クエストと、異変
アヴァンテリア。
そこは、魔力に満ち溢れた楽園のような世界。
至るところ、しいては空気中にすら魔力は含まれており、あらゆる物質に魔力は浸透する。
それ故、この世界に生きる生物は、みな大なり小なり魔力の影響を受けて成長している。
人間たちはその力を自覚し、”魔法”を扱うための術へと昇華させた。
そして他の生き物たちは、理を超えしモノ、”魔獣”へと進化した。
◇
そこには1つの”顔”があった。端正な顔立ちをした男の顔である。
眠っているのか、その瞳は閉じられている。
その顔は不思議なものに囲まれていた。彼を守るように存在する、無数のトゲである。
彼はトゲを毛皮のように着込み、瞳を閉じる。
その顔は何もしない。ただ、そこに存在するだけ。
「あっ、見つけたかも。」
少女の声が聞こえて。
するとその顔は、巨大な人間の手によって掴まれる。
トゲの中から抜き取られ。少女の手に掴まれたその顔は。
”大きな栗”のような形をしていた。
「キララー、こいつで合ってる?」
新米冒険者のミレイは、拾った”人面栗”を掲げ。
少し離れた場所に居たキララに見せる。
「あっ、そうそう。それで合ってるよ。」
キララがミレイのもとに近づいてくる。
二人して、手に入った”人面栗”を見つめる。
「うぇ、……気持ちが悪いね、これ。」
「だな。こいつをあと4つも集めないといけないのか。」
2人は、面倒くさそうにため息を吐いた。
ミレイたちが訪れているのは、ジータンの街と目と鼻の先ほどの距離に存在する森、”ホロホロの森”である。
手頃ですぐに終わらせられるクエストとして、ミレイたちはFランククエストである、”人面栗の採取”を行っていた。
「普通の栗は、トゲトゲの中に3つ入ってるのに。こいつはデカいのが1個だけなんだ。」
「うん。人面栗は分類上は魔獣の一種だから。大きく成長するために、1つでイガを独占してるんだよ。」
2人が話していると。
人面栗の瞳が開き。ミレイの顔を見つめてくる。
それに気づき、ミレイは青ざめる。
「キッモ、こいつ。……なんか喋りだしそうだし。」
「大丈夫だよ。人に危害を加えるような、そういう危険なものじゃないから。」
安心するように、キララが諭す。
「まぁ、虫を食べすぎた人面栗は、そのうち自力で動き出すって話だけど。」
その話に、ミレイはより一層、青ざめる。
「しまっとこ。」
間違っても動き出さないように、ミレイは人面栗を袋に投げ入れた。
「それにしても。1時間近く探して、ようやく1個か。……今日中に終われるかな?」
ミレイは、まだ明るい空を見る。
「そうだね。普通の栗なら結構落ちてるけど。人面栗は、やっぱりレアだから。」
しゃがみ込みながら。キララは地面に落ちた栗を、一つ一つ確認していく。
すると、異様に大きな個体を発見し、掴み取ると。
「あっ、見っけ。」
気軽に確認するキララであったが。ふと人面栗の瞳が開き、目が合ってしまう。
「うへぇ。」
まるで汚物を見つけたかのような反応をして。
キララは、さっと人面栗を袋にしまい込んだ。
「……もっと可愛い顔なら良かったのに。」
「うん。これきっと、全部男の顔だな。」
一体自分たちは、何を拾い集めているのだろうか。
ミレイはこの依頼を選択したことを後悔していた。
「あと3つ、かぁ。」
少々疲れた様子で、ミレイは地べたに座り込む。
「そだね。しかもずっと下向いてたし。」
キララも、ミレイの隣までやって来て。
ほぼ密着するような距離感で座り込む。
「えへへっ」
何がそこまで楽しいのか。キララはミレイの顔を見ながら笑う。
(くそぅ、こいつ。可愛い顔しやがって。そりゃ男どももナンパするわけだ。)
その笑顔に、ミレイは僅かに赤面してしまう。
二人して座り込んだまま。
風や音で、森の大自然を体験する。
木々はみな、太くて長く。一体どれほどの樹齢を刻んでいるのか。
大地には栄養が溢れ。この森はあらゆる動物にとって、正真正銘の楽園なのだろう。
ミレイもキララも、それを肌で感じている。
感慨にふけるように。ミレイはほっとため息を吐く。
「しっかし、この世界はなんでも綺麗だな。こんな綺麗な森、多分わたしの世界じゃほとんど残ってないと思う。」
「そうなの?」
「うん。すっごく良いと思う、こういうの。」
その気持ちを得られただけでも。きっと、この森に来た価値は有っただろう。
「なんか、森の神様とかも居そうだし。」
そんな妄想も口にしてみる。
(鹿みたいな神様なら、まぁ良いかな。銀の剣じゃないと太刀打ちできない、怪物みたいな奴は勘弁だけど。)
森の大自然に囲まれながら。
ミレイは妄想にふける。
「そう言えば。この森に魔獣は居ないんだよね?」
「うん、そうだね。この辺りには居ないはずだよ。」
ミレイの素朴な疑問に、キララが答える。
「ジータンの周辺地域には、一匹たりとも魔獣が居なくてね。だから新人の冒険者には、最適な街だって言ってたよ?」
「ふぅん。」
(そう言えば、”皇帝が浄化した”とか、馬車のお兄さんが言ってたような。)
まだまだ、この世界には知らない常識があるのだと。ミレイはしみじみ思う。
「でも良かったよ。だってほら、わたし何の武器も持ってないから。この状態で魔獣に襲われちゃったら、全力ダッシュ一択だよ。」
「確かに。ミレイちゃん、何も持ってないね。」
狩人として、自前の弓矢を装備しているキララと違い。
ミレイは、ほぼ感覚的には”女子高生のコスプレ”をしているだけである。
初期装備=”素手”。
「ミレイちゃんって、何か得意な武器とかあるの? わたしは見ての通り、弓が得意なんだけど。」
「いやぁ、そういうのはどうだろう。」
ゲーム内では数々の武器を使いこなしてきたミレイであったが。
残念ながら、現実世界では包丁すらまともに握ったことがないのである。
「生まれてこの方、喧嘩すらしたこと無いから。」
ミレイはとことん、善良なる小市民であった。
その話を聞いたキララは、何らおかしなことはないと首を振る。
「わたしだってそうだよ? 弓は確かに得意だけど、狩っていたのは基本的に食べられる獣だけ。魔獣なんて、ほとんど戦ったこともないよ。わたしの暮らしてた村も、結構平和だったから。」
「でもやっぱり。剣とか、ちゃんと練習したほうが良いのかな。」
ミレイはおもむろに、自身の”黒いアビリティカード”を取り出す。
「こいつも、役に立ちそうにないし。」
そう言って、ミレイが見つめるカードを。
キララも一緒に見つめる。
「それって、ミレイちゃんのアビリティカード?」
「そうだよ。でも異世界出身だからか、何の能力も無いんだって。」
「そう、なんだ。」
キララは、何かを思う。
「でも分かるよ、その気持ち。だってわたしも、似たようなものだから。」
キララの手に出現したのは、真っ白なアビリティカード。
破損によって白紙化し、能力を失ったカードである。
「それって。」
「うん。わたしのアビリティカード。物心付いた時には、もうこうなってたんだ。」
真っ白なカード手に持って。それでも、キララは微笑むだけ。
「――”嫉妬”。それが、わたしのカードを壊したモノの名前。」
キララは白紙化したカードについて語りだす。
「わたしのカードって、元々は”4つ星”のカードだったんだって。でも、”息子よりも優れたカードなんて認めない”。そう言って怒った村長に、壊されちゃった。」
白紙化されたカード。その始まりは、持ち主であるキララにすら知り得ない、過去の話。
「パパとママは、”村長に逆らえなかった”、って。よくわたしに、泣いて謝ってた。」
それが、どれほどの出来事なのか。未だ無知なミレイには、想像もできない。
「でもね、わたしは何も気にしてないんだよ? だって、初めからこうだったから。」
キララはアビリティカードの実体化を解く。
「能力なんか無くたって、わたしはわたしだから。」
そう言って。キララは屈託のない笑みを浮かべていた。
美しい、一輪の花のように。
ミレイは、眩しくも感じてしまう。
「……凄いね、キララは。」
「ううん。わたしなんか全然だよ。」
きっと、本心からそう思っているのだろう。
ただの一人の少女のように、キララは笑う。
「それよりも、もっとミレイちゃんのことを聞きたいな。」
自分の過去話よりも。キララは、目の前の小さな冒険者に対して、興味津々であった。
「わたしなんて、大して話すこと無いよ。昔っから、ゲームばっかしてたし。」
「ゲームって、何なの?」
「ゲームって、……なんて言えば良いんだろ。」
少し悩んで。
ミレイは、おもむろにスマートフォンを取り出す。
「これでも出来るんだけどね。魔法使いや戦士になって、世界を救ったり。めっちゃ強い魔獣と戦ったり。まぁ、あくまでも、この小さな世界の中でだけど。」
「ふぅん。それって、そんなに面白いの?」
機械文明に疎いキララには、想像もつかないものであった。
「……どう、かな。1人じゃあれだけど、一緒にやる人がいれば、楽しいよ。」
それはミレイにとって、青春時代で唯一楽しかった思い出。
「今の、このクエストと同じかも。1人だったら、こんなのマジで退屈でしょ?」
「うん。確かに、そうかも。」
隣に座るミレイを見ながら。
キララは静かに微笑む。
「キララは、なにか趣味とかあるの?」
今度は逆に、ミレイが質問する。
「えっと――」
それに、素直に答えようとするキララであったが。
『キララ。もしもお友達が欲しいのなら、そのことは黙っていなさい。』
かつて、父親に言われた言葉を思い出し。
「――ううん、なにもないよ。村は田舎だったし。」
キララは口を噤んでしまう。
「……そっか。なら、良かったんじゃない?」
そう言って、ミレイはキララに笑いかける。
「これからは何だって出来るよ。なんてったって、冒険者なんだし。」
「……うん。そうだと、良いな。」
そんなミレイの言葉に励まされて。
キララは、幸せそうに笑った。
◆
時が流れ、空が夕焼けに染まる頃。
「やった! 見っけた!」
「これで最後だね!」
5つ目の人面栗を見つけ、空高く掲げるミレイと。
共に喜びを分かち合うキララ。
「うん。暗くなる前に終わってよかったよ。」
ミレイは最後の人面栗を袋に詰める。
何個かの人面栗が入った袋が、ゴソゴソと蠢いてはいるものの。ミレイは、気にしないことに決めていた。
「帰ろっか。」
「うん!」
初めてのクエスト体験と、それを達成した充実感。
2人は共に心地よい興奮を感じていた。
あとは、街に戻ってギルドに報告をするだけ。
”家に帰るまでが遠足”。
そんな、どこか懐かしい記憶を、ミレイは思い出す。
ただただ、浮かれていた。
だが、そんな最中。
キララだけが、”ソレ”に気づく。
「……ミレイちゃん。」
「うん?」
名を呼ばれ、ミレイが振り向くと。
そこには、自分へ向けて弓を構える、真剣なキララの眼差しがあった。
「えっ?」
「――動かないで。」
問答無用で、キララは矢を放ち。
それはミレイの顔すれすれを通り過ぎ。
その後ろの、1本の木の幹に突き刺さった。
驚き、矢の突き刺さった方向に振り向くミレイと。
その場所を、なお真剣な顔で見つめるキララ。
矢の突き刺さった場所が、奇妙に蠢く。
「……なんだ、あれ。」
ミレイが、つぶやくと。
――ギャアアアッ!!
大音量の。そして、気色の悪い”叫び声”のような音が鳴り響く。
その突然の現象に、ミレイとキララは驚きを隠せない。
矢の突き刺さった場所。いや正確には、そこに張り付いていた”透明なナニカ”が動き出す。
木から降りて、地面に足を付き。
一歩、一歩、ミレイたちの方に近づいてくる。
それに伴い、徐々に、徐々に。その透明なナニカに、色が浮かび上がってくる。
輪郭が、見えてくる。
それは人間のように2本足で歩行をし、されども人間にはない尻尾を生やしていた。
全身には獣のような体毛を持ち。顔はトカゲか、もしくは鳥のようにも見えなくない。
ミレイたちを見つめるその瞳は、苦痛によって醜く歪み。
強烈な敵意を持って、睨みつけている。
ありていに言って、”化け物”が、そこに居た。
「何だよ、こいつ。」
理解不能な生き物の出現に、ミレイは動けない。
キララも同様だが、その手には未だに強く弓が握られており、臨戦態勢のままである。
「これが、魔獣なの?」
「うん。多分、だけどね。」
キララ自身も、目の前の生物を見るのは初めてのため、確証はなかったが。
この生物はどう考えても、”危険そのもの”としか思えない。
(出来れば、一発で仕留めたかったんだけど。そっちが頭だったか。)
その魔獣が、木に張り付いていることに気づいたのは、ほんの偶然であり。優れたキララの観察眼あってのことだった。
しかし、ナニカがそこにいる事自体には気づいたものの、透明故に身体の形までは把握しきれなかった。
(姿を消す能力を持ってて、なおかつ待ち伏せを行う”知性”も持つ。こんな魔獣、聞いたこともない。)
内心、動揺するキララであったが。
(何よりもコイツ、ミレイちゃんを狙ってた。)
圧倒的に、”怒り”のほうが勝っていた。
「……こんな化け物、倒せるの?」
ゲームでしか見たこと無いような化け物に、ミレイは完全に萎縮してしまう。
だが、キララの表情に焦りは無かった。
「大丈夫だよ。もう、勝負はついてるから。」
「えっ?」
その自信を裏付けるように。
震えるようにして、魔獣が地面に両手をつく。
その原因は、背中に刺さるキララの矢。
「矢には毒が塗ってあるから。もうそいつは、自由に動けない。」
魔獣は身体を震わせ。
ひざまずくのがやっとという様子だった。
「慎重にとどめを刺して、街に帰ろう。」
キララはゆっくりと魔獣に近づいていく。
(なんで、こんな魔獣が森に?)
弓を構え、魔獣の頭部を狙いながら。
(いったい、どこから来たの?)
とどめを刺そうとする、キララであったが。
「――キララ、戻って!」
突如聞こえたミレイの声に。キララは、ほぼ反射的に後ろに飛び退いた。
ひざまずく魔獣。その後方を見つめながら。
ミレイは、信じられないといった様子で目を見開く。
キララも、同様にその場所を見つめて。
絶句した。
魔獣周辺の空間が、歪んでいる。
いや、違う。透明な”ナニカ”が、”大量”に存在している。
絶望を告げる足音が、ぞろぞろと近づいてくる。
透明だったそれらは、姿を現すように輪郭を形成していき。
気づけば、10匹を優に越す、魔獣の大群が現れていた。
「……嘘、でしょ。」
物量という単純な恐怖が、ミレイだけではなく、キララの心をも蝕む。
ドスン、と。大きな足音を立てながら。
彼らの”親玉”だろうか。明らかに”
(ヤバい。)
隣りにいるミレイを気づかって。絶望を伝染させないよう、キララは口を噤む。
(どうすれば良いんだろう。毒をばら撒けば、どうにかなるのかな。)
手持ちの手札で、どうすればこの場を切り抜けられるのか。考えるキララであったが。
ひざまずいていた一匹目の魔獣が立ち上がったことで、その構想が泡沫として消える。
(――早すぎる! 毒に対する耐性があるんだ。)
自分の持つ武器との相性の悪さに。キララはすでに、最悪を想定していた。
チラリと、キララは隣に立つミレイの方を見つめる。
初めての魔獣との遭遇に加えて、圧倒的な数の暴力。その恐怖と直面して、蛇に睨まれた蛙のように震えていた。
キララは、今日という1日を振り返る。
不安に包まれた冒険者としての始まり。そんな中で出会った、自分よりも年下であろう1人の少女。
村には同年代の女の子なんて居なかったから。
初めて友だちになれる、そう思って話しかけて。いっぱい、喋って。想像していたよりも、ずっとずっと楽しくて。
これから冒険者として一緒に活動して。そうしたら、きっと親友にだってなれる。
そう思っていたのに。
(ほんの少しの間だけだったけど。夢を見させてくれて、ありがとう。)
キララは、力強く前を向いた。
「ミレイちゃん! 街に向かって、走って逃げて!」
その声に、ミレイはビクリと反応する。
「――いや、でも。」
「わたしはこいつらを”倒す”から。心配しないで!」
無論それは、不可能だと
それでもキララは、負けるはずがないと敵を睨む。
「そんな! 置き去りになんて出来ないって!」
そうやって、素直に逃げてはくれないって。
分かっていたはずなのに。
キララは苦しくて悲しくてたまらない。
「――うるさいなぁ。足手まといが居たら邪魔だって、分かんないの?」
口から絞り出す言葉に、どうしても顔が引きつってしまう。
「さっさと消えてよ!」
そう、ヒステリックに叫んで。
「ぐっ。」
追い立てられるように。
たまらなくミレイは走り出した。
それに反応して。魔獣たちが追いかけようと動き出すが。
その行く手に、キララが懐から取り出した球体を投げ出して。
パンッ、と。音を立てて、その球体が破裂する。
それによって、濃い紫色の煙が周囲に溢れ出る。
その煙に撫でられると。先行した魔獣たちが痙攣し始める。
風が舞い。煙が周囲に充満する。
魔獣も、そしてキララ本人をも巻き添えにして。
「……ごめんね、ミレイちゃん。」
彼女とは、友だちになれたかも知れないのに。
「わたしの狩りは、”猛毒”だから。」
”真っ赤な涙”を流しながら。キララは弓を構えた。
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