第56話 嫌な視線

騒がしい会場から少し開けたところへ着くと、どうしてか芽衣がそこに立っていた。俺は思わず呆気に取られてしまう。


「ごめんね! 急に話しかけたりしちゃって」


気さくに振る舞う芽衣に俺はおもわず動揺する。


というか、こいつライブまで来るほどの熱狂的なファンだったのか? 倍率はとんでもなく高い気がするのだが。


「あ、いいや、そんなことは」


「たまたま見つけちゃったからつい」


芽衣はそう言うと、人の少ない遠くの方を指さす。


「……って、なんか騒がしいね。あっちの方で話さない?」


「そうだな。人が多すぎる」


そう言うと、俺たちは移動をし始める。


別に俺は挨拶程度で帰ろうと思っていたのだが。


今更芽衣が俺と一緒に話すことなどあるのだろうか。




♢ ♢ ♢




目的地に着き、椅子に座ると、数分の間沈黙が続いた。すると、芽衣がなにかの決意をかため、口を開く。


「唯斗……私ずっと前から伝えたいことがあったの」

「でもタイミングがなくて」


「俺に伝えたいこと?」


俺がそう聞き返すと、芽衣は申し訳なさそうに話を続ける。


「うん。あの日、あの屋上での出来事なんだけどさ」


……あの屋上の出来事か。もちろん俺が告白をし、盛大に振られた事なのだろうが、なぜわざわざ芽衣はそんなことを掘り返すのだ。


なんて考えていると、芽衣は俺を見つめた。


「色々あってさ、私やっぱり気付いたんだよ。唯斗はそんなことする人じゃないって」


あれから芽衣と関係を切られたことにより、噂は信憑性をましていった。


そして俺の周りからは誰もいなくなっていた。


俺は変に過去を思い出してしまい、表情が暗くなってしまっているように感じる。


「昔から唯斗のこと知ってたのに、変な噂に惑わされて、同調圧力に勝てなかったっていっても言い訳だよね」

「こんなことで唯斗との関係を捨てたくなかったの。だからさ……」


芽衣がそう言うと同時に俺も口を開いた。


「ありがとな、芽衣。誤解が解けたのなら、俺はそれでよかったよ」


俺は心のどこかで安堵した。今までの関係は無駄じゃなかった。噂は誤解だと気づいてくれた。


確かに俺の周りから人はいなくなっていった。


しかし、馬場だって誤解だと気付けば戻ってきてくれた。他の人だってそうだろう。


そもそもこの噂を流したのは芽衣ではないからな。


俺が芽衣の方へ目を向けると、その顔は心做しか赤らんでいるように見えた。勇気を出してくれたのだろう。


「唯斗、本当にごめんね。私、また仲良くしたい」

「もちろん、急にとは言わないからさ。少しずつ少しずつ…………嫌かな、?」


「嫌なわけない、ありがとな」


俺がそう言うと、芽衣は携帯を取りだし、QRコードの画面を開く。


「……ダメ?」


連絡先の交換……。月城に見つかれば一発アウト、しかし、ここで断るのも気が引ける。


仕方ない、次、芽衣に会えるまでの期間だけ入れておこう。次に会えたら事情は説明するとしよう。


「……取り敢えず次の登校日まで入れておく」


俺がそういうと、連絡先に芽衣の名前が再び追加された。




「あ~あ、ダメだなぁ。ゆーくんは」


遠くから現場を見つめる月城は、ため息混じりに呟いた。

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