第30話 泣

あれから数日。俺は月城になされるがまま、元いたアパートを解約し、月城が住むマンションへと完璧に移り住むこととなった。


月城に言われたように俺は無駄な抵抗はせずに同棲を受け入れることにした。


どうせ俺が反論した所で、月城には俺を完全攻略する為の策がある。時には諦めも肝心だ。


そして、今は大体四時頃だろうか。窓からは綺麗な夕日が差し込んできている。俺は鞄片手に廊下を歩いている。


そう、俺は学校に来ているのだ。


無論、月城はいないので気楽な一時だ。


しかし、あの出来事は、既に学校中に広まっているようで居心地はとてもいいとは言えない。


正直、ここへ来るのは再び芽衣と顔を合わせないといけないこともあり渋っていたのだが仕方ないことなのだ。


と、授業が終わり、帰宅部な俺はとぼとぼと廊下を歩いていると、窓から門を見下ろしている生徒達の話し声が聞こえてくる。



「おい知ってるか? 今、校門の前にすっげー可愛い子いるらしいぜ?」


「はあ? ほんとかよ」


「ほんとほんと! 見に行かねー?」


「何言ってんだ。俺たちは部活があるだろ」


「ちょっとくらいいいじゃん! もう校内では噂になってるんだぜ!」



……俺は颯爽と生徒たちを通りすぎ、下駄箱へ足を進める。


なぜなら、驚くべきことに、もう既にこの会話を別々の生徒たちで三回以上聞いているからだ。


待っているのが相当な美少女なのかも知れないがもう、うんざりだ。


何故こうも、学校というものは噂の広まるスピードがこれほどまでに早いのか。


そのせいで俺は今日一日をビクビクしながら過ごしていたのだ。



しかし、まあ、これほどのスピードで広まる美少女、見てみたい気もするな。


そんなことを考えながら、出口についた俺は下駄箱に手をかけ、門へと足を進める。


ま、帰ったところで月城が待っているはずだしな。さて、どうしたものか。俺の安住の地は一体どこ……?



♢ ♢ ♢



数分後、門の目の前に着いた俺は絶句した。言葉を失った。


あわよくば話しかけてやろうかとも思っていたがその気も失せた。


色々な生徒たちが横目でチラチラと見守る中、あろうことかその美少女は、俺がやっと門へ着いたかと思えば、そうそうに手を掴んできたのだ。


「ゆーく〜ん!♡ ずっと待ってたよ〜!♡」


俺は思わず大声を出してしまう。だが、仕方ないだろう。一体誰がこんなところにこいつがいると思うんだ。


「は、はあ?! なぜ月城が?!」



「ちょっとゆーくん声大きいよ!」


マスクに帽子も装備した月城は人差し指を口元に当て俺を静かにするよに促してくる。


「わ、悪い……ってなんでお前がここにいるんだ」


だが、意味がわからない。


月城のことだから俺の通う学校は知っているとして、何故わざわざここまで乗り込んできたのだ。


「そんなこときまってるじゃん!♡ ゆーくんのお迎えに来たんだよっ♪」


「お迎え?! そんなこと言ってる場合か! 周りを見てみろ」


俺は月城と一緒に辺りを見回してみる。


と、下校途中の生徒たちからは視線が向けられている。その上の窓からも視線を感じる。


やはり、月城は自分が大人気アイドルだという自覚が足りていない。


辺りを見回した月城は驚いたように相槌を打つ。


「うん?」


しかし、月城はまだ状況を把握出来ていないのか、キョトンとしている。


「お前、自分の正体がバレてもいいのか?!」


「大丈夫だよ。マスクも帽子もしてるし」


月城は相当マスクと帽子を信頼しているらしい。そんなアイテムで完璧に身バレを防ぐことが出来たら苦労はしないだろうに。


「あのなあ、もう既に校内では噂に──」


俺がそう言いかけると、何やら嫌な予感とともに後ろから声が聞こえる。


「唯斗、? こんなところで何してるの?」

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