第5話:いざ、ハイデルベルク王国へ!

「やったああああああああああ!ありがとう、ロミリア!」


アーベル様は大喜びしている。その様子を見て、私もつられて笑ってしまった。


「やった、やったぞ!旅に出て本当に良かった!早速王宮に帰って、うわっ!」


グラッとバランスを崩す。


「アーベル様!」


私は慌てて掴んだ。


「危ないですわよ、アーベル様」


「ごめんごめん、ちょっと浮かれすぎてしまったよ。ん、んん!」


咳払いすると、アーベル様は真剣な表情になる。


「じゃあ、そろそろ王宮に行こうか」


「ええ、どのようなところか私も楽しみですわ」


でも、ハイデルベルク王国までは結構距離がある。


――ここから馬車にでも乗って行くのかしら?


「王国までは遠いから、僕の転送魔法で行くよ」


私の心配をよそに、あっさりと言った。


――え?転送魔法って何人も魔術師がいないと使えないはずじゃ?


すると、アーベル様が小ぶりな巻物を取り出した。ハイデルベルクの紋章が描かれている。王族魔法だ。今さら過ぎるが、この人はほんとにハイデルベルクの王子様なんだなぁ、と思った。アーベル様は巻物を地面に広げ、呪文を唱える。


「大地の神よ、我、ハイデルベルクの末裔に力を貸したまえ」


そう言い終わったとき、白い光が私たちを包み込む。


――うわっ!


眩しくて私は目をつぶってしまった。





――う、うーん。あれ、ここはどこ?


目を開けると、私は深い森の中に横たわっていた。少し先に見たこともないくらい大きな建物が見える。


「起きたかい、ロミリア。転送魔法って結構体力を使うんだ。ちょっと疲れちゃったかな?」


――私は寝てしまったのね。……寝言とか言ってないよね?


「は、はい、大丈夫です。アーベル様、ここはどこなのですか?」


「ハイデルベルクの王宮の前さ。王宮の周りは強力な結界が張ってあるから、転送魔法でも中までは入れないんだ。ほら、あれだよ」


アーベル様があの建物をさした。アトリスの王宮の、軽く五倍はある。


「さ、行こうか」


「は、はい」


二人で歩いていくと、王宮の方から衛兵のような男たちが走ってきた。すごい勢いでこちらに来る。


「アーベル様!?アーベル様!?ようやく戻ってこられた!お怪我などはございませんか?む、貴様は何者だ!」


衛兵たちの鋭い槍が、私の喉元に突き付けられる。


「い、いや、私は……」


「何するんだ!彼女は僕の婚約者だよ!槍を下ろしなさい!」


アーベル様が大きな声で叫ぶ。衛兵たちはすぐに槍を下ろし、その場にひざまずいた。


「はっ!申し訳ありません、これは大変失礼致しました!」


「あ、い、いや……」


私は展開についていけず、さっきからまともに話せない。


「すぐにお父上とお母上、そしてコルフォルスに伝えてくれないか。僕らの出会いと彼女については、この手紙に書いてある」


アーベル様は一通の手紙を渡す。


「はっ!承知致しました!」


彼らが走っていくと、アーベル様が優しく気づかってくれた。


「大丈夫だったかい、ロミリア。びっくりさせちゃったね、」


「い、いえ、私は全然大丈夫でございますわ」


それよりも私には気になることがあった。


――コルフォルス……。


この世でその名を知らぬ者はいない。ありとあらゆる魔法を使える伝説の大賢者。古の魔法ですら彼にとっては思いのままだ。


「あの、コルフォルスとはもしかして……」


「うん、あの伝説の大賢者だよ。彼にもそのうち会うからね。さあ、僕らも急ごうか」


あれ?一瞬アーベル様の表情が暗くなった気がしたけど……。


――私の気のせいかしらね?



王宮に入ると、使用人たちが大歓迎してくれた。私はもうほんとに申し訳なさでいっぱいだったけど、アーベル様は堂々と歩いている。さすがこの国の王子様だ。


「ロミリア、そろそろ休みたいかもしれないけど、まずは僕のお父上とお母上に会ってほしんだ」


「ええ、私もアーベル様のお父様、お母様にご挨拶申し上げたいです。それに全然疲れてなどないですわ」


別に強がりではない。アーベル様と一緒にいるのが、楽しくてしょうがなかった。ハイデルベルクの王宮は、門も廊下もとにかく大きい。インテリアも国宝級の物がセンスよく置かれていた。


――国としてのレベルが高すぎる……。


「ここが王の間だよ」


「えっ?」


圧倒されているうちに、王の間に着いてしまっていた。


――何をやってるんだ、私は。挨拶の口上を考えとかないとダメじゃない!


しかもすっかり忘れていたが、今の私はとてもみすぼらしい。


“こら、ロミリア!これからアーベル様のお父様、お母様にご挨拶するっていうのに、何をのんきにしてたの!?”


――まずい、これはまずいよ。


焦っているうちに扉がギィィィッと開いてしまった。もう覚悟を決めるしかない。


「アーベル、そして我が息子の婚約者、ロミリア・ガーデニー殿、入りなさい」


とても低くて太い声が聞こえた。でも、どこか優しい感じがする。中に入ると、奥の方に王様と王妃様がいらっしゃった。王様はとてもたくましい肉体で、顔には無数の傷が刻まれている。王妃様はまさしく絶世の美女で、その瞳はアーベル様と同じ深い青だ。アーベル様はサッと片膝をついた。それを見て、私も慌てて片膝をつく。


「お父上、お母上、ただいま戻りました。ご健康そうでなりよりでございます。そして、こちらにおりますのがこの度私が婚約致しました、ロミリア・ガーデニー嬢でございます」


「アトリス王国のガーデニー家末裔、ロミリア・ガーデニーと申します。本日は貴重なお時間を頂きまして誠にありがとうございます。また、このような恰好で参らざるを得なかったことを心よりお詫び申し上げます。不束者ではございますが、何卒よろしくお願い申し上げます」


どうにか口上を言えた。


――礼節や礼儀の本を読むようにしていて良かったわ。


と思ったのも束の間、今度は失礼がなかったか気になってきた。王様や王妃様はもちろん、アーベル様も何も話さない。


――え?何で誰も話さないの?


シーン、とした空気がのしかかる。冷汗が出てきた。


「がっはっはっはっは!!」


突然、王様の大きな笑い声が響き渡った。


「まぁ、そう硬くならんでよい。ガーデニー家の評判はこの地にまで届いておる。それに、そなたのことはすでに知っておるのだ。聞くところによると、自ら奉仕活動に励んでおるみたいだな。そなたのツテでうちに勤めた者もいる」


「は、はい!少しでも恵まれない方々の助けになればと思い、日々精進しております」


「大変立派な心掛けですわ」


王妃様も褒めてくださった。鈴が鳴るような美しい声だ。


「アーベルによると、ひどく辛い目にあったそうだな」


「は……はい」


例の一件を考えると、自然と声が小さくなってしまった。


「一方的に婚約破棄とは、アトリスも随分ひどいことをするな。今後の付き合いも考えなければならぬ」


「ロミリアちゃん、ここに来たからにはもう大丈夫よ。ゆっくり休んでちょうだいね」


――なんて温かいおもてなしなの……。私はもう泣きそうだわ。


「アーベルよ、昔からお前の"意外とある行動力"に振り回されてはきたが、まさかこんなことに役立つとはな」


「はっ!それではロミリア嬢との結婚を許して頂けると」


「もちろんだ」


「もちろんよ。良かったわね、アーベルちゃん」


「うおおおおお!やったぞおおおおおおおお!」


アーベル様はいきなり立ち上がる。そして、天に向かって思いっきり拳を突き上げた。


――叫ぶくらい嬉しく思ってくれるなんて……。この人に会えてほんとに良かったわ。


そう思ってると、王様が私を呼んだ。


「ところで、ロミリア殿。ちょっとこちらに来てくれないか?」


王様がちょいちょいとしている。


――なんだろう?


私はおそるおそる近づいた。


「一つ君に言っておかないといけないことがあるんだがな。まぁ……その、なんだ」


王様は言いにくそうだった。


――もしかしてルドウェン様みたいに誰かと不貞関係にあるのでは……


自然と表情が固くなる。そんな私に、王様は申し訳なさそうに言った。


「昔からあいつは喜怒哀楽がちと激しくてな。特に"喜"と"哀"がな。まぁ、それでも良かったらなんだが」


――え、そんなこと?


私は笑いそうになるのを、必死にこらえて言った。


「……むしろ大歓迎でございますわ」

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