第16話:王子の末路(追放側の話⑨)



その後、レオナルドが部下たちを引き連れて王宮にやってきた。父上と母上は最高のもてなしで迎え入れる。少しでも印象を良くして、条約を考え直してもらうためだ。もちろん、会議の場には俺も同席している。しかし、全身ボコボコにされたので体中が痛くて仕方がない。


「これはこれはレオナルド皇太子様。よくぞおいでくださいました」


「遠いところ来ていただき、誠にありがとうございますですわ」


俺を怒鳴り散らしたときとは打って変わって、父上と母上は猫なで声で挨拶する。と思ったら、刺すような目で俺を睨んできた。


「ルドウェン、さっさと挨拶しろ!」


「なにボケッとしてんの!」


「レ、レオナルド皇太子様。この度は、遠路はるばるお疲れ様でございました。ま、またお会いできて光栄でございます」


結局、ゼノ帝国の晩餐会に行ったことは父上たちの知るところとなり、これもまためちゃくちゃ怒られた。だが、ダーリーと行ったことやロミリアの婚約破棄のことだけは言わなかった。


――こうなったら、ロミリアとの婚約破棄だけは絶対に隠し通すぞ!


「初めまして、アトリス王、王妃。私はゼノ帝国の皇太子、レオナルド・ゼノです。そして、ルドウェン王子、先日はどうも。ずいぶんとお楽しみになってたようで」


レオナルドはニヤニヤしながら言ってきた。完全に俺のことを見下している。


――ちくしょう!こいつもグルだったんだ!


「このやろ……ぐっ」


俺がレオナルドを罵ろうとしたとき、母上に思いっきりつねられた。


「では、さっそく本題に入りましょうか。貴国のダイヤの件ですが、今すぐ我が国へ全て運んでいただきたい」


レオナルドは氷のような冷たい目で言う。こいつは最初からアトリス王国のダイヤを、根こそぎかっさらうつもりだったのだ。


「そ、その件でございますが、どうか今一度お考えいただけないでしょうか?我が愚息ルドウェンがこうも軽はずみな行動をするような者だとは、私どもも知る由もなく……」


「どうか、私と王の顔に免じて条約を撤回していただけませんでしょうか?もちろん、それなりのお礼はさせていただきますゆえ……」


父上と母上はテーブルに頭が付きそうなくらい、首を垂れている。ぼんやり眺めていると、俺も父上に無理やり頭を下げさせられた。


――クソっ、なんで俺をだました奴に頭下げなきゃいけねえんだよ!


「そんなに頼まれましても、これは正式な条約です。国王代理を努めてらしたルドウェン王子のサインもありますし、現にダイヤモンド鉱山の権利書もご子息に頂いたわけですからね」


レオナルドはピラピラと、権利書を見せびらかしてくる。やっぱり、ヘンリックが盗んだに違いなかった。


「その権利書はヘンリックが盗んだんだ!俺は渡してなんかないぞ!お前はヘンリックと組んで、俺をだましやがったんだ!」


「こらっ、ルドウェン!」


「あんたは黙ってなさい!」


俺は父上たちが止めるのも構わずに大声で叫ぶ。しかし、レオナルドは全く表情を変えない。相変わらず冷めた目で俺を見ていた。俺はその目を見たとき、背筋がゾッとした。これが奴の本性なのだ。


「ルドウェン王子、言いがかりはやめていただきたい。私とヘンリックには何の繋がりもない。なぜゼノ帝国の皇太子である私と、ガーデニー家の執事が繋がっているのだ。そんなに言うのなら、ぜひ証拠を見せてほしい。そもそも、書類を読んでサインをしたのは貴殿ではないか。私は決して脅してなどおりませんぞ」


「し、証拠なんてねえよ!それに、あの時は中身をよく読んでいなかっただけだ!だから……」


ドガアアアアアアアアアアアア!


「ぐわあああああああ!」


いきなり、俺は父上と母上に殴り飛ばされた。


「この愚か者!どうしてお前はそんなにバカなんだ!?」


「あんたがこんなにバカなんて……もっと早く気付くべきだったわ!?」


クックックッという噛み殺した笑い声が聞こえる。レオナルドと部下たちが、必死に笑いを耐えていた。俺は怒りやら恥ずかしさやらで、頭がおかしくなりそうだった。


「いや、失礼。どうか親子喧嘩は、会議が終わってからにして頂きたい。話を元に戻しますが、条約は撤回しない。もしダイヤの運搬が滞る場合は、貴国に宣戦布告するのでそのつもりで。まぁ、せいぜい私たちのためにあくせく働いてください。貴国のような小国は、侵略してもたいしてうまみが無いのでね。我々としても、ムダな労力は使いたくない」


レオナルドは吐き捨てるように言うと、さっさと席を立つ。


「お、お待ちください。せめて他の特産品で……」


父上が追いすがるが、レオナルドは全く相手にしない。


「冗談は言わないで頂きたい。ダイヤ以外は特に何もないでしょう、こんな小さな国じゃ。大丈夫ですよ、きっとご自慢の息子さんが立て直してくれます。ああ、それと」


レオナルドが立ち止まる。


「ダーリー嬢との結婚式には、ぜひ私も参加させて頂きたいですな。では、これにて失礼」


引き留める間もなく、レオナルドたちは去って行ってしまった。


「……ルドウェン……ダーリー嬢との結婚式とは、どういうことだ……?」


「……ロミリアさんはどうしたの……?」


父上と母上は、もはや俺を見ようともしない。しかし、烈火のごとく怒っていることだけはわかった。


「あ、いや、それは……ロミリアとは婚約破棄して……」


バアアアアアアアアアアアアン!グシャアアアアアアアアアアアアアアアアア!


父上と母上にこれ以上ないくらい殴られて、俺は気を失った。





背中に冷たさを感じて、俺は目が覚めた。


――こ、ここはどこだ?俺の部屋ではないな……。


周りを見ると、俺は薄暗い部屋の中にいた。少しずつ暗闇に目が慣れてくる。前の方を見ると、細長い棒が一定の隙間を空けて並んでいた。俺が横たわっているのは、地下にある牢屋だった。


――は?なんで俺が牢屋に入れられてるんだよ!


「おーい!誰かいないのかぁ!おーい!!」


しばらく叫んでいると、誰かが降りてくる音がする。


「おい!てめえ、自分が何をやったのか分かってるだろうな!?こんなことして……父上っ!母上っ!」


降りてきたのは父上と母上だった。きっと、俺を助けに来てくれたのだ!


「父上、母上!これはいったいどういうことなのでしょうか!?私をここから出してくださいっ!」


王子の俺を牢屋に入れるなんて、何かの間違いに違いない。しかし、父上たちは俺を見たまま動こうともしない。


――何してんだよ、早くここから出してくれよ!


やがて、父上がゆっくりと言った。


「ルドウェン……。私たちはお前を幽閉することにした。お前は一生ここで過ごすのだ」


――……幽閉?一生をこの牢屋で過ごす?


「ち、父上、ご冗談を。なぜ私を……」


「冗談ではないわ。国民はあなたがしでかしたことを、とても怒っているの。今にも内戦が起きそう。国民の怒りを鎮めるには、こうする他ないわ」


母上も眉一つ動かさず、淡々と言ってくる。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。いくら何でも……」


「死ぬまで、自分の行いを後悔するんだな」


「さようなら、次会うときはいつになるかしらね」


「ま、待ってください!父上!母上ーーーー!」


ガチャン!と扉が閉まる音がして、俺は牢屋に一人っきりになった。


――……どうしてこうなったんだ。何がいけなかったんだよぉぉぉ。


俺は最近の出来事から振り返っていく。過去にさかのぼっていくと、うっすらと一人の女の顔が浮かんだ。


――そうだ、ロミリアとの婚約破棄だ。あれから全てがおかしくなったんだ。あのとき婚約破棄していなければ……。


全ては遅すぎる後悔だった。

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