第19話 うしろの正面、だあれ
辺りを見渡せば一面に広がる青くうつる水槽。
近づけば、歪んで見える厚いアクリル。完璧に来てしまった。水族館に来てしまった。
でも、仕方ない。俺は止めた、精一杯止めたのだから。
♢ ♢ ♢
「え? 別にバレたっていいじゃん」
月城は口を尖らせる。別にバレたっていいわけが無い。
もし仮に月城が俺と一緒に水族館をブラブラしていた事がバレれてしまえば全国の月城ファンから凄まじいヘイトをかうことになるだろう。
全く、末恐ろしい。
「おいおい。どう考えてもまずいだろ」
俺がそう言うと月城は分かりやすく拗ねた。
「えー。寧ろ、ゆーくんみたいな彼氏がいたら、みんなに自慢くらいだよー」
月城はため息まじりにそう言うが彼女は大人気アイドル。バレてしまえば一大事間違いなしだ。
それに今どき、ネットの拡散力を舐めてはいけない。どちらかと言うと俺の方がヘイトを買ってしまうに違いないのだ。
「……仮にでも月城月乃は大人気アイドルだ。もし館内でバレたらどうする?」
俺の熱弁を他所に、月城は何やら携帯をいじっているようだが構わずに続ける。
「水族館に大人気アイドルが居るということだけでも大事件なのに、俺が一緒に歩いているとなれば、それこそ取り返しのつかない事態になる」
俺がそう言うと月城は「はあ」とため息をはき目玉焼きを口に運ぶ。
「ゆーくんとならバレたっていいもん」
「そんなこと言ったって……月城のファンたちはどうする? バレたりなんかしたらネットで大炎上間違いなしだぞ」
やれやれ、と言わんばかに俺は目玉焼きを口に運びつつ月城を説得する。
……が月城は携帯をいじったまま俺の話なんて聞いていないようだ。
「……月城? 聞いてるか? 月城──」
俺は呆れてそう言うと、月城はさっきからずっと、俺の話を聞かずにいじっていた携帯の画面を見せつけた。
「あーあ。もう買っちゃったよ♪」
月城からでる言葉とは打って変わって月城は嬉しそうな声をしている。
……そう、あろうことか月城は水族館のWebチケットを二人分きっちり購入していたのだった。
「ちょっ!」
Webチケットの購入画面を見せつけられた俺は、思わず言葉が飛び出る。俺の話がどこか上の空だった理由は恐らくコレだろう。
すると、焦る俺を見て月城は自信満々に続けた。
「大丈夫だって! 私の変装技術をナメないでよね」
流石に月城も変装くらいはしてくれるらしい。ひとまず安心だ、なんて言ってられる場合でもない。
♢ ♢ ♢
そんなこんなで、俺とサングラスに深く帽子を被った月城は水族館へ来ることとなった。
あれから断ろうともしたのだが、チケットを買ってしまったせいでそれも気が引ける。まんまと月城の術中にはまっているのだろうが仕方ない。
さらに月城は色々な変装道具を俺にみせつけたりと、断るにも断れなかったのだ。
「わー! ゆーくん見て見て! サメ、サメだよ!」
目を輝かせ水槽を見つめる月城。水族館というのは随分久しぶりだったのだが来てみるとやはり楽しい。
「お! ここにはチンアナゴもいるぞ」
俺が指をさすとチンアナゴはすぐに穴の中へ入り込んでしまった。
♢ ♢ ♢
それからというもの俺たちはシンプルに水族館を満喫していた。
アーチになった水槽や、ペンギン、イルカショー、月城といるとは思えないほど満喫した時間を過ごしていた。
そして、やっと水族館の半分を回れたか、という所で俺たちはベンチに腰掛けることにしたのだが、月城はトイレへ行ってしまい、俺は一人になっていた。
一人で待っていても特にすることが無いので俺はベンチの近くにある自販機へ向かっいる。
♢ ♢ ♢
……どれにしようかなー?
水、お茶から、炭酸、ジュースまで取り揃えている自販機に俺は何を買うか迷っていた。
すると、どこからが肩を叩かれたような気がした。
「さっきまで隣にいたのって月城月乃だよね?」
高い声、女の人の声だろうか。
その瞬間、俺は背筋が凍った。まさかバレてしまったのか?
いいや、月城の変装に抜け目はなかったはず。
それに月城ではなく、月城がいなくなった後の俺に話しかけてきた。月城のファンなのか?
俺の頭は疑問、焦り、不安ででいっぱいになり、おもむろに後ろに振り返る。
すると、意外にも見慣れた顔がそこにはあった。
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