第6話:大賢者、コルフォルス

とりあえず今日は休みなさい、と私たちは寝室に案内された。もちろん、まだ別々のお部屋だ。寝る前にアーベル様がお話しに来てくれた。


「一緒に何か食べてから寝よう」


特産の果物やお肉、パンとかも持ってきてくれた。


「ロミリア、今日は疲れただろう。ゆっくり休んで。明日はコルフォルスに挨拶しに行くからね」


アーベル様がぶどう酒をトクトクと二つのカップに注ぐ。


“こら、ロミリア!殿方に……”


自分を叱る声が聞こえてきたので、私も慌てて果物を切りわける。


「ありがとうございます、アーベル様。コルフォルスってもしかして、あの伝説の大賢者様ですか?」


「あ、ああ、そうだよ。良く知っているね、ロミリア」


――やっぱり。


この話になると、少し話しづらそうだ。


「お会いできるのが楽しみですわ」


話題を変えた方が良いかな?いや、それよりも伝えなければいけないことがある。


「あの……アーベル様」


私はベッドの上に正座した。


「ん?」


アーベル様を正面から見つめて言う。


「私と婚約してくださって本当にありがとうございます」


しばらくアーベル様はぽかんとしていた。が、やがてけらけらと笑い始める。


「あはは、ロミリアは硬いなぁ。僕の方こそ婚約を受けて入れくれて、本当にありがとう。心から愛してる、大好きだよ、ロミリア」


とても優しい声で言ってくれた。


――この人と出会えて本当に良かった……


「私も心から愛してますわ。アーベル様、大好きです」


私たちは愛の言葉をささやき合う。そして、静かにキスを交わした。


*****


お休みなさい、と言って僕は自室に戻った。喜びのあまり叫びだしそうになるのを、必死に抑える。


――好きな女性と愛し合うって、なんて素敵なんだ!


彼女の真っ赤な瞳に見つめられた時は、緊張して気がおかしくなりそうだった。今思えばあの教会を訪れたことも、何かの運命だったのかもしれない。


――ロミリアの唇、柔らかかったな。


ちょこんとしているがふっくらした、瞳に負けないくらい真っ赤な唇。しばらくぼんやりしていたが、大事なことを思い出した。


――そうだ!明日はコルフォルスに婚約の挨拶だ。コルフォルス……。僕の大切なコルフォルス……。


この旅の間、ずっと彼のことが気がかりだった。ロミリアと一緒に婚約の報告をして、早く安心させてやりたい。


――明日は朝が早いんだ!早く寝ないと!


しかし、ロミリアの唇の感触が忘れられなくて、朝まで眠れなかった。


*****


次の日、みんなで豪華な食事をした後、早速コルフォルスのところへ行くことになった。


「コルフォルスは王国全体の魔力を管理するため、いつも地下の大聖堂におる」


「歩きでは彼のところへは行けないから、転送魔法で行くわよ。アーベル、ロミリアちゃん、準備はいい?」


王妃様はさらっというと、杖を取り出した。


「お母様は転送魔法がお得意なんだ」


こそっとアーベル様が耳打ちする。


「大地の神よ。我、ハイデルベルクを統べる者に力を与えよ」


--ん?ちょっと、待って。もしかして、転送魔法って私また寝ちゃうんじゃ!


私の焦りなどおかまいなしに、白い光はみんなを包む。目を開けると、王の間よりずっと広い、がらんとした空間にいた。


――良かった、今回は寝なくてすんだみたい。


明かりはわずかしかないのに、やけに眩しい。少しずつ眼が慣れてきた。壁や天井は美しい絵と、金による装飾がびっしりと施されていた。眩しいのは、金が明かりを反射してるからだ。


――なんて素敵な場所なのかしら……。


もしかしたら、王の間よりも格式が高く、立派な場所なのかもしれない。


「よく来たな、アー坊。そして、ロミリア」


どこからか暖かい声が聞こえる。と、そのとき、目の前にスーッと老人が現れた。濃い紺色のローブに、魔女のようなとんがり帽子。間違いない、この方が大賢者コルフォルスだ。


「コルフォルス!会いたかったよ!」


アーベル様が勢いよく胸元に飛び込む。


「なんじゃ、旅に出たと聞いておったが、全く成長しとらんようじゃのう」


「うっ、うっ、うっ」


アーベル様はおよよと泣き崩れてしまう。


「アーベル、みっともないぞ!」


「コルフォルスの前ではいつもこうなんだから」


王様と王妃様は呆れつつも、笑顔で二人を見ていた。


「アーベル、そろそろ未来の奥さんを紹介してくれんかの?」


「あ、そうだ!コルフォルス、この人が僕の婚約者のロミリア・ガーデニー嬢だよ!」


「初めてお目にかかります。私はロミリア・ガーデニーと申します」


朝メイドに着せられた真っ赤なドレスで恥ずかしかったが、丁寧に挨拶した。


「そうか、そうか。わしはコルフォルスという者じゃ。ロミリア、お主に会えるのを楽しみに待っておった」


不思議なことに、私はコルフォルスに初めて会った気がしなかった。


「お会いできて、私も光栄に思います」


「ところで、ロミリアよ。そなたの母親は、……ぐっ!」


突然、コルフォルスがドサッと倒れこんでしまった。


「コルフォルスさん、大丈夫ですか!?」


「こ……このところ……胸の調子が悪くてな」


慌ててみんなが集まってきた。


「コルフォルス!しっかりして、コルフォルス!」


アーベル様が必死に呼びかける。


「私は医療官を呼んでまいりますわ!」


王妃様が一瞬で姿を消した。


「わ、わしの胸ポケットに薬が入っておる……。すまぬが、取ってくれるかの?」


コルフォルスが息も絶え絶えに言う。胸元を探すと、小さな薬瓶があった。


「これですか、コルフォルスさん!?」


「あ……あぁ、それじゃ」


私は急いで蓋を開けた。コルフォルスの口元からゆっくり薬を流し込む。


「ふぅ……やっぱり年を取るとだめじゃの」


「コルフォルス、大丈夫か!?」


王様もとても心配そうな顔をしている。


「王様、この大変な時期にご迷惑をおかけして、誠に申し訳ないですな……」


「いや……ゼノ帝国のことは気にするな。お主の身の方が大切だ」


――ゼノ帝国……。


私はドキッとした。なにか嫌な予感がする。そのとき、コルフォルスがガクッと意識を失ってしまった。


「コルフォルスさん!?」


「コルフォルス、大丈夫か!?」


「コルフォルス、しっかりして!?」


そのうち医療官たちがやってきて、コルフォルスは運ばれていった。

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