ケ・セラ・セラ
花の都ジータンに、新しい朝が来た。
植物たちは、待ちわびていた日光を存分に浴び。
人々も今日という1日を迎えられたことに感謝する。
カーテンの隙間から差し込む陽の光を浴びて。
少女、キララは目を覚ます。
ゆりかごの中で目覚めたかのような。そんな、得も言われぬ温かさに包まれて。
どうして、こんなに心地が良いんだろう。
そう考えるキララであったが。
一緒のベッドで寝ていた、もう一人の少女の姿を見て。
その理由を悟る。
「かわいい。」
まだ眠っているのを良いことに。
キララはミレイの顔に触れる。
「一緒に、寝たかったのかな?」
どちらかと言えば、キララがミレイのベッドに忍び込んだのだが。
お気楽な彼女の脳は、自らの都合よく解釈する。
「ミレイちゃん、朝だよ。」
本当は、もうしばらく彼女の寝顔を眺めたかったが。
今日は予定が詰まっているため、仕方なく起こそうとする。
だが、どうやらミレイの眠りは深いようで。
キララの声にピクリともしない。
「ギルドに行くんでしょ? 顔を洗って、着替えないと。」
身体を揺すってみせても、なおも変わらず。
「……もう。しょうがないお姉ちゃんだなぁ。」
キララはとても楽しそうに微笑んだ。
とにかく、心地が良い。
まるで、母親のお腹の中に戻ったような。
そんな原初の記憶すら蘇る。
振動で揺れてはいるものの。
不思議と不快ではなく、むしろ安心できる。
まだ夢の中にいるような感覚のまま。
ミレイは目を覚ました。
(……なんだろう、わたし。)
温かい何かに包まれて。
(わたし、何に乗ってるんだろう。)
そう、疑問に思って。
ようやくミレイは、自分が誰かに”おんぶされている”ことに気づく。
当然犯人など、1人しかいない。
「……なぁ、キララ?」
「あっ、ミレイちゃん。やっと起きたんだ。」
そう話しながらも、キララはミレイを背負うのを止めず。
お気楽気分で、朝の街並みを歩いていく。
「なんでわたし、おんぶされてるの?」
「いやぁ、声をかけても全然起きないんだもん。だから仕方な〜く、お着替えをさせて、ギルドまで連れて行ってあげようと思って。」
そこまでしようとする、キララもキララだが。
そこまでされても起きない、ミレイもミレイであった。
「おろしてよ。自分で歩けるから。」
こんな街の往来で、おんぶされたままなのは流石に恥ずかしい。
道行く人には、姉に背負われる妹にしか見えないだろう。
「気にしないでよ。もう少しでギルドに着くから。」
「ならなおさらだ! わたしは年上だぞ!」
残念ながら、力では敵わないミレイであった。
◇
冒険者ギルドの朝。
ギルドの中は、すでに活気で溢れていた。
冒険者には健康的な人が多いのだろうか。
女子供にちょっかいを掛けるナンパ者であろうと、仕事に対する姿勢は真面目な様子。
そんな中、ミレイとキララは受付へと足を運ぶ。
ミレイは若干、拗ねていたが。
「プーチャンの捕獲依頼ですね。無事に申請が通りましたので、クエストを開始して大丈夫ですよ。」
ソルティア、ではなく。
もっと小柄な、別の受付嬢が対応に当たる。
身長はミレイとどっこいどっこいであろうか。
「プーチャンは”虹の花畑”という場所に出没しまして。東門から街を出て、そのまま街道沿いに進んでいけば到着するはずです。」
その他、諸々の注意事項等を教えられ。
2人は万全の体制でクエストに挑む。
だが、そんな2人を。
小柄な受付嬢は少々不安げな様子で見つめていた。
「あの、もしかしてですけど。昨日、森の方で”とてつもない化け物”を召喚したのは、お二人でしょうか?」
「えっと。多分、そうだけど。」
ミレイが首を傾げると。
受付嬢は、一気に顔色を悪くする。
「はわわっ。あ、あの。あんまり、街中では呼び出さないほうが良いと思います。魔力の大きさもそうですけど。その、雰囲気があまりにも恐ろしいので。感覚が鋭い人にとっては、ちょっと刺激が強すぎると言うか。」
「は、はぁ。」
(そんなにビビることなのか。)
ミレイはその反応に驚きつつも。
何故昨日、ソルティアやギルドマスターが、あれ程の警戒をしていたのかを納得した。
クエストの確認を終え。
ギルドをあとにした2人は、街の東門へとやって来る。
「この道を真っ直ぐ進めば、虹の花畑とやらに着くのか。」
「そんなに遠くないはずだから。きっと、日が暮れる前には帰れるよ。」
仕事を終えたら、ミレイの服を買いに行く。
キララの思考は、もはやそのことしか考えていない。
「なら、ちょっと歩いて。途中から、フェンリルに乗っていこうか。」
街の側で召喚しては、またあの受付嬢を驚かせてしまうから。
ミレイはそこを配慮する。
「大丈夫かなぁ。」
だが、キララの場合は。
果たして、あの魔獣の背中に乗っても平気なのか、という不安が強かった。
「大丈夫でしょ。」
けれどもミレイは、何の心配もなく。
街から一歩を踏み出した。
「おいで、フェンリル。」
ミレイが黄金のカードをかざすと。
巨大な狼の魔獣、フェンリルが召喚される。
その佇まいは大人しく。
初めて召喚された時のように、激しい咆哮を放ったりはしない。
(……あれ?)
召喚されたフェンリルを見て。
キララは若干、違和感を覚える。
「フェンリル。わたしたちを背中に乗っけて、この先にある花畑まで走れる?」
ミレイが問いかけると。
フェンリルは小さく鳴いて。
姿勢を低くし、背中に乗るように促してくる。
「ありがとね。」
素直な忠犬に、ミレイは感謝を告げ。
「行こっか。」
虹の花畑を目指す。
風を、切っていく。
全身の筋肉を働かせて。
フェンリルは、その巨体であろうとも高速での走りを可能にしていた。
「……うっ、速い。」
我ながら、何故こんな選択をしてしまったのだろうと。
ミレイは軽く後悔していた。
それでも、後ろからキララが抱きついてくれているために。
ミレイはなんとか、泣き言を言わずに我慢する。
キララに関しては、特に怯えた様子もなく。
それどころか、むしろ安心している節すらあった。
「……ミレイちゃん。この子に、感情って有るのかな?」
不思議そうに、キララが質問する。
「……あ、有るんじゃない? なんとなくだけど、喜んだり、怒ったりとかしてる気がする。」
あまりのスピードに怯えながらも。
ミレイは質問に答える。
「初めて召喚した時は、多分すっごく怒ってて。逆に今は、なんだか楽しそう。」
「……うん。わたしも、そんな気がする。」
乗る前は、少し心配していたものの。
すでにキララは、フェンリルに安心して身体を預けていた。
「アビリティカードって、個体差とか有るのかな。」
キララは昔の記憶を思い出す。
「わたしの村にもね、大きな犬を召喚できる人が居たんだ。だけど、その人の召喚する犬は、なんだか”人形みたい”だった。確かに呼吸もしてたし、本物の生き物みたいだったけど。この子みたいな、”感情の起伏”は無かった気がする。」
だからキララは、とても不思議に感じていた。
アビリティカードにも、一種の個体差があるのか。
星の数によって、そういった条件も変わってくるのか。
それとも、全く別の理由があるのか。
ほんの少し、疑問に思うも。
「まぁ、いっか。」
結局の所、些細な問題であった。
フェンリルの駆けるスピードは非常に速く。
あっという間に街道を抜けていき。
「ミレイちゃん、あれ。」
「――うわぁ。」
現れたのは、まるで絵画のような絶景であった。
虹色の輝き。
陽の光を浴びて、燦々と咲き誇る色彩豊かな花々の丘。
とても模倣することの出来ない。
自然の生み出した”美”が、そこには広がっていた。
「これが、虹の花畑。」
その風景に、2人は圧倒される。
「……行こうか。」
「うん。」
フェンリルの背から降りて。
2人は、幻想的な土地へと足を踏み入れる。
召喚獣は役目を終え。
虹の花畑を歩むのは、2人の少女のみ。
ミレイの心は、何よりも穏やかだった。
虹の花畑。
来るまでは、なんてことのない場所だと思っていた。
花畑という存在は知っているし、それほど感動することもないだろうと。
しかし今、ミレイの心は”何か”を感じていた。
ずっと憧れだった場所に、ようやく辿り着いたような。
(……なんだろ、これ。)
感傷に浸るミレイであったが。
「――わぁーい!!」
はしゃぎまくるキララを見て、ふとに現実に戻る。
「まったく。子供だな。」
そう口では言いつつも。
ミレイは、はしゃいでいるキララを微笑ましく見つめていた。
目の前の、一つ一つに本気で向かい合える。
その純真さが、ミレイは好きだった。
花畑と、1人舞い踊るキララであったが。
するりと足を滑らせ、花の上に転んでしまう。
散った花びらが、風にのって飛んでいく。
「おーい。大丈夫かー。」
ミレイが近づいていくと。
キララは両手を広げて、大空を見上げており。
「うふふ。あははは!」
なにがそんなに楽しいのか。
ミレイには理解が出来なかったが。
その笑顔に、理由なんて要らないのだと。
キララの隣に、揃って寝っ転がる。
ただ、楽しかった。
花畑は綺麗で、確かに心を動かされるけど。
何よりも、キララと一緒なのが嬉しい。
1人じゃきっと。景色に感動するだけで終わっていたから。
(いい匂い。)
呼吸をすれば。柔らかな花の香りが心を満たしていく。
ジータンの街も、花の香りに包まれていたが。この場所はまた別格であった。
眠気が囁いてくる。
気がつけば、キララも眠り姫と化しており。
ミレイも抗えずに、まぶたが落ちていく。
(……仕事があったけど。まぁ、もう、いっか。)
昨日はとても疲れたから。
もう少しくらい眠ったところで、バチは当たらないだろう。
虹の花畑で、2人の眠り姫がまどろみに落ちる。
(……なんだろ。)
何かが、ミレイの身体に触っている。
ほんの僅かに触れるような。
気づかれないように、つっついているような。
そんなもどかしさを感じる。
(キララめ。ほんとにしょうがないやつだなぁ。)
出会って2日目だが。
すでにミレイは、キララという少女について、深く知り得ていた。
だが。ぺろりと、頬を舐められて。
「――うわっ、やめてっ。」
あまりに行き過ぎた行為に、ミレイは飛び起きた。
すると。目の前の存在と、ミレイの瞳が交差する。
そこに居たのは、キララではなく。
一匹の、ブタであった。
「……なんで、ブタ?」
ミレイの頭は、急激に冷え切っていき。
自分が、数匹のブタに取り囲まれていることに気づく。
だが、その事実を理解するのに、わずかばかり時間を要し。
把握したミレイは。
「ひっ、ひぃぃっ!? くっ、食われる!? わたしは餌じゃないぞ!?」
全身の毛を逆立てて。
まるで死ぬ寸前かのように飛び起きた。
目の前にいるのは、単なる”羽の生えたブタ”である。
人の命を貪るような、そんな恐ろしい魔獣ではない。
けれども今のミレイは、昨日の衝撃的な体験を経たことにより。
未知の生き物に対して、とっさに”極端な恐怖”を感じるようになっていた。
「ちょっ、キララ! キララ起きて!」
必死に助けを呼ぶも。
残念ながら、キララの反応は鈍く。
恐怖に染まったミレイの脳は、最大限の自己防衛を選択する。
「――フェンリルッ!!」
その呼声に。
狼の魔獣は、主を守るべく顕現する。
最大限の威嚇。
昨日の召喚を彷彿とさせるような、強大な咆哮を放ちながら。
すると、ミレイを囲んでいたブタたちは、一斉に羽根を広げ。
遙かな上空へと、一目散に逃げていった。
その様子を、ミレイはじっくりと見つめて。
ようやく、現実に。
命の危険など無いことに気づく。
「……ブタが、空を飛んでやがる。」
言えるのは、ただそれだけだった。
◆
「あははは。」
しっかりと目を覚まして。
事情を知ったキララは、苦笑いを浮かべていた。
対するミレイは、自身の失態に耐えきれず、うなだれている。
「……まいったな。まさか”あれ”が、依頼対象とは。」
そう。ミレイの前に姿を現し、今現在、上空を飛び回っている”羽の生えたブタ”こそが。
今回のクエストの目標である”プーチャン”であった。
プーチャンの群れは、先程のフェンリルの威嚇に怯えたのだろう。
まったくもって、地上に降りる気配がない。
「どうやって捕獲しよっか。」
キララがつぶやくものの。
プーチャンたちは遙か空の彼方。
フェンリルが姿を消しても、それは変わりない。
「特製の毒を打ち込めば、じわじわと弱らせて、地上に降ろせると思うんだけど。」
「なにか問題があるの?」
「うん。多分だけど、2度と動けなくなるかも。」
「……駄目じゃん。」
このクエストの依頼主は、プーチャンをペットにしたいのである。
それ故に、キララの毒は却下される。
「てか、キララって自分で毒を調合してるの?」
「うん。そうだけど。」
「ならさ、もっと弱い毒とか無いの? すぐ効果が切れるような。」
それは、当然の疑問であったが。
「う〜ん。なんて言えば良いんだろう。”刺激”、というか、”効き目”を重視して作ってるから。……そういう毒は、無いかなぁ。」
キララには、譲ることの出来ない”こだわり”があった。
「……フェンリルの跳躍力なら、なんとかなりそうな気もするけど。流石にリスキーだしなぁ。」
どうしたものかと。
ミレイは思考を巡らせて。
「あっ、そうじゃん。」
自らの持つ”手札”を思い出し。
ミレイは両手を広げると。
そこに、所有する”全てのアビリティカード”を出現させる。
「なにかないか、なにかないか〜」
子供が大好き、青狸メカのように。
ミレイは使えるカードがないかを探る。
「おぉー」
キララも、隣でその様子を見つめる。
一番最初に、4つ星である『魔獣フェンリル』を見る。
(まぁ、こいつは言わずもがな。)
その次に、3枚所有している3つ星のカードを見る。
4つ星と違い、カードの枠は銀色である。
1枚目は、『ザザの斧』
「武器かな。……まぁ、とりあえず出してみるか。」
ミレイが銀枠のカードをかざすと。
彼女の背丈にも匹敵する、巨大な斧が出現する。
それは重力そのままに落下し。
ずっしりと、地面にめり込んだ。
「いやいや、こんなん使えるかい。」
そう言いつつも、斧を握ってみるミレイであったが。
すると、その華奢な腕に掴まれただけで。
斧は軽々と持ち上がり。
ミレイは片手で振り回せてしまう。
「おぉ、軽い! おもちゃみたいだ。」
「すっごい。ミレイちゃん力持ち〜」
空気の詰まった、プラスチック製のおもちゃのように。
ミレイは軽々と斧を振り回す。
「わたしにも持たせて〜」
「うん。いいよ。」
そう言って、ミレイはキララに斧を手渡そうとし。
その手から離した瞬間。
途端に、”重さを取り戻したか”のように。
斧が地面にめり込んでいく。
「……へ?」
「いや、これ。すっごく重いよ。」
斧を持ち上げようするキララであったが。
彼女の細腕では、斧は到底持ち上がらなかった。
「3つ星のアビリティカードだからね。多分、持ち主だけが軽く扱える、”特殊な魔法”がかかってるのかも。」
「なるほど。」
フェンリルよりもレアリティが低いため、ミレイは軽く考えていたが。
3つ星とは言え、その能力は確かなものであった。
続いて、2枚めの3つ星を手に取る。
その名は、『悪食のムチ。』
「こいつならどうだろう。」
何気なく、カードを展開し。
それが、仇となった。
ミレイの手には、1本の細長いムチが握られ。
その胴体部分が、まるで生きているかのように動き出す。
そして、あろうことか。
「うわわっ!?」
悪食のムチは、所有者であるミレイの身体に巻き付いて来た。
意思を持った”触手”のように。
うねうねと蠢くムチが、ミレイの身体の自由を奪う。
「おいっ、こら! どこに入ろうとして!?」
自分の能力に翻弄されるミレイを。
「うわぁ、すごい……」
キララはどこか、魅入るように見つめていた。
「助けてくれ! こいつマジでヤバい!」
「あはは、ミレイちゃん。自分のカードなんだから、消そうと思えば消せるんじゃない?」
「あぁ! そうか!」
ミレイが念じると。
悪食のムチは消失し、ミレイは地面に放り出される
「……こいつは、危険だな。」
続いて、最後の3つ星カードを手に取る。
その名は、『フォトンバリア』
「これは魔法かな?」
ミレイがカードをかざすと。
彼女の目の前に魔法陣が描かれ。
光り輝く盾が出現する。
「おおっ凄い!」
わかりやすい魔法の発現に、ミレイは興奮を隠せない。
「さっきの斧もだけど。いざ戦闘になったら、すっごく便利な能力だね。」
キララも、その有効性に感心する。
「……まぁでも、”あれ”には届かないか。」
どれも強力な能力だが。
空を舞う”翼”の前には、揃って無力であった。
望み薄と知りつつも。
ミレイは残る低レアのアビリティカード、”銅色”のカードに目を通す。
2つ星のカードは2枚。
名は、『電動スケートボード』と『即効性キズ薬』
『即効性キズ薬』に関しては、重宝しようと考えるも。
『電動スケートボード』は、もはや世界観を間違えたとしか思えなかった。
残るは、1つ星のカードが4枚だが。
『地球儀』
『スッポンのぬいぐるみ』
『丈夫な布』
『ミニスタン』
という、ほとんどが雑貨屋で揃いそうな代物。
唯一、『ミニスタン』に関しては、雷属性の魔法という使えそうな部類であったが。
目の前の対象に、”静電気を発生させる程度の力”しか持たず。
実戦では、ほぼ無意味という結論となった。
「……どうしたものか。」
10枚のアビリティカードという、他者にはないアドバンテージを揃えたところで。
それで全てが上手くいくわけではない。
そう実感するミレイであったが。
「ねぇ、ミレイちゃん。さっき出した、ムチのカードを見せて?」
「うん? 良いけど。」
キララには、腑に落ちない部分があった。
渡された『悪食のムチ』のカードを。キララはしっかりと読み込む。
「あっ、やっぱり。このカードならいけるよ。……ほら、説明文をよく見てみて。」
キララに促されて。ミレイはカードの説明文に目を通す。
するとそこには、
『凶暴な植物モンスターを加工して造られたムチ。長さは伸縮自在で、獲物を自動追尾する。だが、獲物が居ないときに呼び出すと、勝手に所有者を襲い始める。』
と、書かれており。
「あ、ほんとだ。」
「でしょ? だって3つ星のカードなんだから。ちゃんとした使い方をすれば、絶対にミレイちゃんの助けになるはずだよ。」
そう、どんな能力であろうとも。
紛れもなく、ミレイを所有者と認めたカードなのだから。
所有者であるミレイにも、それを正確に扱う”義務”がある。
「……獲物をちゃんと、認識すれば良いんだな。」
何をして欲しいのか。それを正確に念じながら。
ミレイは『
「よし! アイツを捕まえろ!」
所有者の声に従い。
命令を受けた”悪食のムチ”は、青空へと向かって伸びていった。
◇
マスコットの形をした風船のように。
一匹のプーチャンが、縄に繋がれ連れて行かれる。
2人の少女は、行きの道と同じくフェンリルの背に乗って。
少々のんびりと、街への帰路につく。
宙に浮かぶ、太ったプーチャンを眺めながら。
ガッツリと肉が食べたいなぁ、と考えるミレイであったが。
「あっ、そうだ。」
思い出したように、”黒のカード”を出現させる。
「どうしたの? ミレイちゃん。」
後ろから抱き締める形で。
キララが問う。
「いや、昨日はあれから何も起こらなかったけど。今日は、どうかなって思って。」
「……昨日みたいに、カードが出てくるかもってこと? 流石にそれは無いんじゃ。」
いくらなんでも、と。否定するキララであったが。
「どうだろう。」
ミレイには、なんとなくの”確信”があり。
黒のカードをかざすと。
その頭上に、昨日と同様の”輝く輪っか”が発生し。
輪っかの中から、銀色の新たなる”3つ星カード”が出現する。
「……うそ。」
再び起こった奇跡に。キララは言葉を失う。
新しいカードの名は、『ドリロイド』
説明文を読むに、腕にドリルが付いた、採掘用のロボットを召喚する能力だと推測できる。
「じゃあ、その黒いカードは、カードを無限に生み出せるってこと?」
「そう、なのかな。」
ミレイ本人にも、この”黒いカード”の正体は分からない。
何のデメリットもなしに、アビリティカードという特別な物を生み出す。
そんな”チートじみた”現象が、まかり通るものなのか。
星を持たず、色も真っ黒。
果たしてこれを、他と同じように”アビリティカード”と分類しても良いのか。
そう悩みつつも。
ミレイは、適当にカードを振ってみる。
しかし、それ以上の事は何も起きず。
「……回せるのは、1日1回か。」
少しずつではあるが、黒いカードの仕組みを理解していく。
「――回す? 何を回すの?」
「あっ、いや、……出す! カードを出すの間違いだった。」
キララに質問されて。
ミレイは、とっさに誤魔化した。
”ガチャを回す”。
その意味を異世界人に説明するのは、恐らくは宇宙の話をする以上に難しいだろう。
(……しっかし。わたし、完全にソシャゲに染まってるな。)
昔は、純粋なゲーム脳だったというのに。
社会人となり、孤独を得たミレイの脳は、駄目な大人のそれになっていた。
給料の大半は、ソシャゲと高級寿司に消えていく。
他にやることが無かったとは言え。
愚かの極みだったと、ミレイは反省する。
(このクエストを終えて、報酬を貰って。その”お金”って、何に使えば良いんだろう。)
ミレイはふと、疑問に思う。
以前の世界だったら、間違いなくゲームにつぎ込むのであろうが。
この世界にはゲームは存在せず、課金などという概念すら無い。
どちらかと言えば、”ゲームの中の世界”のほうが近いのだから。
(もしゲームだったら、武器とかアイテムに使うんだけど。)
一度、疑問に思ったら。
ミレイは思考の沼から抜け出せなくなる。
結局は、”不毛”な考えであるというのに。
「ミレイちゃん、どうかしたの?」
黙り込むミレイに、キララが声をかける。
「いや、ちょっと悩んでて。」
そう答えるミレイであったが。
対するキララは、ニッコリと笑う。
「大丈夫だよ! わたしが”最っ高に似合う服”を選んであげるから!」
アビリティカードに、黒のカード。
そして、この世界での生き方について。
ミレイが、そんな小難しいことを考えている間。
最初からずっと、キララは”そのことしか”考えていなかった。
「……そっか。なら、安心かも。」
ミレイは頭を空っぽにして。
後ろにいるキララに、体重を預ける。
(とりあえず、世話になった分を返さないと。)
1人で悩んだところで、きっと意味など無いのだろう。
世界はもっと、単純なのだから。
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