キララ




「どうぞ。これがミレイさんの登録証です。」


 そう言って受付嬢は、ミレイに1枚のカードを差し出す。

 受け取ったミレイが確認してみると。そこには名前と年齢の他に、8桁の登録番号が記されていた。


 カードの左上には、大きく”F”という文字が描かれている。


「ありがとうございます。これでもう完了ですか?」


「はい。本来ならば登録料をいただく所ですが、今回はサービスとさせていただきます。どのみち無一文でしょうから。」


「あはは。すみません。」


 本当に感謝するしかなかった。


「貴重な異世界の品は、国が高額で買い取りいたしますが。本当によろしいのですか?」


 そう。ミレイの着ている服や、唯一の所持品であるスマートフォン。

 それらは基本的にこの世界では製造不可能な貴重品であり、解析のために国が回収しているとこのことだった。

 しかし、ミレイはそれを手放そうとは思わない。


「はい。とりあえずは、自力で頑張ってみようと思うので。」


「そうですか。まぁ、判断はおまかせします。」


 受付嬢としても、それほどに積極的に業務を行いたいわけではないのである。


「それでは、クエストについての説明をするので、ボードの方へ行きましょうか。」


「はい!」


 ミレイの足取りは軽かった。







 ミレイと受付嬢は、大量の依頼票が貼り付けてあるボードの前へとやって来る。

 ボードの高さは横にずらっと長く続き、高さもそこそこある。

 おそらく、上の方に貼ってある依頼は、ミレイが背伸びをしても届かないであろう。


 受付嬢は、目に入った適当な依頼票を1枚引き剥がす。


「これを使って説明しましょう。」


 その依頼票に、ミレイも目を通す。

 そこには、



 Cランク『ギガパーの捕獲依頼』

 イルフ高原に生息する”ギガパー”という魔獣の脳に、新種の寄生虫が住み着いているという情報を得ました。その調査をしたいので、ギガパー2匹の捕獲をお願いします。多少の傷は問題ありませんが、しっかりと生きた状態でお願いします。

 報酬金 700G

 サルモアイン魔獣研究学会 エギルン・アズーラ



 等の情報が記されていた。


「左上に書かれている”Cランク”とは、このクエストの予想難易度です。クエストの”ランク”は冒険者自身の持つ”ランク”と同等と考えてもらって結構です。」


「なるほど。」


 ミレイは自身の登録証を見る。


「わたしはFランクだから、この依頼を受けることは出来ない、ってことですか?」


「いいえ、あくまでもこれは予想難易度であって、必要条件というわけではありません。たとえ最下層のFランクであっても、より高いランクのクエストを受けるのは可能です。」


「なるほど。そこは結構自由なんだ。」


「ええ、ですが。」


 受付嬢は、手に取った依頼票をボードに貼り直す。


「ミレイさんにはまだ、このクエストを受ける資格はありません。」


「えっ? 他にも条件があるの?」


「はい。我々ギルドとしましても、冒険者の安全を出来る限りは守る義務がありますので。危険を伴う依頼、とりわけ魔獣関連の依頼は、Cランク以上の冒険者にしか許可を出しません。」


「……魔獣?」


 あまり馴染みのない単語に、ミレイは首を傾げる。


「魔獣とは、”魔力”を帯び、通常では考えられない”強さ”を持った生き物の事です。ミレイさんの世界では、存在しませんでしたか?」


「はい。多分居なかったと思います。」


「まぁ、普通の生き物と大して変わらない、弱い魔獣も居るには居ますが。ほとんどの魔獣が、”武装した大人を一方的に嬲り殺せる”ほどの強さを持ちます。」


 その具体的な言葉に、ミレイは息を呑む。


「良いですか、ミレイさん。”貴女のような人”を守るために、ギルドは規則を設けているんです。」


 受付嬢の言葉は、少々きつい言い方にも聞こえるが。

 それでもミレイは、この人なりの優しさなのだと受け止める。


「まぁ、最低限の説明は以上です。あとは適当に仕事をこなしていけば、なんとかなるでしょう。」


 これにて、受付嬢の付き添いは終わり。


「お好きに、依頼をどうぞ。やはり初めは、ランク相応の依頼をオススメしますが。」


 そう言って受付嬢は、ミレイのもとから去っていった。


 残されたミレイは、無言でクエストボードを見上げる。

 これから先を決めるのは、自分自身なのだから。


「さてと。たくさんあるけど、どうしよっかなぁ。」

 

 ミレイの品定めは始まった。





 目と首を動かしながら。クエストの依頼票を1枚1枚見ていく。


「……魔獣討伐、魔獣討伐。害虫駆除、魔法の使用が望ましい。魔獣の捕獲、討伐、討伐、捕獲。」


 様々な依頼に目を通しながら。ミレイの表情は渋くなっていく。


「魔獣関連は駄目だって言ってたけど。これ、魔獣関連ばっかじゃん。」


 貼られている依頼の多くが、Cランク以上の高難易度クエストばかりであった。


「……まぁ、そっか。わざわざ依頼してるわけだから、そんな簡単な仕事は無いか。」


 当然といえば当然か、と。ミレイは腕を組み、どうしたものかと悩む。

 そうしてなんとなく依頼を見つめていると。


「あれ? これEランクじゃん。」


 ようやく手が届きそうな依頼を見つけ。それに手を伸ばす。


 だが、その手は、他の誰かの手と重なってしまう。



「――あっ、ごめんね。」



 そう言って、同じ依頼に手を伸ばしていた人物は、さっと手を引っ込めた。


「あっいや、こちらこそ。」


 ミレイも反射的に謝る。


 手と手が触れ合って。

 出会った2人は、互いに目を合わせる。


(……あっ。)



 綺麗な女の子だ、と。ミレイは第一に思った。

 明るい髪の色に、いわゆるゆるふわな服装。

 瞳は今まで見たこともないほどに大きくて、なおかつ輝いている。

 年齢は、10代中頃だろうか。若返り、もとい縮んだミレイと同じくらいだろうが。そもそものミレイの身長が小さいため、同い年には見えない。



 そんな美少女と、ミレイは出会った。


「えっと、どうぞ。見てください。」


「あっ、ううん。君の方こそ見なよ。」


 依頼票を譲るミレイであったが、相手の少女も同様に譲ってくる。

 侮れない相手だと、ミレイは戦力評価を下す。


 よく見ると、少女は弓と矢筒を背負っており。

 高校の時の制服を着ているだけのミレイとは、比べ物にならないほどの”冒険者っぽさ”を有していた。


 そうして互いに膠着していると。


「えっと。だったらさ、一緒に見ない?」


「へっ?」


 少女からの思わぬ提案に、ミレイは変な声を出してしまう。


「えへへ。よかったら、なんだけど。」


 どこか照れた様子の少女に。

 ミレイも断れない雰囲気になってしまい。


「……うん。じゃあ、一緒に見ようか。」


 そうして2人は、同じ依頼を手に取った。



 Eランク『プーチャンの捕獲依頼』

 虹の花畑に生息しているプーチャンを一匹捕獲してください。ペットに欲しいです。数は一匹で、怪我はさせないでください。

 報酬金 500G

 エヴァ・ソレイユ・エメリッヒ



 クエストの内容は、このような感じであり。


「プーチャンはね、この街の近くに生息してる生き物だよ? 微かに魔力を持ってるけど、すっごく弱くて大人しいから。きっとEランクの依頼なんだと思う。」


 流石は、現地の住人と言ったところであろうか。

 異世界人であるミレイとは違い、少女は依頼の内容を完璧に理解していた。


「へぇ。これくらいの依頼なら、初心者でもできるのか。」


 初めて見つけた初心者向けの依頼に、ミレイが感心していると。

 そんな彼女の横顔を、少女はじっと見つめていた。


 ミレイもなんとなくそれに気づき、気まずくなる。


「――あっあの。わたし、”キララ”って言うんだけど。よ、よかったら、お名前を教えて欲しいなって。」


 少女の唐突な自己紹介に。驚くミレイであったが。


「……ミレイ、だけど。よろしく。」


 そう、返事を返した。


 それがよっぽど嬉しかったのか。

 少女キララは瞳を輝かせる。


「ミレイ。……そっか、ミレイちゃんか。」


 教えてもらった名前を忘れないように、大事に大事に復唱する。


「実はね、さっきミレイちゃんが、説明を受けてるのを聞いててね。実はわたしも、つい昨日冒険者になったばかりなんだ!」


「へぇ。なら君も、まだクエスト初めてなの?」


 目の前の少女が自分と似た状況だと知ると。同族意識からか、ミレイの警戒心も薄まる。


「うん! やっぱり色々と不安でね。それでなんだけどさ。よかったらミレイちゃん、わたしと一緒に、クエストに行かない?」


「えっ、一緒に?」


「うん。一緒に。」



 それは、思いもよらない提案だった。



 この世界にやって来て。まだほんの少ししか時間が経っていないが。

 それでもミレイは、ずっと一人で居るような気になっていた。


 確かに、街までは優しい青年と一緒に馬車に乗り、さっきまでは若干口の悪い受付嬢の人と一緒に居た。

 だがそれは、あくまでもほんの僅かに袖を擦りあった程度の仲であり。それ以上踏み込まない、”お客と店員”のような距離に過ぎなかった。


 しかし今、この目の前の少女は、一緒にクエストに行こうと誘ってきた。

 その姿かたちが、ミレイの記憶の中にある”何か”に触れる。



『――ミレイちゃん。一緒にゲームやろうよ。』



 それを、思い出した瞬間。

 ミレイの瞳から、一筋の涙が溢れる。



「えっ、ええっ!? どっ、どうしたのミレイちゃん!?」


 その突然の涙に、キララも驚きを隠せない。


「あっ、いや。」


 ミレイも気づき、急いで涙を拭う。

 けれどもそれは、悲しみによって流れた涙ではないため。


「ふふっ。」


 思わず、ミレイは笑ってしまう。


「ミレイちゃん、大丈夫?」


「うん。平気だよ。」


 涙を拭えば、そこには笑顔があるだけ。


「一緒にクエスト。むしろ、わたしの方からお願いしたいくらいだよ。」


「えっ、じゃあ。良いってこと?」


「うん。よろしくね、キララ。」


 その返事をもらって、よほど嬉しかったのだろう。


「やったー!」


 キララは満面の笑みを浮かべて、全身で喜びを表現した。



 そんな、2人の少女が喜び合っていると。

 そこへ近づく、数人の影が。


「――おおっと、お嬢ちゃんたち。」


 そう言いながら。声の主は、ミレイの持っていた依頼票を取り上げてしまう。


「あっ、なにすんだよ!」


 ミレイが声を上げる。

 しかし、それに対するのは、4人ほどの若い男の集団であり。

 子供にしか見えないミレイの声に、何ら威圧されるようなことは無かった。


 男たちは、ミレイとキララの2人を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべるだけ。


「これはEランク相当の依頼だぜ? 君たちみたいな新人じゃ無理だって。」


「そうそう。いくらこの辺りが平和っつっても、レディ2人じゃ危険だぜ?」


 まるで打ち合わせでもしていたかのように。男たちは依頼を取り上げた理由を講釈たれる。

 まだこの世界の常識に詳しくないミレイは、上手く反論することは出来ないが。

 キララは、違った。


「……いいえ、問題ないです。だからこそ、ギルドはEランク相当という判断を下したんですよ?」


 先程までミレイに向けていた視線とは違い。何の感情のこもってない瞳で男たちを見る。


「それに、貴方達に心配されるほど、わたしは弱くないです。」


 キララは、負の感情のこもった瞳で男たちを睨む。

 その真剣度合いに、男たちも萎縮してしまう。


「いやいや、そんなに怒んないでくれよ。何も僕らだって、君たちの邪魔をしたいわけじゃ――」



「――なにか、トラブルか?」



 遮るように聞こえた、その声に。

 男たちは一斉に停止する。


 男たちがゆっくりと振り向くと。

 そこには、全身に古傷をこしらえた大男が、鬼のような形相で立っていた。


 そのあまりの迫力に、ミレイとキララも呆気にとられる。


「ぎ、ギルドマスター!?」


「あっ、いいえ。僕らは新人にアドバイスをしてただけですよ、本当に。」


「あははは。そんじゃー」


 ミレイに依頼票を返すと。

 捕食者に怯える小動物のように。男たちはそそくさと退散していった。


 そしてそこには、少女たちと大男のみが残される。



「あまり、気を悪くしないでくれ。よくいる若い連中だ。お嬢ちゃんたちみたいのが入ってくるのは珍しいからな。つい声を掛けたかったんだろう。」


 その見てくれとは裏腹に。大男は礼儀正しく話をする。


「いいえ、ありがとうございます。”ギルドマスター”さん。」


 先程の男たちの言葉を聞き。ミレイは目の前の大男をそう呼んだ。


「君たち、クエストは初めてか?」


「あっ、はい。プーチャン(?)の捕獲をと思って。」


「……Eランクですけど、2人なら大丈夫です!」


 ”ギルマス”をそれほど警戒していないミレイと違い。

 キララは、先程の男たちと変わらない警戒をしていた。


 そんな2人の様子に、ギルマスは微笑ましく思う。


「ああ、もちろん。その依頼なら問題ないだろう。何か道具が必要なら、貸し出しもしてるぞ。」


「どうも。親切にありがとうございます。」


 ミレイは素直にお礼を言い。

 隣のキララは、まだ若干睨んでいる。



「――いや、ちょっと待て。少し依頼票を見せてくれ。」


「あっ、はい。どうぞ。」


 ミレイはギルマスに依頼票を渡した。


「あぁ、やっぱりな。こいつはグローバルクエストだから、手続きに時間がかかるぞ。」


「グローバルクエスト?」


 ミレイが尋ねる。

 隣のキララも、知らないのか首を傾げていた。


「この依頼は、世界中のギルドに同時に募集をかけているんだ。まぁ、プーチャンはこの辺りでしか捕獲できないから、他の街の冒険者がこの依頼を受けることは思わんが。」


「時間が、かかるんですか?」


「どうしても、手続きが必要でな。帝都のギルド本部を経由して、依頼主へ連絡。そして、依頼主が了承してくれるかどうかの連絡待ち。まぁ、この難易度のクエストなら、よっぽど受理はされるだろうが。」


「なるほど。」


 色々と面倒な部分もあるのかと。ミレイは感心する。


「今申請すれば、早ければ明日の朝にも結果は出るだろうが。もしそれまでの間、別の仕事もしたいってんなら、あっちのローカルクエストのボードを見ると良い。」


 そう言って、ギルマスは離れた場所にある別のクエストボードを指差す。


「ローカルクエストは、この街のギルドでしか募集をかけてない依頼だ。だから手続きも要らずに、今すぐにだって開始できる。」


 グローバルとローカル。

 2種類のクエストの説明を、ミレイたちは理解する。


「分かりました。説明ありがとうございます。」


「……あ、ありがとう、ございます。」


 素直にお礼を言うミレイと違って。

 キララは目も合わせずに、小さく感謝を述べた。


「何か質問があったら、なんでも聞いてくれ。うちはアットホームなギルドを目指しているからな。お嬢ちゃん達みたいな子は大歓迎だ。」


 そう言って、ギルドマスターは少女たちの前から去っていった。



「……ぬぬ。」


 まるで、借りてきた猫のように。警戒心をあらわにするキララを見て。

 男が苦手なのかな、と。ミレイは思った。


「それじゃあ、とりあえず。このクエストを申請して、そしたらあっちのローカルクエストも見てみようか。」


「うん。わかった。」


 やはりミレイに対しては、キララは笑顔で返事をする。

 そのまま受付に向かおうとする2人であったが。


――ぐうぅぅ。


 と、ミレイのお腹の音が鳴り。

 それと同時に、頬が真っ赤に染まった。


「あはは。ミレイちゃん、お昼食べよっか。」


 キララの提案に、ミレイは頷くしかなかった。









 小さな口で、大きな肉にかぶりつく。

 肉はとても柔らかく。旨味の詰まった油が、ポタポタと滴り落ちる。

 温かくて芳ばしい肉に、食欲が止まらない。


(う、美味い! なんの肉なのかよく分かんないけど。)


 街の片隅に座りながら。

 ミレイとキララの2人は、大きな肉の塊にかじりついていた。


(まぁ、キララも普通に食べてるから、大丈夫だよな。)


 隣に座るキララも、肉の味に夢中な様子。


「美味しいね、このお肉。なんのお肉か分かんないけど。」


(えっ? 大丈夫なのかこれ……)


 自分は一体、何を口に入れているのか。

 ミレイは漠然とした不安に駆られた。


 しかし、肉を頬張る行為は止まらない。


(まぁ、美味しいから、いっか。)


 ここは異世界なのだから。

 小さいことは気にするなと、ミレイは自分を諭した。



 ひらひらと、花びらが舞っている。

 花の名前は分からない。

 色とりどりの花びらが、街の至るところに散っていく。



「きれいだ。」


 思わず、口から感想が漏れてしまう。

 この街にとっては、ありきたりな風景なのだろうが。

 それでもひたすら、美しい。


「……お花見気分だな。」


「ん? お花見って、なぁに?」


 何気なく呟いたミレイの一言に、キララが反応する。


「あぁ、わたしの故郷の風習、かな。」


 それほど経験があるわけでも、馴染みがあるわけでもないが。


「なんて言えば良いんだろう。きれいな花を見ながら、ご飯を食べたり、お酒を飲んだりすることかな?」


「へぇ〜。じゃあ、この街だと毎日お花見が出来るね!」


「うん。そうかも。」



 大きな肉の塊を食べ終わって。

 ほっと、一息。


 軽く瞳を閉じて、風の心地よさを感じる。

 この半日足らずで、色々な事があったが。ようやくミレイには、のんきにため息をつく余裕が生まれていた。



 気がつくと。眠たそうなキララが、ミレイの肩に寄りかかっていた。

 身長差があるため、どちらかと言うと、ミレイの頭に寄りかかっているが。


「……ねぇ、キララ。聞いても良い?」


「んー? なにを?」


 やはり、キララは眠気を感じているようだった。


「どうしてキララは、冒険者になろうと思ったの?」


「うーん。どうして、かなぁ。」


 複雑な理由なのか。それとも、単純に眠たいのだろうか。


「まぁ、なんとなく? わたしね、元々は故郷の村で狩人をやってたんだけど。パパとママに、お前はもっと上を目指せるはずだって、説得されちゃって。それで、ここまで来たんだ〜」


 キララの声は明るかった。おそらく、両親とも仲が良いのだろう。


「ふぅん。そっか。」


 ミレイもほんの少し、心が温かくなる。


「じゃあ、ミレイちゃんはどうして冒険者になったの?」


「わたし?」


「うん。教えて教えて。」


 肩に寄りかかったまま。キララが催促する。


「実はわたし、異世界から来たんだよね。」


「えぇー、うっそだー」


「嘘じゃないよ。ホントだって。」


 そう言って、ミレイは自身の懐をまさぐる。


「ちょっと待ってよ。」


 ミレイが取り出したのは、彼女の唯一の所有物であったスマートフォン。

 その見慣れない物体に、キララは首を傾げる。


 ミレイはスマホを操作すると、その中に保存されていた1枚の写真をキララに見せつけた。

 通勤時に発見した、可愛い野良猫の写真である。


「ほら、これがわたしの居た世界だよ。」


「なにこれ、すっごーい!?」


 本当なら、もっと別の写真を見せてあげたかったが。

 残念ながらネットに繋がっていないため、唯一屋外で撮影した猫の写真で妥協をした。


「これって、アビリティカードの力なの?」


「ううん。これは単なる道具だよ。わたしの世界じゃ、みんな普通に使ってた。」


 ミレイはスマートフォンを構えると、隣に座るキララの顔を撮影する。


「ほら、見てみて。」


「うわっ、わたしが写ってる。」


 画面に映る自分の顔に、キララは驚嘆する。


「これで信じてくれた? わたしが異世界から来たって。」


「うん! 信じる〜」



 どういうテンションなのか。

 キララは、ミレイに思いっきり抱きついた。



「ちょ、なんだよもう。」


 あまり馴染みのないコミュニケーション方法に、ミレイはたじたじになってしまう。


「それで、ミレイちゃんはいつこの世界に来たの?」


「えっ、今日だけど……」


「えぇっ!? きょ、今日? 今日なの? なんでそんなに落ち着いてるの?」


 まさかの”今日から異世界人”に、キララは驚きを隠せない。


「もしかして、ミレイちゃんの世界だと、そういうの普通なの?」


「いやいや、そんなことないよ? 絶対にありえない、ってくらいには珍しいと思う。」


「だったら。」



「――でもそれ以上に、”ワクワク”してるから。」



 理由は、単純だった。

 ただ目の前には冒険が待ち構えていて。

 隣には、一緒に立ち向かう仲間がいる。


 それだけで、ミレイは今も笑えていた。


「よっし、元気満タン!」


 立ち上がり、ぐっと背伸びをする。


「行こっか。」


「うん!」


 花の都の片隅で。

 2人の冒険者が歩みだす。







 花の都ジータン。

 そのすぐ近くの森で、異変が起ころうとしていた。



 空間が、奇妙な音を立てながら歪み。

 森の小動物たちがざわめき出す。



 空間に生じるのは、光り輝く謎の輪っか。

 その中身は真っ黒で、まるで全てを吸い込む穴のよう。


 穴の先に通じるのは、この世か、あの世か。


 もしくは、全く異なる領域か。



 唸り声を上げながら。

 血に飢えた、”得体の知れない生き物”がやって来る。



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