第5話 ヤンデレは大人気アイドル

「そうと決まったら早速解約しに行こいっか!」


月城は目をキラキラとさせ俺に笑いかける。


が、解約、そんな簡単にいくものでは無い。


「おい、流石に早すぎやしないか」


「あ、大丈夫だよ。ご飯食べ終わってから行こうね♡」


俺が止めようとするが、彼女はニコニコしたまま俺を真っ直ぐに、見つめている。


「そういうことじゃなくて、お前と俺の同棲生活はもう始まってしまうのか?」


「うん、そうだよ。私、この時を何年も何年も待ってたんだから」


どうやら、俺たちの同棲生活は早々に始まってしまうらしい。


どうにも彼女が嘘をついているようには思えない、それに、こんな冗談は笑えない。


「んなこと言ったって、ここには俺の荷物がない。それを運ぶ為のお金もな」


俺は早々に、始まりの兆しを見せる同棲生活を阻止すべく、次々と問題点をあげていく。が、しかし、彼女の顔色は一向に変わらなかった。


「そんな心配ならいらないよ。私お金持ちだもん。貯金額なら数億円だよ」


「……あのなあ、俺たち高校生に数億円なんて大金を稼げるわけがないだろう? ったく、そんな見え見えな嘘はつくもんじゃないぞ」


いやはや。流石にこりゃ嘘が下手だ。少し顔がいいだけのヤンデレ高校生の貯金額が数億円? 全く、笑わせるな。


「なに? 嘘じゃないよ?」


「はあ、一体なんの仕事をしたらそんな大金が入ってくるのやら」


まだ折れそうにない彼女を呆れたように、俺がそう言うと彼女は、なにやら恥ずかしそうに口を開いた。


「……アイドル」


「アイドル?」


「ゆーくん、びっくりしちゃうかも、って思ってずっと黙ってたけど」


俺のオウム返しに反応して彼女は、恐らく携帯を探すべく手元をゴソゴソと動かしていた。


「アイドルつったってそう簡単に人気が出るもんじゃない。そんな額、貯まる訳ないだろ」


俺は彼女を冷たくあしらう。それはそうだ、そもそも月城が本当にアイドルなのかということ頃から危うい。


ま、百歩譲って月城がアイドルだと言うことは認めたとして、もう既にアイドルグループというのは、ごまんといる、その中で人気が出るのはほんのひと握りだけだ。


タダの高校生、月城月乃が大人気アイドルなはずは無い。


すると、彼女は得意げに携帯を取りだした。


「私たち、結構人気だよ。、ん」


そう言って彼女が取り出した携帯には、ネット検索がMAGICの名で、かけられていた。


MAGIC、俺は思わず息を飲んだ。


「──ッMAGIC?!」


MAGIC、とは。今、話題沸騰中の大人気アイドルだ。


「ゆーくんはそうゆうの興味ないと思うけど、名前くらい聞いた事あるでしょ?」


彼女は得意げ続けた。


勿論、MAGICは知っている。このアイドルグループは、結成が比較的遅かったにも関わらず、テレビでは引っ張りだこ、ライブをすればドームには溢れんばかりの人集り。


百人中百人が認めるであろう、大人気アイドル。


しかし、彼女の言う通り、生憎俺はこの業界にあまり詳しくない。


「ああ、アイドル名だけなら最近よくテレビで見る。……申し訳ないがメンバーのことは知らない……」


「全然大丈夫だよ♪ じゃあ改めて自己紹介。アイドルグループMAGICのセンターつとめてます! 月城月乃です!♡ ゆーくん、よろしくね!!♡♡」


俺は咄嗟に携帯で『MAGIC メンバー』で検索をかける。くるくると回る検索バーは俺の頭の中のようだ。


「お前……まじなのか」


俺は絶句した。そう、俺の携帯には、センター月城月乃の名が映し出されていたのだ。俺はついでに月城月乃の名でも検索をかけてみたが、やはり出てくる画像は、俺の目の前にいる彼女と、まるっきりそっくりだ。


「うん!♡」

「あ、でも安心して。ゆーくんしか眼中に無いからファンなんか興味無いし。アイドルは、ゆーくんに振り向いて貰いたかったのと、同棲のお金を稼ぐ為にやってるだけだから」


俺の反応を察してか、彼女は俺を宥めるようにした。


「いや、そうなると余計に同棲はダメだろ。俺と同棲している事が、万が一ファンにバレてしまえば只事じゃ済まされないぞ?」


俺は良いキッカケを貰ったので、すかさず彼女の痛いところをついてみる。しかし、彼女は怯むどころか勢いを付け始めた。


「言ったよね? 私、ゆーくんしか眼中に無いし、ファンになんか微塵も興味ないって」


「だとしてもアイドルが、そんな事したら、まずいんじゃないか?」


「何がまずいの? 貯金も貯まったし、ゆーくんの為ならいつでも辞めるよ」


彼女は俺に喋る隙も与えずに次々と言葉を重ねていたのだが、いきなり、ハッ、と気が付いたような表情を見せた。


「……あ、そっか。私がアイドルだと、自ずとゆーくん以外の男と接触する機会が設けられちゃうのが嫌だったんだよね。そゆことか……」

「ごめんね。確かに私もゆーくんがアイドルで他の女と握手なんてしてたら、殺したくなっちゃうかも」


俺は盛大に誤解されているっぽい。


「でも安心して。アイドルはゆーくんの為にやってるだけだから、ゆーくんが嫌ならいつでも辞めるよ。辞めて欲しかったらいつでも言ってね!♡」


……良いように丸め込まれたような気がしなくもないが、彼女は恐らく本気で俺が心配しているの思っているのだろう。


そして俺が嫌だと断れば、アイドルを辞めてしまうのも本当だろう。……俺如きのせいで、大勢のMAGICファンを悲しませる訳にはいかない。


「……あ、ああ。分かった、まだ、アイドルは続けていてくれ」


「了解!♡ 一生二人きりで過ごせるくらい、お金いっぱい貯めないとだね!」


本気であろう彼女の発言に、俺は恐ろしくなって、一気に水を飲み干した。


「ふう。……そう、だな」

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