第3話:実家からの追放

「なぁ、ロミリア。とても言いにくいんだが、すぐにこの家から出てってくれないか」


翌日、お父様は衝撃的なことを言ってきた。


「えっ……」


――いったい、お父様は何を言い出すの?


ここ最近辛いことが多すぎて、私の頭はまともに働かなくなった。


「お前には悪いんだがな、ほら、ルドウェン様はダーリーと結婚するだろう?結婚したらダーリーは王宮に嫁ぐわけだが、それまではルドウェン様もうちに来ることが多いんだ。そこに元婚約者がいたら、なにかと噂されそうだからな。お前だってそういうのは嫌だろう?」


私はだんだん気が遠くなってしまう。


「それと、お前が持っている宝石だとか、きれいなドレスとかは全部置いて行ってくれ。お前からもダーリーに婚約祝いを渡さないとな」


「え……えぇ、そうですわね」


私は倒れそうになりながらも、辛うじて返事をする。どうでも良いから、早くこの場を去りたかった。ふらふらと自室に戻ろうとしたところで、お義母様がダーリーと一緒にやってきた。


「ロミリア!みっともないじゃない、そんなふらふらしてんじゃ。ルドウェン様がダーリーを選んだ理由が分かった気がするわ。あんたもダーリーのおかげでアトリス王家の一員になれるんだから、しっかりしなさいよね!ちゃんとダーリーにお礼言ったの?」


「ご、ごめんなさい、お義母様。ダーリー、どうもありがとう」


どうして私が謝ったりお礼を言っているの?


「お義姉さま、大丈夫?だいぶ疲れてらっしゃるんじゃないの?」


――気の強い女性であれば、間違いなく”誰のせいだ!”と怒鳴りちらすところね。


でもあいにくと、今の私にそんな元気はなかった。自分のお部屋に戻るとすぐに、私はヘタヘタと床に座り込んでしまった。全く体に力が入らない。


――何がどうなっているの、何がいけなかったの?もっとダーリーとルドウェン様に注意すれば良かった?もっとお父様とお義母様に詰めよれば良かった?もっとルドウェン様を愛せば良かった?


いいや、と私は首を振る。そんなことをしたところで、きっと同じ結果になっていただろう。そして今だからこそ言えるが、もしかしたら私はルドウェン様があまり好きじゃなかったかもしれない。たしかに、国中の女性が憧れるほどの美男子で、アトリス王国の王子様だ。だけど、プライドが高く見栄っ張りで、自分で汗をかくようなことは全くしないタイプだった。


――それにお顔なら昨夜の男性の方が良かったような……。


“こら、ロミリア!こんな時まであの殿方のことを考えて!早く荷造りを始めなさい!”


あやうく妄想にふけりそうになって、私は自分をしかりつける。


――そういえば、お父様は高価な物は全て置いていけとおっしゃっていたわね。


でも、宝石とかはそれほど欲しくなかったので、そもそもあまり持っていない。お洋服だってきれいな物は、ダーリーにほとんど取られてしまった。流行の服なんかもお義母様が買うことを許してくれなかったので、全然持っていない。


それでも私には、自分の命と同じくらい大切な宝物が二つだけある。一つ目はお母様がずっと身に着けていた古いペンダント。二つ目は幼い頃よく一緒に読んでくれた、これまたかなり古い魔法の本だ。ペンダントは私が結婚する時に譲ってくれるはずが、予定より早くもらうことになってしまった。魔法の本は物語みたいで、お母様が読み聞かせながら回復魔法を教えてくれた。表紙はボロボロで何と書いてあるかわからないくらいだ。この二つだけでも持っていければ十分だろう。


二つの宝物と最低限の着替えなどをカバンに詰め、私はぐっと足に力を入れて立ち上がる。不意にワンピースのポケットから、あの不思議な男性にもらった金貨がぽろっと落ちた。と、同時に昨夜のつかの間の楽しさがよみがえる。本人にその気はなかったと思うけど、アーベルというあの方はほんの一瞬でも、私を悲しみのどん底から救い出してくれた。


――またあの方にお会い出来るかしら……


ずっと一緒にいたいような、ずっと一緒にいてほしいような、そんな気にさせてくれた初めての男性だった。準備を終えた私は、お父様とお義母様、そしてダーリーに最後の別れを告げに行く。


「お父様、お義母様。今まで大変お世話になりました。」


「ロミリア、元気でな」


「家の周りをうろつくようなことはしないでおくれよ」


「お義姉様、何かあったらお手紙出してね」


最後の挨拶もあっさりと終わってしまった。そして、私はガーデニー家から出ていった。


*****


僕は教会の扉を閉めると、ふーっ、と深く息をついた。夜の空気は冷たいが、興奮しきった僕の心は全く冷めない。僕は叫びたい!今ここで、全世界に向かってあの聖女の美しさを叫びたい!


ハイデルベルク王国で縁談に来る女性はみんな外見しか磨いておらず、肝心の中身は薄っぺらい人ばかりだった。ところがあの方はどうだ!こんな素性の知れない男を迎え入れて、おまけに温かい食事まで出してくれるなんて。


――……今どきありえないだろう。


少なくとも僕は、この旅でそんな人に出会ったことが全くなかった。そしてロミリアと言ったあの女性もとい聖女は、態度や言葉の隅々まで気品に満ちていた。着ている服は庶民的で質素な物だったが、もしかしたら貴族の出身なのかもしれない。


ロミリアさんのことを考えると、自然と気持ちが高ぶってしまう。肩くらいまであるブロンズの髪、触るだけでも壊れそうな美しい肌、そして……燃えるように情熱的な真紅の目。明らかに彼女の周りだけ雰囲気が違った。ごてごてと宝石だらけのドレスを着ていた、どの女性よりもずっと美しかった。しかし、どうやら泣いていたらしいのが気になるけど……。


「今すぐにでも結婚したい」


思わず願望が口を出てしまった。いやいや、と僕は首を振る。さすがに出会ってすぐに結婚の申し込みはまずいだろう。しまった!苗字を聞くのを忘れた。まぁ、今夜はもう遅いからまた明日訪ねてみるか。さて、今夜はどこに泊まったものかな……。


*****

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