キララ
「どうぞ。これがミレイさんの登録証です。」
そう言って受付嬢は、ミレイに1枚のカードを差し出す。
受け取ったミレイが確認してみると。そこには名前と年齢の他に、8桁の登録番号が記されていた。
カードの左上には、大きく”F”という文字が描かれている。
「ありがとうございます。これでもう完了ですか?」
「はい。本来ならば登録料をいただく所ですが、今回はサービスとさせていただきます。どのみち無一文でしょうから。」
「あはは。すみません。」
本当に感謝するしかなかった。
「貴重な異世界の品は、国が高額で買い取りいたしますが。本当によろしいのですか?」
そう。ミレイの着ている服や、唯一の所持品であるスマートフォン。
それらは基本的にこの世界では製造不可能な貴重品であり、解析のために国が回収しているとこのことだった。
しかし、ミレイはそれを手放そうとは思わない。
「はい。とりあえずは、自力で頑張ってみようと思うので。」
「そうですか。まぁ、判断はおまかせします。」
受付嬢としても、それほどに積極的に業務を行いたいわけではないのである。
「それでは、クエストについての説明をするので、ボードの方へ行きましょうか。」
「はい!」
ミレイの足取りは軽かった。
◇
ミレイと受付嬢は、大量の依頼票が貼り付けてあるボードの前へとやって来る。
ボードの高さは横にずらっと長く続き、高さもそこそこある。
おそらく、上の方に貼ってある依頼は、ミレイが背伸びをしても届かないであろう。
受付嬢は、目に入った適当な依頼票を1枚引き剥がす。
「これを使って説明しましょう。」
その依頼票に、ミレイも目を通す。
そこには、
Cランク『ギガパーの捕獲依頼』
イルフ高原に生息する”ギガパー”という魔獣の脳に、新種の寄生虫が住み着いているという情報を得ました。その調査をしたいので、ギガパー2匹の捕獲をお願いします。多少の傷は問題ありませんが、しっかりと生きた状態でお願いします。
報酬金 700G
サルモアイン魔獣研究学会 エギルン・アズーラ
等の情報が記されていた。
「左上に書かれている”Cランク”とは、このクエストの予想難易度です。クエストの”ランク”は冒険者自身の持つ”ランク”と同等と考えてもらって結構です。」
「なるほど。」
ミレイは自身の登録証を見る。
「わたしはFランクだから、この依頼を受けることは出来ない、ってことですか?」
「いいえ、あくまでもこれは予想難易度であって、必要条件というわけではありません。たとえ最下層のFランクであっても、より高いランクのクエストを受けるのは可能です。」
「なるほど。そこは結構自由なんだ。」
「ええ、ですが。」
受付嬢は、手に取った依頼票をボードに貼り直す。
「ミレイさんにはまだ、このクエストを受ける資格はありません。」
「えっ? 他にも条件があるの?」
「はい。我々ギルドとしましても、冒険者の安全を出来る限りは守る義務がありますので。危険を伴う依頼、とりわけ魔獣関連の依頼は、Cランク以上の冒険者にしか許可を出しません。」
「……魔獣?」
あまり馴染みのない単語に、ミレイは首を傾げる。
「魔獣とは、”魔力”を帯び、通常では考えられない”強さ”を持った生き物の事です。ミレイさんの世界では、存在しませんでしたか?」
「はい。多分居なかったと思います。」
「まぁ、普通の生き物と大して変わらない、弱い魔獣も居るには居ますが。ほとんどの魔獣が、”武装した大人を一方的に嬲り殺せる”ほどの強さを持ちます。」
その具体的な言葉に、ミレイは息を呑む。
「良いですか、ミレイさん。”貴女のような人”を守るために、ギルドは規則を設けているんです。」
受付嬢の言葉は、少々きつい言い方にも聞こえるが。
それでもミレイは、この人なりの優しさなのだと受け止める。
「まぁ、最低限の説明は以上です。あとは適当に仕事をこなしていけば、なんとかなるでしょう。」
これにて、受付嬢の付き添いは終わり。
「お好きに、依頼をどうぞ。やはり初めは、ランク相応の依頼をオススメしますが。」
そう言って受付嬢は、ミレイのもとから去っていった。
残されたミレイは、無言でクエストボードを見上げる。
これから先を決めるのは、自分自身なのだから。
「さてと。たくさんあるけど、どうしよっかなぁ。」
ミレイの品定めは始まった。
目と首を動かしながら。クエストの依頼票を1枚1枚見ていく。
「……魔獣討伐、魔獣討伐。害虫駆除、魔法の使用が望ましい。魔獣の捕獲、討伐、討伐、捕獲。」
様々な依頼に目を通しながら。ミレイの表情は渋くなっていく。
「魔獣関連は駄目だって言ってたけど。これ、魔獣関連ばっかじゃん。」
貼られている依頼の多くが、Cランク以上の高難易度クエストばかりであった。
「……まぁ、そっか。わざわざ依頼してるわけだから、そんな簡単な仕事は無いか。」
当然といえば当然か、と。ミレイは腕を組み、どうしたものかと悩む。
そうしてなんとなく依頼を見つめていると。
「あれ? これEランクじゃん。」
ようやく手が届きそうな依頼を見つけ。それに手を伸ばす。
だが、その手は、他の誰かの手と重なってしまう。
「――あっ、ごめんね。」
そう言って、同じ依頼に手を伸ばしていた人物は、さっと手を引っ込めた。
「あっいや、こちらこそ。」
ミレイも反射的に謝る。
手と手が触れ合って。
出会った2人は、互いに目を合わせる。
(……あっ。)
綺麗な女の子だ、と。ミレイは第一に思った。
明るい髪の色に、いわゆるゆるふわな服装。
瞳は今まで見たこともないほどに大きくて、なおかつ輝いている。
年齢は、10代中頃だろうか。若返り、もとい縮んだミレイと同じくらいだろうが。そもそものミレイの身長が小さいため、同い年には見えない。
そんな美少女と、ミレイは出会った。
「えっと、どうぞ。見てください。」
「あっ、ううん。君の方こそ見なよ。」
依頼票を譲るミレイであったが、相手の少女も同様に譲ってくる。
侮れない相手だと、ミレイは戦力評価を下す。
よく見ると、少女は弓と矢筒を背負っており。
高校の時の制服を着ているだけのミレイとは、比べ物にならないほどの”冒険者っぽさ”を有していた。
そうして互いに膠着していると。
「えっと。だったらさ、一緒に見ない?」
「へっ?」
少女からの思わぬ提案に、ミレイは変な声を出してしまう。
「えへへ。よかったら、なんだけど。」
どこか照れた様子の少女に。
ミレイも断れない雰囲気になってしまい。
「……うん。じゃあ、一緒に見ようか。」
そうして2人は、同じ依頼を手に取った。
Eランク『プーチャンの捕獲依頼』
虹の花畑に生息しているプーチャンを一匹捕獲してください。ペットに欲しいです。数は一匹で、怪我はさせないでください。
報酬金 500G
エヴァ・ソレイユ・エメリッヒ
クエストの内容は、このような感じであり。
「プーチャンはね、この街の近くに生息してる生き物だよ? 微かに魔力を持ってるけど、すっごく弱くて大人しいから。きっとEランクの依頼なんだと思う。」
流石は、現地の住人と言ったところであろうか。
異世界人であるミレイとは違い、少女は依頼の内容を完璧に理解していた。
「へぇ。これくらいの依頼なら、初心者でもできるのか。」
初めて見つけた初心者向けの依頼に、ミレイが感心していると。
そんな彼女の横顔を、少女はじっと見つめていた。
ミレイもなんとなくそれに気づき、気まずくなる。
「――あっあの。わたし、”キララ”って言うんだけど。よ、よかったら、お名前を教えて欲しいなって。」
少女の唐突な自己紹介に。驚くミレイであったが。
「……ミレイ、だけど。よろしく。」
そう、返事を返した。
それがよっぽど嬉しかったのか。
「ミレイ。……そっか、ミレイちゃんか。」
教えてもらった名前を忘れないように、大事に大事に復唱する。
「実はね、さっきミレイちゃんが、説明を受けてるのを聞いててね。実はわたしも、つい昨日冒険者になったばかりなんだ!」
「へぇ。なら君も、まだクエスト初めてなの?」
目の前の少女が自分と似た状況だと知ると。同族意識からか、ミレイの警戒心も薄まる。
「うん! やっぱり色々と不安でね。それでなんだけどさ。よかったらミレイちゃん、わたしと一緒に、クエストに行かない?」
「えっ、一緒に?」
「うん。一緒に。」
それは、思いもよらない提案だった。
この世界にやって来て。まだほんの少ししか時間が経っていないが。
それでもミレイは、ずっと一人で居るような気になっていた。
確かに、街までは優しい青年と一緒に馬車に乗り、さっきまでは若干口の悪い受付嬢の人と一緒に居た。
だがそれは、あくまでもほんの僅かに袖を擦りあった程度の仲であり。それ以上踏み込まない、”お客と店員”のような距離に過ぎなかった。
しかし今、この目の前の少女は、一緒にクエストに行こうと誘ってきた。
その姿かたちが、ミレイの記憶の中にある”何か”に触れる。
『――ミレイちゃん。一緒にゲームやろうよ。』
それを、思い出した瞬間。
ミレイの瞳から、一筋の涙が溢れる。
「えっ、ええっ!? どっ、どうしたのミレイちゃん!?」
その突然の涙に、キララも驚きを隠せない。
「あっ、いや。」
ミレイも気づき、急いで涙を拭う。
けれどもそれは、悲しみによって流れた涙ではないため。
「ふふっ。」
思わず、ミレイは笑ってしまう。
「ミレイちゃん、大丈夫?」
「うん。平気だよ。」
涙を拭えば、そこには笑顔があるだけ。
「一緒にクエスト。むしろ、わたしの方からお願いしたいくらいだよ。」
「えっ、じゃあ。良いってこと?」
「うん。よろしくね、キララ。」
その返事をもらって、よほど嬉しかったのだろう。
「やったー!」
キララは満面の笑みを浮かべて、全身で喜びを表現した。
そんな、2人の少女が喜び合っていると。
そこへ近づく、数人の影が。
「――おおっと、お嬢ちゃんたち。」
そう言いながら。声の主は、ミレイの持っていた依頼票を取り上げてしまう。
「あっ、なにすんだよ!」
ミレイが声を上げる。
しかし、それに対するのは、4人ほどの若い男の集団であり。
子供にしか見えないミレイの声に、何ら威圧されるようなことは無かった。
男たちは、ミレイとキララの2人を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべるだけ。
「これはEランク相当の依頼だぜ? 君たちみたいな新人じゃ無理だって。」
「そうそう。いくらこの辺りが平和っつっても、レディ2人じゃ危険だぜ?」
まるで打ち合わせでもしていたかのように。男たちは依頼を取り上げた理由を講釈たれる。
まだこの世界の常識に詳しくないミレイは、上手く反論することは出来ないが。
キララは、違った。
「……いいえ、問題ないです。だからこそ、ギルドはEランク相当という判断を下したんですよ?」
先程までミレイに向けていた視線とは違い。何の感情のこもってない瞳で男たちを見る。
「それに、貴方達に心配されるほど、わたしは弱くないです。」
キララは、負の感情のこもった瞳で男たちを睨む。
その真剣度合いに、男たちも萎縮してしまう。
「いやいや、そんなに怒んないでくれよ。何も僕らだって、君たちの邪魔をしたいわけじゃ――」
「――なにか、トラブルか?」
遮るように聞こえた、その声に。
男たちは一斉に停止する。
男たちがゆっくりと振り向くと。
そこには、全身に古傷をこしらえた大男が、鬼のような形相で立っていた。
そのあまりの迫力に、ミレイとキララも呆気にとられる。
「ぎ、ギルドマスター!?」
「あっ、いいえ。僕らは新人にアドバイスをしてただけですよ、本当に。」
「あははは。そんじゃー」
ミレイに依頼票を返すと。
捕食者に怯える小動物のように。男たちはそそくさと退散していった。
そしてそこには、少女たちと大男のみが残される。
「あまり、気を悪くしないでくれ。よくいる若い連中だ。お嬢ちゃんたちみたいのが入ってくるのは珍しいからな。つい声を掛けたかったんだろう。」
その見てくれとは裏腹に。大男は礼儀正しく話をする。
「いいえ、ありがとうございます。”ギルドマスター”さん。」
先程の男たちの言葉を聞き。ミレイは目の前の大男をそう呼んだ。
「君たち、クエストは初めてか?」
「あっ、はい。プーチャン(?)の捕獲をと思って。」
「……Eランクですけど、2人なら大丈夫です!」
”ギルマス”をそれほど警戒していないミレイと違い。
キララは、先程の男たちと変わらない警戒をしていた。
そんな2人の様子に、ギルマスは微笑ましく思う。
「ああ、もちろん。その依頼なら問題ないだろう。何か道具が必要なら、貸し出しもしてるぞ。」
「どうも。親切にありがとうございます。」
ミレイは素直にお礼を言い。
隣のキララは、まだ若干睨んでいる。
「――いや、ちょっと待て。少し依頼票を見せてくれ。」
「あっ、はい。どうぞ。」
ミレイはギルマスに依頼票を渡した。
「あぁ、やっぱりな。こいつはグローバルクエストだから、手続きに時間がかかるぞ。」
「グローバルクエスト?」
ミレイが尋ねる。
隣のキララも、知らないのか首を傾げていた。
「この依頼は、世界中のギルドに同時に募集をかけているんだ。まぁ、プーチャンはこの辺りでしか捕獲できないから、他の街の冒険者がこの依頼を受けることは思わんが。」
「時間が、かかるんですか?」
「どうしても、手続きが必要でな。帝都のギルド本部を経由して、依頼主へ連絡。そして、依頼主が了承してくれるかどうかの連絡待ち。まぁ、この難易度のクエストなら、よっぽど受理はされるだろうが。」
「なるほど。」
色々と面倒な部分もあるのかと。ミレイは感心する。
「今申請すれば、早ければ明日の朝にも結果は出るだろうが。もしそれまでの間、別の仕事もしたいってんなら、あっちのローカルクエストのボードを見ると良い。」
そう言って、ギルマスは離れた場所にある別のクエストボードを指差す。
「ローカルクエストは、この街のギルドでしか募集をかけてない依頼だ。だから手続きも要らずに、今すぐにだって開始できる。」
グローバルとローカル。
2種類のクエストの説明を、ミレイたちは理解する。
「分かりました。説明ありがとうございます。」
「……あ、ありがとう、ございます。」
素直にお礼を言うミレイと違って。
キララは目も合わせずに、小さく感謝を述べた。
「何か質問があったら、なんでも聞いてくれ。うちはアットホームなギルドを目指しているからな。お嬢ちゃん達みたいな子は大歓迎だ。」
そう言って、ギルドマスターは少女たちの前から去っていった。
「……ぬぬ。」
まるで、借りてきた猫のように。警戒心をあらわにするキララを見て。
男が苦手なのかな、と。ミレイは思った。
「それじゃあ、とりあえず。このクエストを申請して、そしたらあっちのローカルクエストも見てみようか。」
「うん。わかった。」
やはりミレイに対しては、キララは笑顔で返事をする。
そのまま受付に向かおうとする2人であったが。
――ぐうぅぅ。
と、ミレイのお腹の音が鳴り。
それと同時に、頬が真っ赤に染まった。
「あはは。ミレイちゃん、お昼食べよっか。」
キララの提案に、ミレイは頷くしかなかった。
◆
小さな口で、大きな肉にかぶりつく。
肉はとても柔らかく。旨味の詰まった油が、ポタポタと滴り落ちる。
温かくて芳ばしい肉に、食欲が止まらない。
(う、美味い! なんの肉なのかよく分かんないけど。)
街の片隅に座りながら。
ミレイとキララの2人は、大きな肉の塊にかじりついていた。
(まぁ、キララも普通に食べてるから、大丈夫だよな。)
隣に座るキララも、肉の味に夢中な様子。
「美味しいね、このお肉。なんのお肉か分かんないけど。」
(えっ? 大丈夫なのかこれ……)
自分は一体、何を口に入れているのか。
ミレイは漠然とした不安に駆られた。
しかし、肉を頬張る行為は止まらない。
(まぁ、美味しいから、いっか。)
ここは異世界なのだから。
小さいことは気にするなと、ミレイは自分を諭した。
ひらひらと、花びらが舞っている。
花の名前は分からない。
色とりどりの花びらが、街の至るところに散っていく。
「きれいだ。」
思わず、口から感想が漏れてしまう。
この街にとっては、ありきたりな風景なのだろうが。
それでもひたすら、美しい。
「……お花見気分だな。」
「ん? お花見って、なぁに?」
何気なく呟いたミレイの一言に、キララが反応する。
「あぁ、わたしの故郷の風習、かな。」
それほど経験があるわけでも、馴染みがあるわけでもないが。
「なんて言えば良いんだろう。きれいな花を見ながら、ご飯を食べたり、お酒を飲んだりすることかな?」
「へぇ〜。じゃあ、この街だと毎日お花見が出来るね!」
「うん。そうかも。」
大きな肉の塊を食べ終わって。
ほっと、一息。
軽く瞳を閉じて、風の心地よさを感じる。
この半日足らずで、色々な事があったが。ようやくミレイには、のんきにため息をつく余裕が生まれていた。
気がつくと。眠たそうなキララが、ミレイの肩に寄りかかっていた。
身長差があるため、どちらかと言うと、ミレイの頭に寄りかかっているが。
「……ねぇ、キララ。聞いても良い?」
「んー? なにを?」
やはり、キララは眠気を感じているようだった。
「どうしてキララは、冒険者になろうと思ったの?」
「うーん。どうして、かなぁ。」
複雑な理由なのか。それとも、単純に眠たいのだろうか。
「まぁ、なんとなく? わたしね、元々は故郷の村で狩人をやってたんだけど。パパとママに、お前はもっと上を目指せるはずだって、説得されちゃって。それで、ここまで来たんだ〜」
キララの声は明るかった。おそらく、両親とも仲が良いのだろう。
「ふぅん。そっか。」
ミレイもほんの少し、心が温かくなる。
「じゃあ、ミレイちゃんはどうして冒険者になったの?」
「わたし?」
「うん。教えて教えて。」
肩に寄りかかったまま。キララが催促する。
「実はわたし、異世界から来たんだよね。」
「えぇー、うっそだー」
「嘘じゃないよ。ホントだって。」
そう言って、ミレイは自身の懐をまさぐる。
「ちょっと待ってよ。」
ミレイが取り出したのは、彼女の唯一の所有物であったスマートフォン。
その見慣れない物体に、キララは首を傾げる。
ミレイはスマホを操作すると、その中に保存されていた1枚の写真をキララに見せつけた。
通勤時に発見した、可愛い野良猫の写真である。
「ほら、これがわたしの居た世界だよ。」
「なにこれ、すっごーい!?」
本当なら、もっと別の写真を見せてあげたかったが。
残念ながらネットに繋がっていないため、唯一屋外で撮影した猫の写真で妥協をした。
「これって、アビリティカードの力なの?」
「ううん。これは単なる道具だよ。わたしの世界じゃ、みんな普通に使ってた。」
ミレイはスマートフォンを構えると、隣に座るキララの顔を撮影する。
「ほら、見てみて。」
「うわっ、わたしが写ってる。」
画面に映る自分の顔に、キララは驚嘆する。
「これで信じてくれた? わたしが異世界から来たって。」
「うん! 信じる〜」
どういうテンションなのか。
キララは、ミレイに思いっきり抱きついた。
「ちょ、なんだよもう。」
あまり馴染みのないコミュニケーション方法に、ミレイはたじたじになってしまう。
「それで、ミレイちゃんはいつこの世界に来たの?」
「えっ、今日だけど……」
「えぇっ!? きょ、今日? 今日なの? なんでそんなに落ち着いてるの?」
まさかの”今日から異世界人”に、キララは驚きを隠せない。
「もしかして、ミレイちゃんの世界だと、そういうの普通なの?」
「いやいや、そんなことないよ? 絶対にありえない、ってくらいには珍しいと思う。」
「だったら。」
「――でもそれ以上に、”ワクワク”してるから。」
理由は、単純だった。
ただ目の前には冒険が待ち構えていて。
隣には、一緒に立ち向かう仲間がいる。
それだけで、ミレイは今も笑えていた。
「よっし、元気満タン!」
立ち上がり、ぐっと背伸びをする。
「行こっか。」
「うん!」
花の都の片隅で。
2人の冒険者が歩みだす。
◇
花の都ジータン。
そのすぐ近くの森で、異変が起ころうとしていた。
空間が、奇妙な音を立てながら歪み。
森の小動物たちがざわめき出す。
空間に生じるのは、光り輝く謎の輪っか。
その中身は真っ黒で、まるで全てを吸い込む穴のよう。
穴の先に通じるのは、この世か、あの世か。
もしくは、全く異なる領域か。
唸り声を上げながら。
血に飢えた、”得体の知れない生き物”がやって来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます