、お前が動くとはな。」


 カミーラにとっても、それは珍しい行動であった。


「よほどのお気入りなのか?」


 そう、問いかけるカミーラに対し。

 ソルティアは少し考え。


「そう、ですね。この間入ったばかりの新人ではありますが、悪くはないですよ。」


 微かに微笑む。


「真面目で、可愛げもありますし。」


「……なるほど、な。」


 何となくではあるものの。

 ソルティアの指す冒険者達が誰なのか、カミーラには見当がついた。


「”昔の自分”と重なるか? その冒険者達は。」


 まだ幼かった頃の、ソルティアと双子の姉を思い出す。

 あの頃はまだ、ソルティアも仏頂面ではなかった。


「……いいえ、まるで違いますよ。昔のわたしは、何も知らない子供だった。でも彼女たちは、その”過酷な現実”を知った上で、冒険者になっているので。」



 白紙化したカードの持ち主であるキララと。

 今は4つ星の所有者であるものの、初めは何もなかったミレイ。



「ほんの少し、眩しすぎるくらいですよ。」



 理想を追う勇気を持てず。

 単なるギルドの受付嬢になった、自分とは違う。


 年代的には対して変わらないものの。

 あの2人の冒険者とは、精神的に距離が離れていた。


 自分という人間を、そう認識するソルティアであったが。


 カミーラからしてみれば、また違って見えていた。



「まぁ、部外者のわたしが言うことでもないがな。あの、”高慢ちきな姉”よりかは、お前のほうがよっぽど良い冒険者になれると思うよ。」



 そう、最後に言い捨てて。

 酒を求めるカミーラは、市場の方へと向かっていく。


 対するソルティアは、その場で立ち尽くし。


「……今更、何を。」


 拳を強く、握り締めていた。







「――よぉーし。帰ったぞっと。」


 酒と食料の詰まった袋を、器用に羽根で包んだまま。

 機嫌良さげに、カミーラが帰宅する。


「お?」


 何気なく、家の中を覗いたカミーラだが。


 ゴミの山だったはずの玄関と、その先に続く廊下が。

 ”綺麗な通路”として、ゴミひとつ無く続いていた。


「おおっ!」


 多少は片付けが進んでいるものかと、適当に予想していたものの。

 その予想は想像以上に裏切られ。


 廊下を進み、部屋を覗いていっても、どこにもゴミ山は見当たらず。


「ほほぉ。」


 10年ぶりくらいに拝む、”床という概念”にも驚きを隠せない。


 これほどか、と。

 カミーラが感心しつつ家の中を進んでいくと。



 どういうわけか。

 まるで、生き別れの姉妹と再開したかのように。



 強く抱き締め合う、ミレイとキララの姿があった。



 そしてその隣では、謎の”ジャイアントパンダ”が、2人の姿を見ながら号泣している。



 そのカオスな状態に。

 カミーラは言葉を失う。


「……お、おい。一体何をどうしたら、そんな絵面になるんだ?」


 カミーラが問いかけると。


 抱き合っていた2人が、ゆっくりとカミーラの方を向く。



 その2人の顔は、隣のパンダ以上の涙で溢れていた。



「生きてることが、何よりも嬉しくて。」


「うん。もう一度ミレイちゃんと抱き合えるなんて、思ってもなかったから。」



 それほどの言葉が溢れるほど。

 今日のクエストは、過酷な戦場だったのだろうか。


 家の外の庭には、ゴミを包んだ巨大な麻袋が、いくつも積み重なっている。



 すると、思い出したように。

 ミレイがテーブルに置いてある一本の酒瓶を手に取り、カミーラへと見せる。


「……これは、まさか。」


「はい。カミーラさんの言っていたお酒です。割れて無くて、安心しました。」


 ミレイから、手渡されて。

 懐かしい酒と、久方ぶりの再会を果たしながら。



(……まぁ、構わんか。)


 カミーラはあることを決意する。



「おい、お前たち。とりあえずは風呂に入れ。そんな格好だと、外にも出れないだろう?」


「あっ、たしかにそうかも。」


「完全に鼻が死んでたな。」


 ゴミ山との死闘をくぐり抜けて。

 ミレイとキララの2人は、少女としては完全に”アウト”な臭いを放っていた。


「風呂に入って着替え終わったら、荷物を全部ここに持ってこい。その間に、わたしは布団でも買ってくるよ。」


「えっ、それってどういう。」


 言葉の意図を、一瞬理解できないミレイであったが。



「――住む場所が、ないんだろう?」


 カミーラは優しく微笑んで、2人に問いかける。


「ゴミが片付いたおかげで、スペースにもだいぶ余裕が生まれたからな。」


 無論、理由はそれだけではない。

 ソルティアの言っていた”言葉”や、今日の”印象”などを踏まえた上である。


「空いた部屋、2人に使わせてやるよ。」


 そう、告げられて。




「「ホントですか!?」」


 少女たちは声を揃えて、その喜びを口にする。




 この世の地獄のような、最悪の依頼を乗り越え。


 2人は思いがけずに、住む場所を手に入れたのであった。



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