第4話:真実の愛

「これからどうしよう……」


私はあてもなく街をさまよっていた。今日の宿すら当てがない。まだ昼間だけど、そのうち夜になってしまう。まさか聖ガーデニー教会に泊まるわけにはいかないだろう。お義母様にも家の周りをうろつくなと言われてしまった。それにいつまでもうろうろしているのはあまり良くない。なぜなら、世間はガーデニー家の跡取り娘、つまり私がルドウェン様と結婚すると思っている。


婚約者を義妹に奪われ、あっさりと婚約破棄されたことはいずれ知られることだけど、今は誰にも触れてほしくない。


――どこかの修道院でシスターにでもなろうかな。意外と向いているかも。


帽子を深く被っているので、幸いなことに周りの人たちはまだ私だと気づいていない。しかし、ずっと隠し通すのはさすがに難しいだろう。


「やっぱりここにはいられないか」


私は小声でつぶやくと、国の外を目指して歩き始めた。


*****


僕はあの聖女に会うため、再び教会へ向かう。その途中で街の人とすれ違ったので、彼女のことを聞いてみた。


「すみません、突然お尋ねして失礼ですが、あそこの教会にブロンズの髪と赤い目をした女性がいませんか?」


「ああ、いるよ。ロミリアお嬢様。気立てのいい娘さんでね。あんたも仕事探してもらうのかい?ガーデニー家の跡取り娘ってことで、ほんとによく……。あ、ちょっとあんた!」


――ガーデニー……。


その名前を聞いて、僕は急いで教会の前に行く。昨夜は暗くて見えなかったが、入口に”聖ガーデニー教会”と書かれている。なんということだ、やっぱりあの聖女は貴族の出身だった。しかも、かのガーデニー家のご令嬢じゃないか。ガーデニー家といえばアトリス王国内でも、名門中の超名門。


何しろ恵まれない者たちへの、長年の奉仕活動がとても高い評価を受けている。いやまさか、跡取り令嬢ご本人が奉仕活動をしているとは思わなかった。それならば、あの気品の高さもうなずけるものだ。


――今すぐ求婚しなければ


僕は勢いよく教会の扉を開けた。


「こんにちは!ロミリアさんはいらっしゃいますか?」


教会の中には人が全くおらず、しーん、としている。


「こんにちは……誰かいませんか?」


教会とはいえやけに静かな雰囲気で、自然と声が小さくなってしまう。どうしたんだろう、と立っていると、人の話し声が奥の部屋から聞こえてきた。声がする方へ静かに近づいていき、部屋の様子を伺う。おそらくガーデニー家の使用人たちだろう、メイドや執事が集まって何かを話している。


彼女について情報が得られるかもしれない。僕はひっそりと息をひそめ、聞き耳を立てた。


「……まさか、ルドウェン様に婚約を破棄されるなんて」


「本当にかわいそうなロミリアお嬢様……。しかも家から追い出されるなんて……」


メイドの何人かがしくしくと泣いている。


「ほんとにな、親がするようなことじゃねえよ。しかし、ダーリーお嬢様が婚約しちまうとはなぁ。言い方は悪いが、やっぱり裏でなんかやってたんだろうよ」


「エドワール様もデラベラ様もむしろ、ダーリーお嬢様を結婚させようとしてましたわ」


「ガーデニー家はデラベラ様が嫁いできてからおかしくなっちまった。あの欲深な性悪女め。その娘もそういうところだけはしっかり受け継ぎやがった」


やや年老いた執事が吐き捨てるに言った。


「ちょっと!さすがにその言い方は良くないわよ」


メイドの一人が小さな声で注意する。


「はっ、良くないも何も本当のことだ。あの女がガーデニー家の資産と地位目当てで結婚したのはサルでもわかるさ。それに俺はロミリアお嬢様こそ、本当の主だと思っている」


しかし、執事の言うことには全員うなづいていた。


「そうね、きっとあのお二人は王家と親戚になれればそれでよかったのよ。噂だとエドワール様はレベッカ様のことが嫌いだったそうじゃない。その娘のロミリアお嬢様も嫌いだったんだわ」


「レベッカ様も本当に良い方だった……。あの時はエドワール様もしっかりしていたのだが。いや、それもレベッカ様のおかげか」


「私たちはこれからどうなるんでしょう?」


若いメイドが心配そうに言った。


「ふんっ、もうガーデニー家はおしまいだ。俺は辞めるぞ」


そうだったのか、だんだん話がわかってきたぞ。ルドウェンと言えば、アトリス王国の王子じゃないか。彼女はルドウェン王子と婚約していたのか。しかし、婚約破棄されおまけに身内にその婚約者を取られるなんて……。悲しくて辛くてしょうがなかっただろうに。泣いていたのはそれが理由だろう。


ん?、ということは、彼女はそんな状況にも関わらず僕のことをあんなに温かく迎えてくれたのか。とても常人にできることではない。


「なんてお優しい方だ……」


昨夜のロミリアの心境を思うと、くぅっと涙が出てしまった。


「ちょっと!誰かそこにいるの!?」


――しまった!今見つかってはまずい!


慌てて教会の外まで逃げてきた。


少し離れたところで、しばし今後の行動を考える。


――まずいな、急いでロミリアを探さないと……。それこそ、最悪の事態も考えなければならない。一度ガーデニー家に行ってみるか?いや、おそらくもう家を出ていったんだろう。しかし、家から追放とは!なんてひどいことをする親だ!


ロミリアを探すべく、僕は走り出した。


*****












いったいどれくらい歩いたのか、もうわからない。私は今、アトリス王国の外れにある山岳地帯にいた。


――あの山を越えれば、もう外の世界だわ。


いかに貴族の出身とはいえ、国外では厳しい生活になることは簡単に想像できる。たとえガーデニー家の者だと言い張っても、今の私の身なりでは全く説得力がない。


――不安だけど、行くしかないわ。


私は覚悟を決めて、ゆっくりと歩き始めた。この辺は切り立った崖のようなところも多く、足を踏み外せばその瞬間、死だ。少し山を登ると、さっきまでいた街が見えた。


――街がもうあんなに遠く見えるわ。きっと、もう戻ることはないのね……。


今の自分の境遇とガーデニー家での日々を思い出すと、しんみりした気持ちになる。気を取り直して歩こうとしたとき、うっかり崖から足を滑らせてしまった。


「きゃああああああああああああああああああ!」


しまった!と思ったがもう遅かった。勢いよく体が落ちていく。


――こんなところで私は死んじゃうの!?いや!誰か助けてーーーーーーー!


そう思ったとき、聞き覚えのある男性の叫び声が聞こえた。


「ロミリアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


え?と思った瞬間、アーベル様が私の腕を掴んでいた。


「大丈夫か、ロミリア!」


――ア、アーベル様がどうして!?私は崖から落ちたんじゃないの!?もしかして、死んじゃった!?


驚きすぎて自分はもう死んでしまったのかと思った。しかし、痛いほど掴まれている腕が現実だと教えてくれる。


「待ってて、今引き上げる!」


すぐにアーベル様はもの凄い力で私を引っぱり上げてくれた。


「ロミリア、大丈夫!?」


あぜんとしている私を、アーベル様は力いっぱい抱きしめた。


「あぁ、よかった。間に合わないかと思ったよ。こんなことになるなら、昨日の夜に求婚しておくべきだった」


「く……苦しいですわ、アーベル様」


私は息も絶え絶えに言う。


「ご、ごめん、ロミリア。あまりにも嬉しくて。け、怪我はないかい?」


「ええ、本当に助かりましたわ。危ないところを、誠にありがとうございました。アーベル様の方こそお怪我はございませんか?」


アーベル様の顔を見ると泣いていた。


「ど、どうされたのですか!?まさかどこか怪我して……」


「違うんだよ、ロミリア。君が生きていてくれて本当に良かったんだ。あぁ、良かった。本当に良かった……」


アーベル様はわんわんと泣いている。


――私のことをそんなに想ってくれるなんて……


私の心が温かい気持ちでいっぱいになっていく。こんな気持ちになるのは初めてだった。


「アーベル様……」


もう一度お礼を言おうとしたとき、不意にアーベル様が正座をする。


「ロミリア・ガーデニーさん」


そして私を真正面から見つめた。その深い海のような瞳でじっと見られると、心がドキドキしてしょうがない。


「は、はい。なんでしょうか、アーベル様」


私もつられて正座する。


「私の本名はアーベル・ハイデルベルクと申します。ハイデルベルク王国の正当な王子でございます」


ええええええ!?と言いそうになった。気品が高そうな人だとは思ったが、まさか王子だったとは思わなかった。しかもハイデルベルクと言えば、世界一の超大国だ。私はいったい何をやらかしたのだろうか。


――ど、どうしよう、私何か失礼なことしちゃったっけ?あ!そういえば、昨日の夜がなんとかとかおっしゃっていたわ。もしかして、私の知らないうちに何か粗相が……


いろいろと心配しているのをよそに、アーベル様は話を続ける。


「あなたが今どのような状況におられるのかは、失礼ながら私はすでに知っております。婚約者に婚約破棄されたこと、家から追い出されたこと、全て知っております。知った上であなたを探し、ここまで追いかけて参りました」


どうやら私の心配しすぎらしい、とほっとした。


「それを踏まえた上で、今の私の真剣な気持ちをお伝えいたします」


――え、何かしら?とても真剣な目をされてるわ。


アーベル様が息を吸い、一息に、そしてはっきりと言った。


「私と結婚して頂けませんか?」


一瞬何を言っているのかわからなかった。少しして、じわじわと喜びが溢れ出していくを感じる。嬉しくって叫びだしそうなくらい!もちろん、答えは一つに決まっているわ!


「……はい、喜んで!」

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