終わりと始まりの歌




「えっ、空いてないんですか?」


 ギルドマスターに呼ばれ、異界の生物についての話を終えたあと。

 ミレイとキララは、ソルティアと今日泊まる場所について話していた。


「はい。昼間にうちの職員が調べたそうですが。やはり、宿舎はどこもいっぱいのようですね。」


 ミレイよりも早く。キララは昨日の夜に、この街に到着していた。

 その際に、冒険者登録を行い、それと同時にギルドの管理する冒険者用の宿舎の利用を申請していたのだ。


 だがその結果、そもそも宿舎に空きが無いことが判明したのである。


「無理をすれば、無いことも無いですが。とても女性を住まわせられるような環境ではないと思うので。」


 冒険者の多くは男性である。そんな彼らが大勢住んでいる場所に、まだ若い少女を住まわせる。

 そんな判断は、薄情なソルティアでも気が引けた。


「また、わたしの方でも探しておきますので。しばらくの間は、どこか別の場所での宿泊をお願いします。」


 とのことで。

 ミレイとキララは、冒険者向けの宿舎ではなく、別の宿泊場所を探すしかなくなった。




「はぁ。……とりあえずは、また宿屋かな。」


「宿屋だと、何かまずいの?」


「うん。やっぱりお金がかかるからね。1〜2日なら、特に問題は無いんだけど。長期滞在をするなら、絶対に宿舎のほうがお得だよ?」


 新米冒険者である2人にとって、お金は切実な問題であった。


「多分だけど。この街って、よその土地から冒険者志望の人が来ることを想定してないんだと思う。普通はみんな、もっと仕事のある街で冒険者になろうとするから。」


「へぇ。じゃあ、なんでキララはこの街に来たの?」


「うん。とりあえず、村から一番近かったから。」


「……まぁ、大事だよね、そういうの。」


 かつては自分も、実家近くの職場に通っていたため。

 ミレイにはその気持ちが理解できた。







「ほら、ここだよ。わたしが泊まってる宿。」


 そう言って、2人がやって来たのは、ギルドから少し離れた場所にある一軒の宿屋。


 大きなお屋敷のような外観で。

 やはり、他の建物同様に木や花が絡みついている。


「二人部屋に変えられたら良いんだけどねぇ。」


 キララに続いて、ミレイも宿に入っていく。


 宿の中は明るく、そして暖かかった。

 庶民感とでも言えば良いのか。

 人の暮らす家と言っても違和感がないような。素敵な宿だと、ミレイは思った。


「綺麗なところだね。」


「でしょ? 宿泊代もそんなに高くないし。良い宿だと思うよ。」


 壁や天井を見つめるミレイであったが。


 とある存在に目を奪われる。

 小さな、まるで虫のような羽根を羽ばたかせ。

 宙を舞う小人のような人たち。



「……ねぇ。あの小さくて、羽根の生えてる人間は?」


「あぁ、フェアリー族だよ。森に暮らす人々。この街は自然がいっぱいだから、フェアリー族にも人気があるのかも。」


「へぇ。」


 宿屋の従業員なのだろうか。

 1人のフェアリー族の女性が、身体に匹敵するほどの大きな鍵を持って、懸命に運んでいる。


「……かわいい。」


 ミレイは小さく呟いた。




「よう、嬢ちゃん。今日も泊まるのかい?」


「はい。まだ宿舎が見つからなくて。」


 キララが宿屋の主人と話す。


「それと、友達も一緒なので。出来れば二人部屋が良いんですけど。」


 紹介されるような形で。

 キララの後ろから、ひょっこりとミレイが登場する。


 まるで、姉の後ろに隠れる妹のようだと。

 我ながらミレイは思った。


「おやおや、また可愛らしいお嬢ちゃんだな。」


 実年齢は20歳でも、その見た目はキララよりも幼く見えるため。

 主人は微笑ましく対応する。


「もしかして、君も冒険者かい?」


「ええ、一応。」


「こりゃ驚いた。若いのに偉いねぇ。」


 完全に子供扱いされていたが。

 色々と訂正するのも面倒なので、ミレイは甘んじて受け入れる。


「いいよいいよ、君たちにはサービスだ。二人部屋にして、宿泊代は半額にしよう。……他には内緒だぞ?」


「ええ!? ありがとうございます!!」


 思いがけない幸運に、キララは素直に喜んだ。


(宿代が、半額だと!?)


 男嫌いだと言うのに。


 時には、美しい花のような笑みを浮かべられる。


(……キララ、おそろしい子。)

 

 隣りにいたミレイは、ただただ驚くのみであった。





「こちらがお部屋となります。」


 フェアリー族の従業員に案内され。

 ミレイたちは宿泊する部屋へとやって来る。


「どうぞ、ごゆっくり〜」


「ありがとね〜」


 同じようなテンションで。キララが去りゆく従業員に手を振る。

 ミレイは大人な反応で、軽く頭を下げた。



「へぇ。結構いい部屋じゃん。」


 案内された部屋は、少女2人にとっては十分すぎる広さであり。

 何よりも清潔感が感じられた。

 あのフェアリー族の人たちが、清掃を行っているのだろうか。部屋はとても綺麗に保たれている。


 ミレイが部屋の様子に感心していると。


「うわ〜い!」


 まるで誕生日の子供のように。

 テンションの高いキララが、ベッドへと飛び込んだ。


「疲れたし〜、ふわふわ〜」


 布団と枕をぐちゃぐちゃにしながら。キララはベッドの上ではしゃいでいる。


(ふっ、子供だな。)


 本当は自分も飛び込みたい気分であったが。

 見た目的に”ガチの子供”っぽくなってしまうため、ミレイは踏みとどまった。


「なるほどなるほど、これは中々の寝心地と見ました。お姉ちゃんとして、このベッドは譲ってあげましょう。」


「いや、そこは自分で使えよ。」


 本当に楽しいのだろう。

 キララのテンションはとどまる所を知らない。


 ベッドだけでなく、部屋のいたる所を探索する。


「うわ、お風呂もちゃんとしてる!」


 これが若さか、と。年の差を実感するミレイであったが。


「ねぇミレイちゃん、一緒に入ろうよ!」


「えぇ……」


 逆らえない、魔の手が忍び寄る。









「……ふぅ。」


 温かいお湯に浸かって。

 ほっと小さな、ため息が漏れる。


 お湯を通して、1日の疲れが流れていくような。

 そんな、得も言われぬ感覚に包まれる。


 子供の頃には、このありがたみを理解できなかった。

 だがしかし、今は違う。

 ミレイはもう、20歳の大人なのだから。


「……むぅ。」


 裸の自分を抱きしめて。やはり身体が縮んでいると、ミレイは改めて実感する。

 この世界にやって来たのが原因か。異界の門とやらが関係しているのか。

 何故か、高校時代の制服を着ていたのも合わせて、解決しない謎が存在している。


「……はぁ。」


 しかし、考えたところで仕方がない。なにせ世界そのものが違うのである。

 魔法やアビリティカードなどという物が存在しているため、それに比べたら些細な違和感に過ぎない。

 何日か経てば、気にならなくなるだろうと。ミレイは考えることをやめた。



「――ミレイちゃん、入るね〜」


「んー」


 お風呂の気持ちよさに。ミレイは半分ほど溶けかけていた。


 扉を開けて、キララが浴室に入ってくる。

 そんな彼女に、ミレイはなんとなく視線を送って。



「……ん?」



 思わず、固まった。

 まるで、信じられないものを見てしまったかのように。



(こいつ、服の上からは分からなかったけど。)


 ミレイの視線は、キララの身体に釘付けとなる。




(――や、痩せ過ぎだろ!?)




 キララは、ミレイが軽く引いてしまう程に痩せていた。


 普段の彼女は、”ゆるふわ狩人系”のファッションをしており。身体のラインが見えづらい格好をしていた。

 それ故に、今まで気づいていなかったのだが。


 昼間食べていた、あの肉の塊はどこへ消えたのか。そう尋ねたくなるほど、彼女の肉付きは貧相で。

 枯れ木のように、クシャリと折れてしまいそうだった。


 その、思いもよらない真実に。ミレイが唖然としていると。

 身体を洗っていたキララが視線に気づく。


「うん? どうかした?」


「……い、いや。なんでも無い。」


 ガリガリじゃないか、そう口に出したいミレイであったが。

 その理由を聞くのも怖かったため、固く口を閉ざすことにした。



「えへへ。失礼しま〜す。」


 身体を洗い終わり、キララが湯船に入ってくる。

 ミレイとは向かい合わせの体勢である。


「……はぁ。あったかぁい。」


 ミレイ以上の勢いで、キララが湯船に溶けていく。

 このまま死んでも悔いは無さそうな、そんな笑顔をしていた。


(……憎らしい顔しやがって。)


 キララにつられて、ミレイもリラックスモードに入る。


 痩せている割に、キララの胸は中々に主張が激しかったが。

 ミレイは気にしないことにした。


 お互いに黙り込み。

 ただひたすらに、お風呂に身体を癒やされる。


 死と恐怖と対峙して。

 あまりにも現実離れした1日ではあったが。

 温かいお湯に浸かれば、不思議とそれも些細なことのように思えてしまう。



 ミレイとキララ。2人の瞳が見つめ合う。



 気恥ずかしそうに、視線をそらすミレイであったが。

 キララはそっと見つめたまま。



「ミレイちゃん。今日は、本当にありがとう。」


 静かな、キララの素の一言であった。


「ううん。わたしの方こそ、感謝してもしきれない。」


 溶け出した2人の心が、ゆっくりと繋がっていく。

 温かく、よどみなく。


「実はわたしね、すっごく不安だったんだ。わたしみたいのが、本当に冒険者なんてやっていけるのかって。」


 同じ夜でも、昨日は1人だったから。


「でもそう思ってたら、わたしよりも小さな子が冒険者になってて。凄いな、わたしも頑張らないとなって、元気をもらったんだ。」


 その本人の前だというのに。

 キララは恥ずかしげもなく、胸の内を告白する。


 するとミレイは、優しく微笑んだ。


「わたしもそうだよ。きっと1人じゃ怖かっただろうし。キララと一緒だから、今日は頑張れた。」


 1人では不安で、立ち止まりそうな困難だったとしても。

 隣に誰かが居れば。喜びも悲しみも、何だって分かち合える。

 大好きなゲームと、同じように。



 ミレイの目の前には、冒険者という名の大きな道が続いている。


 道にはいくつもの選択肢があって。

 そして今も、1つの道を選ぼうとしている。




「ねぇ、キララ。もしよかったら、何だけど。これからもわたしと一緒に、”コンビ”でやって行かない?」




 誰かを誘う。

 それはミレイにとって、初めての経験だった。


 元の世界では、仲の良い友達なんて1人しか居なかったし。

 その1人に関しても、物心が付く頃にはすでに関係が出来上がっていた。


 誰かを、”自分の世界”に入れることも無ければ。

 逆に、誰かの世界に入ることも無い。


 1つだけしか無い小さな世界を、大事に大事に抱えて。

 それが壊れた時のことを、考えることなく満足する。


 それが、ミレイという人間の生き方であり。

 今まさに、変えようとしていた。



 問いかけるミレイに対して。

 キララは、目を大きく見開くと。




「――うん! もちろんだよ!!」




 その華奢な腕で、ミレイの小さな身体を抱き締めた。



「うわ、ちょっと。抱きつくなよ。」


「もぅ〜、恥ずかしがらないでよぉ〜」


 顔に押し付けられる異物に、顔を真っ赤にしながら。

 それでもミレイは、満更でもない様子であった。


 こういう、裸の付き合いというものにも、微かに憧れていたから。



「良いんだよ? わたしをお姉ちゃんだと思っても。」


「いやいや、ちょっと待て。」


 揉みくちゃにされながらも。

 ミレイの理性は、その発言を見逃さなかった。


「そもそもキララって、年いくつなの?」


「えっ。……”15”、だけど。」



 自分を抱き締める、キララの年齢を知ると。

 その身体を押しのけて。



 ミレイは堂々と胸を張って立つ。



「おい! わたしはこれでも20歳だぞ? どちらかと言えば、お前がわたしをお姉ちゃんと呼ぶべきだ!」



 ずっと訂正したかった事を言い。

 ミレイは年上としての威厳を見せつける。



 だが、悲しいかな。

 小柄なミレイの身体には、どれだけ頑張っても、”小学6年生の平均身長”を上回れなかったという実績があり。

 対するキララの身体は、年齢相応の身長に加え、ミレイの得られなかった”追加装甲”すら有していた。


 そのあまりの対比に。

 のぼせていたミレイの頭脳は、急速に冷静さを取り戻し。



「……ほんとだよ?」


 なんだか、泣きたくなった。







「ふぅ。」


 ベッドに倒れ込んで。

 ようやくミレイは、今日という1日が終わるのだと確信する。


「ふかふかぁ。」


 キララに関しては、突っ伏した状態から、すでに一歩たりとも動けそうにない。

 それほどの魅力が、このふかふかのベッドには存在している。


 一度眠りについたら、2〜3日は平気で眠っていられる。

 そう自負するほどの疲労が、今の彼女たちには溜まっていた。



「……あれだぞ? 明日は朝ギルドに行って、クエストの申請を確認しなきゃだぞ。」


「わかってうよぉ。ミレイちゃんの服も買わないとだしぃ。」


 キララはすでに、活動限界ギリギリであり。

 そんな様子を、”年上のお姉さん”であるミレイは、微笑ましく思う。



(……そろそろ寝るか。)


 布団に潜り込むミレイであったが。

 つい、いつもの癖で、枕元に置いてあったスマホを確認してしまう。


 相変わらずの圏外で、ネットにも繋がらない。

 おまけに、バッテリーも切れる寸前であり、最低限の機能すら終わろうとしている。


(まぁ、いっか。もう会社からの連絡に怯えることもないし。)


 ミレイにとって、寝る寸前にかかってくる電話ほど、恐ろしいものはないのだから。



 これまでの全て。

 頼ってきた文明に、別れを告げる。



 だが、最後に。


「……ねぇ、キララ。ちょっと音楽かけていい?」


「……おんがく? いーよー」


 お眠なキララの了承を得て。


「ありがと。」


 ミレイはスマホを操作し、お気に入りの曲を再生した。



 それは、とあるゲームのエンディングテーマ。


 1人用のゲームだけど、友達に勧められて買った思い出の作品。


 美しい世界観に、魅力的なキャラクター。

 そして、心を動かされる壮大な物語。



 かつてミレイを虜にした、一つの冒険ゲームの終わり。


 そして、これから始まる未知なる冒険ゲームの始まり。



 さようなら。

 わたしの世界、わたしの音楽。



 これからわたしは、この世界で生きていく。



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