第15話:ルドウェンのツケ(追放側の話⑧)
俺がゼノ帝国の晩餐会から帰って数日後、ようやく父上と母上の体調が良くなった。
「父上、母上。お身体の方はもうよろしいのでしょうか?」
「ええ、すっかり元気になったわよ。ルドウェンちゃんには迷惑かけちゃったわね」
「あぁ、もう大丈夫だ。ところで、国政の方は問題ないか?」
――クソッ、父上はすぐ俺のことを疑ってくる。別に問題なんかねーよ!
「はっ、特に問題などはございません」
この前行ってきた晩餐会のことは黙っておいた。ディナーに呼ばれて食事をしてきた。たったそれだけだ。
「王様、王妃様、失礼いたします」
三人で話していると、召使いが今日の分の手紙を持ってくる。うんざりするほどどっさりある。だが、その中の一通だけやけに立派な手紙があった。父上が手に取って内容を読んでいく。
「これは何だろうな?ずいぶんと、立派な文書だが………………おい、ルドウェン!これはいったいどういうことだ!?」
父上が血相を変えて怒鳴る。
――ったく、うるせえなぁ。
「父上、どうされましたでしょうか?」
父上は何も言わず、乱暴に手紙を差し出してくる。俺はしぶしぶ手紙を受け取った。
――もっと丁寧に渡せよな。どれどれ……。
手紙はゼノ帝国からきたものだった。俺はどうせ、先日の晩餐会のお礼だろうと思った。わざわざ忙しい中出向いてやったんだから、お礼の一言くらいあってもいいはずだ。まぁ、父上たちには黙って行ったわけだから、怒鳴るのも無理はないか。
――父上と母上の前だから、一応ゆっくり読んでやるか。
“……アトリス王代理であらせられるルドウェン王子の許諾を受け、貴国が所有するダイヤモンド鉱山の採掘権は我が国に譲渡された。ダイヤモンド鉱山の正式な権利書も、ルドウェン王子から頂いている。また先日交わした条約に基づき、貴国は我が国へ速やかにダイヤを運搬するはずだが、未だに一粒のダイヤも届いていない。この件について貴国へ最終通告するため、我が国は皇太子のレオナルドを派遣する。もし無視する場合は、条約違反に名を借りた我が国への宣戦布告と捉える。”
――は?なんだこれは?
「ルドウェン、貴様ぁ!わしらがいない間に何をしたぁ!」
父上が俺の胸ぐらを掴む。いったい何がどうなっているのだ。俺が何をしたって言うのだ。
「いや、わ、私にも何が何だかさっぱりわかりません!私はそんな条約など結んでおりません!な、何かの間違いですよ!」
俺は必死に弁明する。国で一番大事なダイヤモンド鉱山をタダで渡すなんて、それこそ大バカ者がすることだ。だいたい、鉱山の権利書なんて渡しているわけないだろうが。
「そ、そうだ!父上、金庫の中を確かめてもらえばわかります。権利書がちゃんと保管されていることを見て頂ければ、この手紙は嘘の手紙だとお分かりになるはずです!」
俺は父上たちを執務室に連れて行く。怒っている人間の誤解を解くには、事実を見せるのが一番良いからだ。
ガサガサガサッ。ガサガサガサッ!ガサガサガサッ!!
――は?何で権利書がねえんだよ!!おかしいだろ!!どこ行ったんだよ!!
いくら金庫の中を探しても、ダイヤモンド鉱山の権利書が見つからない。金庫どころか机の上、本棚、絨毯の下など、部屋の中をすみずみまで探しても見つからない。俺は血の気が引いて、頭の中が真っ白になった。
「……権利書はどこにあるのかしら?……ルドウェンちゃん?」
今までずっと黙っていた母上が言った。目が怒りでぷるぷる震えている。これほどまでに怒っている母上を見るのは、今までで初めてだった。
「き、きっとどこかに……」
バチーーーーーーーーーーーン!!
「うあああああ!」
母上に思いっきり叩かれて、俺は床に転がる。叩かれた頬がジンジン痛んでしょうがなかった。
――そうだ、誰かに盗まれたに違いない!
「ち、誓って私はこのような条約は結んでおりませんし、権利書も渡してなどおりませんっ!なぜ権利書が無いのかわかりませんが、も、もしかしたら誰かが盗んだのかもしれません!」
ドガアアアアアアア!
「ぐわああああああ!」
今度は父上に力いっぱい蹴り飛ばされた。俺はもう体中ボロボロだった。
「盗まれただと!もしそんな奴がおったら、とっくに王宮の警戒魔法で焼き殺されておるわ!そんなことも忘れたか、この大バカ者が!」
――た、確かに父上の言う通りだ。侵入者や盗人は生きては帰れない。誰かが招き入れでもしない限りは……。
そこまで考えたとき、突然俺はある人物を思い出した。ヘンリック・ルーマン、ガーデニー家に新しく勤め始めた執事だ。
――あ……あいつだ。あいつが盗んだに違いない!今思えば、何となく怪しい感じがしていたじゃないか!
「ち、父上、母上!私に心当たりがある者がいます!ヘンリックというガーデニー家の新しい執事です!」
「ヘンリック?そいつがどうしたと言うのだ」
「父上と母上のお見舞いということで、ダーリーさんと一緒に何日か前にやってきたのです。執務室にいる私にも会いにきたのですが、きっと、そのとき私の目を盗んで……」
「お前は執務室にそいつ一人にしたのか?」
――そんなわけないだろ。父上は何を言って……。
そういえば、あのときダーリーと少しだけ別の部屋に行っていた。
――で、でもそんなに長い時間じゃなかったぞ!金庫を無理やり空けたような形跡もなかったし……。いや……書類の確認が面倒で開けっ放しにしていたんだ……。
「貴様ぁ!そんな信用の足らない人物を、あろうことか執務室にまで招き入れるとは!」
「何てことしてくれたのよ!この売国奴!」
「ま、待ってください!父上、母上!私がそのヘンリックを捕えてきます!そうすれば全てが明らかになります!」
そう言うと、俺は逃げるように王宮から出て行った。
――クソっ、ヘンリックめ!奴さえ捕まえれば俺の誤解も解けるはずだ!
俺は急いでガーデニー家に向かう。
「おい!ヘンリックはどこにいる!?おーい!」
屋敷の前で叫んでいると、ダーリーが出てきた。
「あら、ルドウェン様。どうかされたの?」
――どうかされたの?じゃねえ!
「だから、ヘンリックはどこにいるのか聞いてんだよ!!」
「え?ヘンリックならお母さんの具合が悪くなったとかで、もう辞めちゃったけど」
「はあ!?辞めたぁ!?」
「う、うん。あ、でも家の方は大丈夫よ。ヘンリックが王宮から派遣された人達に、やり方を教えといてくれたから。なんか……ルドウェン様怒ってる?」
――あ、あいつはゼノ帝国の密偵だったのだ……。
今さら気が付いてももう遅い。俺は目の前が真っ暗になった。
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