第10話 ヤンデレと風呂

「はあ?! なぜ一緒に?!」


俺は、月城の予想だにしない発言に思わず取り乱してしまう。


彼女は自分が大人気アイドルだと言う自覚がないのだろうか。


俺みたいな平凡な高校生と大人気アイドルが一緒に入っていい訳が無い。


「うん。ほら、行こ」


しかし、月城はそう言うと強引に俺の手を引っ張ってくる。


近くで見ても、やはり、可愛い。可愛いのだがその真顔がより一層、俺の恐怖心を煽ってくる。


「いや、ちょっとまて」


「あ、着替えの事? でも大丈夫!! 今日の所は私の服貸してあげるよっ♡」


どうにか止めようとするが、月城は俺が服の事を気にしていると思ったらしい。俺は必死に抵抗する。


「いや、違う!」


「じゃ、なに?」


月城は冷めた目で俺を見た。あまりの表情に俺は少し怯んでしまい、勢いがなくなる。


「だ、だからその、風呂に一緒に入るなんて恋人でもない俺たちがやっていい事じゃ……」


「じゃあ、付き合う?」


再び月城は冷めた目で俺を見つめる。目に光はなく声にも抑揚がない。俺はビビりにビビって口篭る。


「そ、それは……」


すると、月城はため息を吐き続けた。


「もう、なに? 私とお風呂入りたくないの?」


呆れたように俺を問いつめる。


「そういう問題じゃなくて……」


俺はどうにか、丸く収めようと試みるが、そうそう断れるような雰囲気ではなく圧倒されて、上手く頭が回らない。


すると、月城はポケットから携帯を取り出しカメラロールを俺に見せつける。


「ん、ばら撒くよ?」


そこに映っていたのは、やはり例の写真で俺は言葉を失う。


「──ッ?!」


……月城がこの写真を持ち続けている限り、俺は月城の言いなりで生活しなければならないのか? 頻繁会わないならまだしも、俺たちは既に同棲が始まろうとしてる。


ひょっとしたらコレって、かなりやばい状況なんじゃないか?


「早く、行こ?♡」


「わ、分かりました……」


素直に言う事を聞くしかない俺は大人気アイドル月城月乃と風呂へ入ることになってしまった。


「じゃ、私はゆーくん用の服探しておくから先に入ってて♡♡」


「はい、分かりました」


月城はそう言うと別の部屋へ行ってしまったので、なされるがまま、俺はとぼとぼと風呂場へ向かっていった。



♢ ♢ ♢



「ふあ〜。いい湯だあ〜」


すっかり、体や頭を洗い流し終えた俺は、湯船に浸かっていた。


なんだか今日はボリュームのある日だったなあ、なんて考えながら、浴槽からあたりを見渡すと、流石は大人気アイドルだ、と言わんばかりのシャンプーやタイルがズラリと並んでいる。


(俺って、ここにいていいのかな……)


ふと、そう考えてみる。あまり学校は休めないし、本当にここへ移り住むとなれば、明日には始めないと終わる気がしない。


幸いなことに明日は土曜日なのだが二日間で終わるのだろうか。仮にアパートを解約できたとして、その後一ヶ月程度は払わなきゃいけないだろうしな……どうしたものか。


「ゆーくんっ!」


考え事をしていいた俺をよそにガラガラと風呂のドアを開ける音がしたかと思えば早々に月城は入り込んできた。


「もう、ゆーくん、そっち向かないで。こっちみてよ」


無防備に風呂場へ乗り込んでくる月城に俺は思わず目を背けてしまう。


「お、お前……少しはタオルで……隠したらどうだ……」


何を考えているのかタオルで隠す気配のない月城、俺はこのまま月城を見ていると、息子が成長してしまいそうで極力俯いて、視界をお湯で埋めてみる。


そもそも大人気アイドルの超美少女と一緒に風呂に入って成長しないという方がおかしいだろう。


「まさか、ゆーくん恥ずかしがってる?」


しかし、月城はこっちの事情などつゆ知らず湯船に使っている俺に近づいてくる。


人間の視界というのは意外と広いもので不意に月城の体が視界に入りそうになって慌てて目を背ける。


「もー! 私とゆーくんの仲じゃん!♡」


俯く俺にとろけそうな笑顔で月城はそう言うが、それは再会して初日で言うセリフではない。それに、そんな関係でもない。


……体のラインが見えそうで見えない。恐らく俺が少しでも動いてしまえば見えることだろう。流石の俺もこんな誘惑には耐えられない。


こんな所で成長してしまっては弁解のしようがなく、月城に弄られかねない。


やはり。ここは一つ、大人しく風呂からあがるのも息子の為だ。


「……それじゃ、俺はそろそろ」


そう言って俺が立ち上がろうとすると、月城は俺をとめた。


「は? なんであがろうとしてんの?」


「は、はい?」


月城の圧力に負け情けない声で、きき返す。


「私、ずっと夢だったんだよねー!」


「……夢、?」


俺は急な笑顔を見せる彼女に恐れながら再びききかえす。


「そう! 夢!」

「ゆーくん、私の夢、叶えてくれる??」


そういうと月城は、飛び切りの笑顔でわらって見せた。


「ああ。も、もちろんだ」


あの写真がある限り俺にはYESしか選択肢はないことを悟り、震える声で潔く答える。


すると月城は満面の笑みで答えた。



「からだ、洗いっこしよ!♡」




一瞬の沈黙と共に異様な空気が俺たちのいる風呂場を包み込む。前言撤回。断りたい。だがもし、俺が今ここで断ったならどうなるだろう。


月城の方へ振り向くことが出来ない。


「ねえ、いいよね?♡」


「さ、流石にそれは……」


流石にそんなことをしてしまえば俺の体が……。だがしかし、月城の圧は留まることを知らない。


「いいよね?♡ ね?♡」


「は、はい……」


この瞬間、俺は終わりを悟った。

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